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5.布地選びの刑(?)

確かに協力すると言った。

確かに軽はずみだったかもしれない。


だが、女装して茶会に参加するなど誰が予想できるだろうか。


「何故そうなるんだ…!」

「だってローラン様がご自分で仰ったじゃないですか。自分のほうが上手くやれると。」

「それはっ。」

「実際体験してみたら説得材料になると思いまして。流石にこれまで実行する機会はなかったでしょうから、僭越ながらお手伝いを。」

「………。」

「ローラン様とは気づかれないよう対策を練っている最中ですので。何方に判断して貰うのが良いか、開催場所などはもう少しお時間を頂きたいと思っています。あ、でも手配済みの物もありますので、進捗状況についてはご安心くださいませ。」


小声で抗議するローランをジャクリーヌは笑顔で畳み掛ける。自分の言葉が特大ブーメランとなって返ってきた。「嘘だろ…。もう引き返せないの?」という心の声がダダ漏れ、顔面に“面倒臭い”を張り付けるローランと視線を合わせ、ジャクリーヌは事更に口角を上げる。


この時になってローランは初めて、ジャクリーヌが純粋な好意で今回の申し出をした訳ではないと気づく。その挑戦的な瞳に反骨精神が刺激されるが、不思議と嫌な気分にはならなかった。


それに案外、悪い作戦ではないかもしれないとも思う。誰よりも艶やかに着こなす自信が、自分にはあるのだ。


「まぁいい。受けて立とう。」

「そんな訳ですから、しっかり吟味なさってくださいませ。」

「分かった…。色味に決まりはあるのか?」


何故かやる気になったローランは布地の箱を見ながら問いかける。色味の近い布地をまとめて入れてある箱が整列する光景は、改めてみると壮観だ。


「そうですね…。いわゆるロイヤルブルーは王族が身につける決まりですから、今回は辞めておきましょう。」

「他には?」

「お茶会ですので黒など暗すぎる色味も避けたいですね。難しく考えず綺麗だと思う色をまずは選んでみては?」


これだけの色彩があるのだ。迷うのは当然だろう。柄物まで含めると本当に大変な事になるが、今回は温情で省いてもらっている。それでも膨大な量の布地を前に、助けを求めてジャクリーヌを見たローランが動きを止めた。


「?どうかなさいましたか?」

「緑にするか。少し青みがかった…新緑のような。」

「素敵ですね。緑はあちらの箱でしょうか。」


二人して移動し、アレコレ言いながら布地を選ぶ。


「これとこれは光沢の出方が違うのだな。」

「流石です。折り方が異なりますので。」

「しかし光沢と一言で言っても色々だな。」

「えぇ。今回は夜会ではありませんので、品の良さを重要視すべきです。」

「一口に緑と言っても肌に馴染む色と馴染まぬ色があるな。」

「おっしゃる通りです。実際に顔周りに合わせながら確かめると良く分かると思います。」

「この色は君に似合いそうだな。」

「勿体ないお言葉です。とても好きな色です。」

「好きな色とは似合う色でもあるのだな。本当に良く似合っているぞ。鏡で見るといい。」


おかしい───。


ローランから渡された好みの布地を広げ、鏡にうつる楽しげな自分の顔を見て、ジャクリーヌはハタと現実に戻った。大量の布地を前に心を折らせるはずが、先程から二人で普通に楽しんでしまっている。


何故だ。


恐らくはローランの的確な質問とジャクリーヌの的確な回答のテンポが良いのだ。それにローランの適応力がずば抜けているせいだ。布地選び一つ取っても、目の付け所も理解力も申し分ない。頭脳明晰の噂は伊達ではないようだ。


何よりローランが心から楽しそうなのだ。


「普段はどのような服をお好みになるのですか?」

「自分で選んだ事はないな。服はその日の予定に合わせて既に用意されている。外交が絡む時は他国の文化を尊重するからな。我が国は外交で成り立っているから特にそうなのだろう。」


何となくソワソワしてしまったジャクリーヌは雰囲気を変えるため別の話題を口にしたが、返ってきたのは意外な答えだった。ジャクリーヌのイメージでは朝からソファに肩肘をつけながら、メイドが持ってくる服を「違う。」「それじゃない。」と偉そうに選んでいるのかと思っていた。


「…申し訳ありませんでした。」

「?何がだ?」

「いえ。窮屈ではございませんか?」

「着るものにこだわりはないからな。服一つで外交が上手くいくならば安い物だろう。この程度、窮屈とも思わん。王族ならば当然の努めだ。それに存外楽しいぞ?他国の文化に触れる良き機会だ。」


そう答えるローランは間違いなく王族の顔をしていた。傲慢で失礼な男ではあるが、国を国民を第一に考えているのは本当だ。国を治める事を負担に思う人間もいるだろう中で、前向きに楽しさを見出しているのは才能だ。この男が次期国王で良かったと、一国民として思う。


