21 魔法は解けて ②
お待たせしました。
わたしは目の前の黒髪の美青年をじっと見つめた。
「ダ…ダニ…エル…様…?」
「そうだよ。僕だよ…キャロル…君のお陰だ」
気品あふれる甘く端正な顔立ちに、綺麗な切れ長の黒い瞳には、びっくりした表情のわたしの顔が映っている。
ダニエル様のあの真っ赤な瞳の色は元の黒い瞳に戻り、その唇から覗いていた鋭い牙も完全に無くなっていた。
(本当に肖像画の青年の姿に戻ったんだわ…)
「あぁ、キャロル…本当にごめんよ」
少し躊躇う様に、わたしの頬にそっと手を伸ばしたダニエル様は、わたしの頬を指先で優しく撫でた。
その良く手入れされた爪の見える指先にも、先程見た尖った爪の痕跡は無かった。
「ダニエル様…戻って…良かった…」
「ありがとう…キャロル、君は...君は僕の恩人だよ」
「しょ…しょ…んな…」
『そんな』とはっきりと言いたいのに、もう眠気と倦怠感で口も回らない。
このままバッタリと倒れ込みそうになるのを必死に堪えながら、わたしはダニエル様を見上げた。
するとダニエル様はそのまま顔を傾け、わたしの方に近づいて、黒く濃く長い睫毛をゆっくりと閉じた。
(…ああ、どうしよう)
ぼーっとする頭で、わたしはそれを…綺麗な形の唇が近づいてくるのを、じっと見ていた。
瞼が重すぎて、自然に閉じてしまう。
(…ヤバいわ…)
とても、とっても…眠くて、怠い...。
そしてそのままブツリとわたしの意識は途切れ、目の前が真っ暗になってしまった。
+++++
「キャロル…!キャロル…、しっかり…」
身体が揺れて、時折わたしを呼ぶ声が聞こえる。
誰かがわたしを抱えているみたいだった。
「キャロル…ああ、お願いだ。目を覚ましてくれ…。僕はまだきちんと君に……」
+++++
気が付くと、わたしはふわふわの雲に乗っている夢を見た。
それは淡いピンク色の柔らかく程よく弾力のある雲だった。
(ふぁ…なんて気持ちいいのかしら…)
心地の良い絹の様な滑らかな肌触りにうっとりとしてしまう。
そしてふとわたしの周りに誰も居ない事に気が付いて
「あら…?ダニエル様は、どこ…?」
と思わず疑問が口から出てしまった。
すると――遥か遠くのほうから、女の人の声が聞こえた。
「…少し落ち着いて下さい。ダニエル様…彼女は起きたのではなく、寝言を言って寝返りをしただけですわ…」
(…あら?)
聞いた事があるわ…この妖艶な女性の声。
これって…。
「…そんなにお腹の空いた熊の様に歩き回らなくとも、彼女はもうすぐ目を覚ましますわ…」
するとカタンと音がして、鼻をくすぐる様なオレンジの爽やかな香りが漂ったかと思うと、わたしの近くで屈んでいる様な気配があった。
(そうだわ)
路地裏の白い陶器の札と古びた扉の…『魔女の居る仕立て屋』
彼女の名前は――。
わたしは彼女の名前を声に出した。
「…マダム・オランジェ…」
「あら?今度はしっかりとお目覚めになった様ですわよ、ダニエル様」
いきなり目の前に色の白い女性の顔のドアップがあった。
「ふぁっ!?」
飛び上がってしまいそうな程驚いたわたしは、その場で思わずガバッと起き上がった。
「あら、そんなに勢いよく起きて…ご気分は大丈夫ですか?」
心配そうな女性の声を聞きつつも、わたしは周りを見渡す。
見覚えのある可愛らしい内装の部屋…ここはモルゴール侯爵家での、わたし用の部屋だ。
わたしはベッドに横になっていたのだった。
妖艶な声の持ち主の女性は、話し続けていた。
「驚かれました?…ほほ。しっかりお覚めになられている様ですわね。お身体はどうでしょう?キャロル様。一気に生気を吸われた事で、一時的に所謂『貧血』の様な状態になったのだと思いますが…」
「マ、マダム…?」
(やっぱり…マダムなの?)
起き上がったわたしは思わず目を見張った。
声の主はあの『マダム・オランジェ』に間違いないのだが、彼女の姿は…彼女の姿も、と云うべきなのか、あの白いレースのワンピースを着た少女の姿では無かったのだ。
色白の顔に可愛らしい顔立ちで、真っ赤な髪と猫の様に虹彩が縦に入ったオレンジ色の瞳をしていた完全に大人の女性の姿だ。
真っ赤な髪を綺麗に編み込み、小さな羽の飾りのついた縁付き帽子をつけて、腰にボリュームを持たせた流行りのプリーツとリボンをふんだんに使ったバッスルスタイルのドレスを着ている。
そして目の前の女性――マダム・オランジェは、わたしへ一気にまくしたてる様に喋った。
「けれど流石ですわ。常人ならすっかり生気を吸われて、カラッカラのミイラになっているところを、こんなにもぴんぴんとしていらっしゃるなんて…」
「はぇ…?」
わたしから思わず間抜けな声が出た所に、ベッドサイドにはマダム・オランジェに突進する勢いで、あの青年の姿のダニエル様が現れた。
「キャロル!…ああ、キャロル!目が覚めて良かった」
++++++
長身の美青年に戻ったダニエル様は、その長い優美な指でわたしの手を取ると、しっかりと握った。
そしてそのままダニエル様は、わたしの顔に触れそうになる程の距離まで近づいた。
「ああ、キャロル、僕は君に何てお礼を言ったら良いか…それに僕の為にミハエルにも…」
「ふぁっ…ダ、ダニエル様…?」
ダニエル様の勢いに驚いたわたしが少し仰け反ったところに、冷静なミハエル神父の声が聞こえた。
「おい、ダニエル。そのままお嬢さんを口説くのは構わんが、ここには俺も、マダム・オランジェもいる事を忘れなさんな」
お待たせしました。m(__)m
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