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6.王妃の参戦

麗らかな昼下がり、王宮のとある私室で完璧な礼をとるジャクリーヌがいた。流石の彼女も今日ばかりは嫌な汗をかいている。


「ジャクリーヌ・ド・コリンカがご挨拶申し上げます。本日はお招きありがとうございます。」

「顔をお上げなさい。急に呼びつけて悪かったわね。」


務めて冷静に、にこやかに。それでも強ばる表情筋のせいで、唇の端がひくつく。それを知ってか知らずか、目の前の女性はたおやかに笑って対面の席に着くよう促す。


ローランによく似た絶世の美女。年を重ねてもなお、輝く美貌に同じ女性ながらうっとりしそうになる。だが、ここで呆ける訳にはいかない。


何故なら目の前の女性はローランの母、つまり王妃であるからだ。


「ローランが会う女性には必ず私も会うようにしているのよ。そう気を張らずに楽にして大丈夫よ?美味しい茶菓子も用意したから食べましょう。」


少女のように微笑みながら気さくに話しかける王妃は、可愛らしくもある。自分も美しく年を重ねたいと思いながら、美貌を損なわないためにどれ程の努力があるのかと素直に尊敬した。


暫くは他愛もない話が続いた。天気の話から、庭園の花、紅茶、茶菓子───。それなりに時間が過ぎ、もしかしたら本当にこのまま穏やかに終わるかもしれない。ジャクリーヌの気持ちが緩みかけた時、変わらぬ穏やかな口調で王妃が問うた。


「そう言えばローランとは上手くやっているみたいね。」


途端、ジャクリーヌの鼓動が急激に早まった。背中を伝うのは、冷えた汗だ。


「…恐れ多い事です。殿下には大変良くして頂いておりますが、特別なものではないかと…。」


尻すぼみの言葉に王妃はクスクスと笑った。


「謙遜しなくていいのよ?色々報告は聞いているわよ?」


報告とは、何をどこまで聞いているのか。思い当たる節は様々あるが、ジャクリーヌの頭を過ぎったのはつい先程、この茶会の前の出来事だった。


数刻前、ジャクリーヌは王宮の庭園にいた。

商売事に明るい彼女は王妃との約束の時刻より、大分早めに王宮についていた。時間を違えない事はもちろん、例え家の前で馬車が事故にあったとしても対応出来る時間に家を出た。商売人にとって時間を守るのは最低限のルールだからだ。


そうして無事王宮に着いた結果、いくら何でも早すぎる時間となった。そこで時間潰しと話題探しのため庭園を散策していたのだ。流石王宮の庭園は手入れが行き届いており、素晴らしいものであった。


ゆっくり花を愛でるなどいつぶりか。花々に見惚れながら、つい、いつもより足をのばし、入口から随分と奥まで進んで来てしまった。アーチ状の植木を潜り更に進むと、小さな作業小屋が見えた。


恐らくは庭師の道具を置く場所。思ったより奥まで来た事にジャクリーヌは驚き、踵を返そうとしたところで小屋の扉が開き───見知った顔が出てきたのだ。


「…ローラン様?」


何してるんですか?と、言いたいのを堪え声を掛けると、驚いたように顔を上げ、目が合った次の瞬間には安堵したような顔をした。


「君か。何故こんなところに?」

「王妃様に呼ばれまして、時間まで庭園を散策しておりました。そのような場所で何を?」

「…それは…。」


ローランが気まずそうに視線を揺らしたその時、遠くでその名前を呼ぶ声が聞こえた。


「っ!クソ、また来た。いいか、誰が来ても俺はここにいなかったと言えよ。」

「え?いえ、それは。」


事情が分からないのに簡単に承諾など出来ない。そうこうしている間に、ローランを呼ぶ声はどんどん近づいてくる。


「来い!」

「ちょ!?」


ローランに突然手を引かれ向かった先は先程の小さな小屋。異を唱える前に中に引き入れられた。扉が閉まった瞬間、とても近くで声が聞こえた。


「ローラン殿下!どこですか!?もうお時間です!」

「殿下!いい加減出てきてください!!」

「いたか!?」

「いや、こっちにはいない。」

「おかしいな、この辺りで声がしたと思ったんだが。」


扉の向こう男達の苛立った声がする。どうやら追われているようだ。居場所を教えたいと思うが、生憎とジャクリーヌは一歩も動く事ができなくなっていた。


作業小屋は本来人が長時間過ごす為に作られたものではない。つまりとても狭い。そんな空間に二人の人間が入っているのだ。


ジャクリーヌはローランに抱き締められている状態だ。少しでも動いたら、小屋にある様々な農具に触れて音を出してしまうだろう。


「…声を出すなよ?」


小声で囁かれ、声どころか悲鳴が出そうなのを必死で堪える。この男は状況を理解しているのだろうか。こんな状況で見つかったら大問題だ。


抗議すべきなのだが、ジャクリーヌの脳内は沸騰したような状態になっていた。どこを見たら良いやら、彷徨う手の置き場所も分からず、早まる鼓動に上がる息。冗談ではなく倒れそうだ。


