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12 モルゴール家『吸血化』の成り立ち


(ふぁ!?ここでそれ?)


いきなりの甘えんぼショタ攻撃にさらされたわたしは、反撃も出来なくなった。

(うう…可愛いわ。でも、でも…)


「ダ、ダニーですか?あの…ごめんなさい。ちょっと距離感が…」

「距離感?…でも、僕等は夫婦になるんですよ」


「あ、ああああ…そ、そうですね。じゃあ…」

とわたしは何とか妥協案を出した。


「ダ、『ダニエル様』で許していただけないでしょうか?」

「…」

暫く考えてた侯爵様は、小さくはあ、とため息をついた。


「…仕方がありませんね。では僕達が()()()夫婦になったあかつきには、必ず愛情を込めて僕を『ダニー』と呼ぶ事。約束してくださいね」

「は、はい…分かりました。や、約束します…」


何だか知らない内にわたしはまた約束させられてしまった。

程なくして馬車の扉がコンコンとノックされた。


「どうやら彼女達が戻った様ですね」

ダニエル様は立ち上がってノブを回して馬車の扉を開けた。


そこには猫の様に目を細めた侍女のメルとメロが、ドレスや装身具を何ひとつ乱す事無く、立っていた。

『本当にさっきまであんな激しい動きをしていたのかしら?』

と疑問に思う位だ。


彼女達が馬車に乗り込むと、私とダニエル様に向かって

「お待たせして大変申し訳ありません。旦那様、奥様」

「少し手間取ってしまいましたわ。でも彼等には十分反省してお帰り頂きましたからご安心を」


ダニエル様は微笑みながら言った。

「その割には随分楽しんでたようだけど…」


「まあ、ほほ、ありがとうございます…久しぶりの楽しい時間でございました」

「本当に…あの二人に『また遊んでください』と云ったら、わたくし達、見事に振られてしまいましたわ」


わたしが見た光景は、『遊ぶ』と云うよりも『弄る』と云った表現が近かった。

(そうなるでしょうね…)

とわたしは心の中で呟いた。


 +++++


城に戻ったわたし達は、そのまま夕食を摂った。


同じテーブルに座ったけれど、ダニエル様はワインばかりを飲んで、自分の前のお皿に殆ど手を付けなかった。


(そう言えば…)


朝食時は、自分のドレスのボタンを吹き飛ばしてしまったから、正直それどころでは無かったけれど、朝食の時のお皿も殆どそのままだった気がする。


「ダニエル様…お食事はされないのですか?」


わたしが尋ねると、ダニエル様は手を付けていない目の前の食事を見下ろしてから、わたしへと云った。


「これだけ魔人化が進むのは僕も初めてのケースなので、何とも言えないのですが、どうやら食事が受け付けなくなる様です。普通の食事をあまり食べたいと思わなくなりました」

小さな牙を見せながら、妖しくわたしへと微笑んだ。


「けれど食事のテーブルに君とこうして座るのは、とても大事な事ですから。

そうそう…夕食が終わったら、我が家系の事について説明しましょう」

「家系…ですか?」

「そうです。我が家の吸血化の成り立ちと云う事です」


『吸血化?』成程…そうか。

(そもそも最初から『吸血鬼』って訳では無くて、『人間と混じっている』んだものね…)

「わ、わかりましたわ…」

わたしは慌てて頷いた。


 +++++


夕食後、ダニエル様は『こちらへ』とわたしをある部屋へと連れて行った。


ダニエル様と二人でその部屋へと入ると、そこには真っ白い漆喰の壁に沢山の絵が飾ってあった。

殆どがゴージャスな額縁に囲まれた立ち絵の肖像画だ。


ダニエル様は部屋の中へとことこと歩くと、その内の一つの絵の前で足を止めた。


「僕の家に嫁いで来る君に、我が家の歴史を聞いて頂き…出来れば分かち合って貰いたいのです」


それはかなり古い絵だった。


絵具も所々掠れているが、描いてある人物はまだはっきりと分かった。

それは、厳めしい顔つきでステッキを付いて立っている、品の良い老紳士だった。


「僕の家の悪夢は、祖先のルシアン=モルゴール侯爵が、自分の一人娘に吸血鬼によって孕まされたところから始まります」


ダニエル様はそうして、ご自分の家系について話始めた。


 +++++


「オスティリア国の発展と共に、我が侯爵家もそのおこぼれに預かる様な形で繫栄したのですが、何故か性格の悪い魔族も貴族社会の中に少しずつ紛れましてね。世間知らずの令嬢を誘惑して妊娠させるという事件が頻発し始めたのです」


そしてダニエル様はまた歩き、一枚の――またしても古い絵の前で足を止めた。

おくるみにくるまった赤ちゃんを抱く、少し悲し気な顔をした御令嬢の絵だった。


「彼の一人娘…カミラも残念ながら、その毒牙に掛かってしまった一人です。彼女は大変魅力的な貴族のある男に誘惑され、その身を捧げてしまいましたが、まさかその正体が吸血鬼だとは知らなかったのです」


話を続けるダニエル様の顔は、何処か憂鬱そうに見えた。


「貞淑さが尊ばれる貴族社会で、父親の知らない内に妊娠した彼女を、厳格な父親は許さなかった。

ただ一人娘だった為に修道院には送らず…男とはこれ以上会うのを禁じて、自宅へと閉じ込めました。

カミラは、生まれてきた男の子が普通の人間とは異なると云う事に気付き…初めて相手の男の素性に疑問を抱いたのです」

「そんな事が…カミラ様がお可哀想ですわ…」


自分が宿した子供の男が、忌まわしい『吸血鬼』だと知った時のカミラ嬢の苦悩を思うと、想像を絶するに余りある。


昔のオスティリア国が『魔族や魔物が入り乱れた国だった』とは知っていたけれど、魔族がどのように貴族社会に浸透したのか――詳細を知らなかったわたしは、ダニエル様の話にとてつもなく衝撃を受けた。


「…すみません。話が深刻になってしまいましたね」


ダニエル様は微笑むと、それからは駆け足の様に話を続けた。


「その頃オスティリア国各地で、貴族や庶民関係なく…魔人や魔物の混血児が生まれていました。その頃の国王は何故かそれを忌まわしいものだとせず、特に厳しい規制や迫害をしなかったのです。その為カミラとその赤子の男の子も何とか父親に許される様な形で過ごす事が出来た。赤子に全く興味の無かったルシアンですが、男の子が大きくなると並外れて優秀な事が分かり、結局爵位をカミラの息子に譲りました。その血は脈々と受け継がれ――…」


ダニエル様は、また一つの肖像画の前で歩みを止めた。

それは、黒髪で黒い瞳の――整った美しい顔立ちの青年の肖像画だった。


「それで、僕が今のモルゴール家の当主なのです」

お待たせしました。m(__)m


読んでいただきありがとうございます。

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