普段自由の効かない身なのであれば、今回くらいは好みの物を仕立てて上げたい。もっとも仕立てるのはドレスだが。


「ま、美しい俺が着ればどんな服でもそれなりに見えるからな。来賓よりも美しくなってしまう事が悩みだが…。」


撤回。当初の予定通り存分に嫌がらせをしよう。


「どの緑色がお気に召しますか?そういえば緑は何か思い入れのあるお色なのですか?元々お好きとか?」

「いや、そうではない。」

「?そうなのですか?」


冷ややかな視線で何気なく話題を振ったジャクリーヌだが、これがとんでもない大誤算だった。


「綺麗だと思う色を、と言っていただろう。君の瞳の色がとても美しいと思ったんだ。」


顔色一つ変えずにローランが告げた言葉はジャクリーヌに大打撃を与えた。


「な…!?」

「なんだ?鏡で見た事がないのか?」

「あります!ありますが美しいなど…!」

「美しいだろう。色もそうだが、大きな瞳も印象的でキメ細やかな白い肌によく映える。睫毛も長いし鼻筋も通っているし、何より唇の形がいい。今日は薄化粧のようだが…夜会などでしっかり色を乗せれば魅惑的な雰囲気になるだろう。」


さも当然とばかり紡がれ続ける言葉に、ジャクリーヌは顔を上げられない。顔中から火が出そうだ。絶対に真っ赤だ。


絶世の美女、とはいかないが、ジャクリーヌとて整った顔立ちをしている自覚はある。赤みがかった髪にエメラルドの瞳は印象的だ。肌の手入れは入念に行っているため、化粧も他の令嬢とは違い厚化粧などせずとも美しい。


けれど商才や勤勉さばかりが先行し、誰からもその容姿についてこの様に褒められた事はなかった。仮に褒められたとしても、それは性的な視線、あるいは妬みや嫉妬の混じった物だった。


商才に優れた彼女を妬み『顔で客を取った』『女を武器にしている』という噂を何度も流されたし、ジャクリーヌ本人も婚期を伸ばすため否定もしてこなかった。いつしかジャクリーヌの間違った女性像が独り歩きしていた。


当然それはローランの耳にも入っていた。が、目の前で真っ赤な顔で小刻みに震えるジャクリーヌは噂とは全く違っている。不思議そうに見ていたローランは、しばし考えた後に口を開いた。


「あぁ、でも確かに美しいは違うかもな。」


上げて落とすのか!


舌の根も乾かぬうちに先程の発言を否定する言葉を紡ぐローランに、ジャクリーヌは弄ばれているようで悔しい。恨みがましく顔を上げたところ、


「どちらかと言えば可愛らしい、のほうが正しいな。」


特大の打撃がジャクリーヌに炸裂した。限界値を迎えたジャクリーヌは涙目だ。パクパクと口を開く彼女は、普段の数段幼い顔をしている。その様子にローランは目を丸くし、ふと表情を和らげた。


「…可愛いな。」


ポンと頭に置かれた手の重みに耐えきれず、ジャクリーヌはその場にしゃがみ込んだ。


「どうした!?」

「何でもありません。」

「具合が悪いなら───」

「お気になさらずさっさと布を選んでください。」

「ならばもう一度瞳を見せてくれ。」

「いや、もう無理です。有料になります。」

「はぁ!?」


頼む、この天然タラシ男をどうにかしてくれ。


顔を上げないジャクリーヌをしばし見ていたローランは、ため息をつくとツカツカと歩み寄った。そしてそのままジャクリーヌの手を取りその場に立たせ、歩き出した。


「!何をっ。」

「暴れるな。」


慌てるジャクリーヌを制し、向かった先は最初にいたソファだ。


「そこで休んでいろ。すぐに済ます。」


ぽすんとジャクリーヌをソファに座らせると、ローランはそう言った。きまり悪く、ジャクリーヌはそろりと視線を上げる。そんな彼女の頭にローランはまたポンと手を置き───柔らかく微笑んだ。そして先程いた箱の方へと戻って行った。


残されたジャクリーヌは、ローランの後ろ姿を目で追っていた。見た事のない、あの柔らかな顔が焼き付いて離れない。頬も手も熱いし、心臓も先程からずっと五月蝿い。


なのに嫌な気分では全くない。


呆然とするジャクリーヌの傍、一部始終をパーテーションの後ろからこっそり見ていた護衛はその日の報告でこう答えた。


“ローラン様とジャクリーヌ嬢は互いに想いあっており、かなり深い関係であるようだ”


ジャクリーヌの元に王妃からの呼び出しの手紙が届いたのは、翌日の事であった。



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