耐えられずジャクリーヌはローランの上着の端を引っ張った。扉を睨み耳をそばだてていたローランは初めてジャクリーヌの顔を見た。


眉を八の字に下げ、潤む瞳。数日前見たばかりの顔と同じ、何とも扇情的なジャクリーヌにごくりと喉を鳴らした。知らず腕に力が入り、途端指先から柔さが伝わる。驚いたジャクリーヌが更に困惑の表情を浮かべた。


可愛い───。


ここ最近どうにもおかしい。ジャクリーヌが可愛く見えて仕方がないのだ。噂では男を弄ぶ才女という話だったが、どう見ても初な普通の少女だ。確かに他の女性のよりはっきり物を言うが、決して的外れではなく、無駄口ばかりの者に比べれば遥に好ましい。何より彼女と話すのは楽しいと感じている。


ローランとジャクリーヌが、互いしか目に入らなくなり始めたその時、


「おい、あそこの小屋はどうだ?」

「いくら何でもそれはないだろ。」

「いや、念には念を入れて。」


外から聞こえる声に我に帰った。ガサガサと草を踏みしめる音がする。ローランは咄嗟に羽織っていたローブでジャクリーヌを頭から覆い隠す。


ガサガサ ザザザ


足音がすぐ近くまで来たその時


「おい!集合命令だ!」

「何だ見つかったのか?」

「分からん。とりあえず急ぐぞ!」


そんなやり取りの後、足音が遠ざかって行き静けさが訪れた。


「…行ったみたいだな。」

「と、とりあえず出ましょう!」


酸欠になりそうな状況から脱出すべく、ジャクリーヌはローブを取って急いで扉を開けた。外の空気が涼しい。清々しく美しい庭園に罪悪感すら覚えた。


「その、すまなかったな。」


流石のローランも素直に詫びた。


「いえ…それより何事だったのですか?」


当然の質問にバツの悪そうな表情をしながら、ローランはボソボソと答えた。


「剣の、鍛錬だ。」

「は?」


露骨に感情が出てしまっただろう、ローラン少しムスッとして続けた。


「あんな鍛錬をして俺の中性的な魅力が損なわれたどうするんだ!もとよりこの国は外交で成り立っているのだ。鍛錬など必要なかろう。」


そうだった。最近何故だかこの男の評価が上がっていたが、そもそもが救いようのないナルシスト男だった。他人の時間と労力を搾取している事に気づきもしない。しかもその理由がくだらな過ぎて、ジャクリーヌ冷めた視線を送ってしまった。


「サヨウデスカ。」

「何故カタコトなのだ。」

「別に。」

「何か?君も筋肉のある男が好ましいのか?」


そういう問題ではないのだが。ジャクリーヌはため息混じりに答えた。


「殿方をそういった視点で分けた事は御座いませんが、最低限の力がある方が望ましいです。例えば私が倒れた時に抱えて運んでくれる程度は必要かと。」

「…そうそう人は倒れないだろう?」

「倒れますよ?」

「え?」

「殿下はまだ女性の凶器(ドレス)をご存知ないから。」

「狂気?」

「近々お分かりになると思います。では、私はこれで。」


そう言って踵を返した。


そんな事を思い出し、思わず独り言を呟いてしまった。


「ナルシストももう少し何とかならないのでしょうか…。」

「ナルシスト?」


はっ、と我に返った時には遅かった。先程とは違う、少し鋭い眼差しがジャクリーヌに向けられている。誤魔化す事も出来ず、言葉を選んで続けた。


「えぇと、己の美貌に自信があり過ぎるために、時々常軌を逸した言動が見受けられます。」

「例えば?」


あぁ、しまった。と、心の中で後悔した。いつもならば適当に流せるジャクリーヌも、王妃の前では赤子も同然だった。もとより嘘など付けないジャクリーヌは洗いざらい話す事になった。言葉を選び可能な限りオブラートに包んだつもりだが、やはり聡い王妃には筒抜けのようだった。


ジャクリーヌの話が進むにつれ王妃は俯いていく。終わる頃には組んだ両手に額を乗せてしまった。その表情は見えない。けれど何故だろう。どこからともなくゴゴゴゴという低い低い地鳴りが聴こえる気がする。


「それで?どうするつもりなのかしら?」

「えぇと?」

「思うところがあってドレスのデザイン画やら、マダムの店に行くやらしているのでしょう?」


バレてる───!


白旗を上げたジャクリーヌは、本当に身ぐるみ剥がされる心地で全て話した。聞き終えた王妃は暫し沈黙している。不敬だと罰せられるのか、そうなったら人生お先真っ暗だ。これまでの人生と描いた未来が脳内を流れ、弔いの鐘の幻聴がする。泣きたい。


「…よく分かりました。貴方の計画に乗りましょう。私も協力するわ。」

「え?」

「後日作戦を練りましょう。人選は任せてくれるかしら?」

「勿論でございます。」

「そう、良かったわ。今日はご苦労様。また連絡するわね。」


微笑む王妃に拍子抜けしながらも、この機を逃す訳にはいかない。ジャクリーヌは丁寧なお辞儀をして、逃げるように面前を辞した。


「───女官長。」


ジャクリーヌが出ていった後の扉から目を離さず王妃が告げる。


「あの娘の弱みを調べなさい。何としても見つけるのよ。」


その顔から先程の微笑みは消えていた。







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