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第8話「幻視」




隣村まで逃げて来たチャックとテディは、新しい馬を手に入れる。

ついでに他人の家に上がり込んで勝手に昼飯にありついた。


まさに無法。

これこそ傭兵。


「…例の恐竜は、ストックトンまで暴れてるようだな。」


チャックが新聞を読みながらそういった。


恐竜は、ヤーネンドンからやや東よりに北上している。

このままだとフォルトンまで来るかも知れない。

案外、政府もそれを望んでいるのかも…。


テディは、大量の目玉焼きとベーコンを皿に積み上げ、一心不乱に食べている。


「こことは、反対だね。」


恐らく家人のとっておきのウイスキーまで持ち出した。

そいつを遠慮なく喉に流し込んでいく。


「あんまりやるなよ?」


チャックが注意するとテディは、ニカッと笑って答える。


「へーき、へーき。」


確かにウイスキーやラムの1本や2本でテディは、潰れたりしない。

だが目を光らせてないと調子に乗って何でもやり過ぎてしまう。

それが、エドヴァルダ・デン・ゴルムスソンという女だ。


逆にテディは、チャックのことをまるで知らない。

南半球の捕鯨船で出会うまでの彼のことは。


今回の依頼もそうだが魔術や禁断の知識にも詳しい。

それも依頼人は、初対面なのに彼にこの手の依頼を頼む。

いったい、どういうからくりなのか。


「そういや、急いで飛び出して来たけど。

 ナポレオンは、平気かな?」


ふとテディは、二人が買っていた猫のことを思い出した。


ヤーネンドンを脱出する時、家にいなかったのだ。

きっといつもの通り散歩に出たのだろう。

残念ながら探して連れてくる余裕はなかった。


「ああ…。

 あいつは、人間よりずっと上等な奴だからな。

 俺たちが守ってやらなくても平気さ。」


チャックは、そういって席を立つ。

そろそろ出発の準備を整えなければならない。


「ちょっと、もう少しッ。」


テディが立ち上がったチャックを呼び止めた。


「おいおい。

 この家の住人が来たら不味いだろ。

 ここは、暗黒大陸じゃないんだぜ。」


「ううん。」


久しぶりに血を浴び、危険な仕事に取り掛かっている。

でもテディは、もっと刺激が欲しい。

彼との刺激が。




フォルトン州、州都フォーリッジ。


ここにフォルトン伯爵のフォーリッジ城がある。

城と言ってもそんな大きな城ではない。


「既にフォルトン伯爵は、名前だけのもの。

 この城にも伯爵はいないし、ここはただの刑務所だ。」


チャックは、そう話しながら何やら荷物を取り出す。


「……恐竜騒ぎは、渡りに船だ。

 ここまで警察にも追われずに好き勝手放題できたから、なッ!!」


チャックは、背負っていた荷物から出した物に火をつけて放り投げた。

それは、簡単な爆発物でフォーリッジ刑務所の警備を混乱させる。


「ここに遠見の玉が残ってるの?」


そんな犯罪行為にもテディは、まるで動じない。

平然と会話を続けている。


「う~ん…。

 結構、魔法の品って持ち主が家族とかにも話してなかったりするんだ。

 隠し場所とかにそのままってことがね…。」


チャックのこれまでの経験上の話だ。


同じ内容を繰り返すが産業革命の後も信じられないことだが魔法は、使われている。

ただそれは、ごく一部の特権階級に限定されていた。

彼ら以外の人間が使い、彼らに及ぼす危険を避けるために。


また技術の進歩により古い魔法の品や呪文書が捨てられていく。

そう言ったものを入手したがる成り上がりの金持ちがチャックの依頼人の大半だ。


遠見の玉は、骨董品に近い。

忘れ去られて残っている可能性は、かなりあった。


「行くぞ。」


腰を下ろし、刑務所の壁の傍でチャックが待機する。


「うっし!」


そこにテディが勢いをつけて駆け出した。

それを捕まえて慣れた手つきでチャックがテディに壁越えをさせる。


今度は、壁の上からテディがチャックを引き上げる。

完全に犯罪者の連携技だが、これも私立探偵の仕事である。


言うまでもなくチャックは、殺人現場で推理したことはない。

専門外だ。

もしそんな場所に出くわせば、真っ先に逃げ出すだろう。


探索は、予想以上に呆気なかった。


チャックは、何度もこの城にやって来ているようだ。

真っ直ぐに魔法の隠し通路を開くと素早く姿を消す。


「はやっ。」


その早業にテディも目を丸くして驚いた。

古城の壁の一部が、すうーっと消え去り、二人を通路に招き入れると元通りの壁に戻った。


「ねえ、前にも来たことあるの?」


「いや。

 初めてだよ、ここに来るのはね。」


その答えは、隻腕の青年がソナタの玉殿を訪れたのと同じだった。

彼らは、始めて来た場所でありながら隅々まで良く知っている。

これは、単なる偶然か。


恐らく軽く300年。

誰も足を踏み入れたことのない秘密の部屋に二人は、忍び込む。


「………これかな。」


手ごろな箱を調べ、チャックは、球体を取り出した。

遠見の玉だ。


テディも過去に幾つか見たことがある。

既に無用の長物で大貴族の屋敷に無造作に置かれていることがあった。


「逃げる者、死ぬ者、黄金の床に眠る者。

 死の壁の呪いとて、私の魂を閉じ込める事などできはせぬ。」


チャックが何やら呪文を唱えると古惚けた水晶玉が輝いた。


遠見の玉は、大半の童話や物語に登場する魔法の水晶玉とは違う。

水晶玉そのものにヴィジョンが映し出される訳ではない。

術者の知覚を拡張し、遥かな遠く、過去や未来を見せるものだ。


現代では、幻覚を引き起こす危険な術の数々で使用に危険が伴う。

だがチャックは、空中に停止した水晶玉の前で目を閉じて集中していた。


テディは、しばらく彼を見守るしかない。

黙ってキスしてもバレないだろうか。

そんなことを考えていた。


「………あった!」


チャックは、そう答えると水晶玉を元に戻した。


「見えたのね?」


テディがチャックに訊ねるが彼は、まだ張り詰めた表情をしている。


「ああ、いや、だが、まだだ。」


「まだ?」


「そう。

 ここが遠見の玉の厄介なところだよ。

 見たものが現実なのか、幻覚なのか分らないからね。」


「ええっ!?」


それは、テディにとって予期しない返答だった。

ここまで来て、まだ半分だという。


「手掛かりにはなるが、絶対じゃない。

 急ごう。」




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