第7話「ヴァイキングの騎行」
フォルトン州、レボハム。
フォルトンは、大ヴィン島の東端にあり、黒真珠海に面し、海の恵みが豊かな地域である。
また農耕に適した温暖で肥沃な大地は、島内屈指の穀倉地帯でもあった。
同時に自然豊かな土地で様々な生き物が昔から暮している。
他方、大陸から来るヴァイキング戦士の侵寇に長年、苦しめられて来た。
特に1899年、”殉教王”ハミルロッドがエッサー人の”無骨”ギルヴァーに討ち取られた伝説。
これは、史実か疑わしいがヴィネア人にとって故国の為に倒れた王として人気がある。
しかしそんなヴァイキング時代がやがて終わる。
フォルトンでは、農業、漁業と毛織物産業が発達した。
中世末期には、大ヴィン島でも第2の都市圏として繁栄する。
しかし2度のペスト流行、産業革命期に人口が流出し、工業化から取り残される。
31世紀現在、25世紀の1/3の人口にまで減少し、地域経済も低迷している。
鉄道も道路整備も遅れ、寄港する船も減少し、時代からも交通からも孤立していた。
そして塩害と公害によって農業と漁業さえ取り上げられていた。
チャックとテディは、盗んだ船でレボハムに到着した。
フォルトンでは、もはや珍しくない衰退した漁村である。
別にこんな辺鄙な街に来たくはなかった。
しかしヴァイキングさながら燃料と食料を略奪しながらの移動は、限界に達した。
二人は、下船して目的地には、他の手段で向かうことにする。
「フォルトン伯爵は、遠見の玉を持っていたはずだ。」
チャックは、かつて耳にした噂話を何とか記憶の中から丁寧に取り出す。
ボロボロの紙のように不確かな記憶を何とか読み取った。
「200年前の内戦で第五王国派のトラヴァンを討ち取った時の戦利品だ。」
「戦場に遠見の玉を?」
小馬鹿にするようにテディは、せせら笑う。
チャックも小さく頷いた。
「ああ…。
800年も前ならそれで通じたかも知れんが幻覚を見せられて罠に落ちた。」
ヴィーランド反乱に便乗した第五王国派の分離・独立戦争。
第五王国派トラヴァンがフォルトンのヤー・ルーの戦いで戦死した。
この戦いは、今に至るも不自然でトラヴァンは、愚将の評価を受けている。
しかし真実は、彼の宮廷魔術師だったランマンド・ディーが敵の幻覚に落ちた。
それというのも時代遅れの遠見の玉で敵軍を偵察しようと試みたせいだ。
第五王国派軍は、偽情報にかかり惨敗した。
「この時にフォルトン伯爵の手にトラヴァンの玉が渡ったという訳だ。」
「なんで?」
「戦いには、利用できないが覗きの趣味でもあったか。
占いに興味があったんじゃないかな。」
もともとは、諸侯の通信手段だった遠見の玉。
戦略上、大きな切り札となった。
しかし幻覚を見せる魔法が発達し、ほとんど機能しなくなる。
もっとも今はどうだろう。
そうチャックは、考えてもいた。
確かに旧来の技術は、革新的な魔法によって淘汰された。
しかし陳腐化した魔術が密かに用いられることもある。
古すぎて対策されていないこともあるからだ。
きっと魔術師ランマンドも、そんな不確かな可能性に賭けてしまったのだろう。
「ひゃあああッ!!」
唐突な叫び声。
二人がそっちを見ると自動車が横転し、煙を吐いている。
28世紀には、馬無し馬車と呼ばれる乗り物が登場する。
我々にとっては、このCarriageを短縮して四輪自動車を特にCarと呼ぶ時代が来る。
が、この世界で自動車という場合、ガソリン車ではなく蒸気自動車を指す。
「なんだろう。
言ってみよう。」
チャックがそう言うのでテディも駆け足で倒れた自動車に向かう。
近づいてみると事故の原因は、すぐ分かった
まだ正午にもなっていないというのにインプだ。
人目も憚らず地底の蛆虫どもが這い出している。
「この糞虫!!」
テディが男の子に覆いかぶさっているインプを蹴飛ばした。
しかし既に子供の顔面は、真っ赤に裂け、歯茎まで露わになっている。
上等な上着が血に染まり、両手も力なく広がっている。
両親もインプの餌食になっていた。
チャックがレンチで小鬼の頭を砕き、報いを与える。
このような初期の自動車には、工具が車載されているものだ。
故障した場合、持ち主が応急処置できるようにである。
「やれやれ。
ヤーネンドンの恐竜騒ぎのせいかな。」
チャックは、深いため息をついた。
朝からかなり濃厚な流血現場に出くわしてしまった。
テディは、暗黒大陸でこの程度、日常茶飯事だったのだろう。
平然と死体を飛び越え、まだインプが残っていないか周囲を警戒している。
「移動しよう。」
テディは、短くそういった。
チャックは、怖い顔で彼女に訊ねる。
「襲撃か?」
「ああ。」
とテディは、素っ気なく答える。
それが意味するところは、剣呑だ。
インプが今からここ、レボハムを襲撃する予兆ありということだ。
彼女は、危険を避け、ここから逃げることを暗に提案している。
「………ふう。
あまり後味が良くないが。」
感心しないがチャックもその意見に同意した。
実際、その選択は、賢明だ。
人間の仕業に見せかけ、インプたちが人間を襲う。
しばしば発生する奇怪な事故や事件は、彼らの攻撃だ。
盛時、地球上には人間以外の多くの種族があった。
その多くが地底や森、険しい山々に追いやられ、姿を隠した。
今の彼らは、童話の妖精や怪物として忘れ去られている。
だが実体を持つ人類の生存競争上の競合相手である。
二人は、容赦なく目に付いた馬を盗む。
そしてレボハムの郊外に逃れ、背の低い灌木が茂る低地を通る頃、そこで戦いが始まった。
「ガアアギギギ!!」
「ギャギャギャーッ!!」
湿地帯からインプたちが躍り出てチャックとテディに襲い掛かる。
まさに1105年前。
大異教徒軍と呼ばれる北方エッサー人のヴァイキング戦士たちは、フォルトンに上陸。
首領の”無骨”ギルヴァーは、”殉教王”ハミルロッドとの開戦を前に部下に問うた。
「ヴィネア人どもをどう思う?」
海を渡って来た大異教徒軍には、軍馬が足りない。
ハミルロッドもそこを狙って現れた。
騎兵だけでなく全体の兵数の上でも劣勢に立っている。
この絶対の窮地にギルヴァーは、部下たちに決意のほどを聞きたかったのだ。
部下は、答えた。
「馬に乗ってトントンです。」
「トントンとはなんだ?
互角か?」
首領に再び尋ねられた部下は、胸を張っていった。
「あんな馬力のないチビどもは、馬に乗って俺たちと初めて互角です。」
法外な巨躯を誇るエッサー人に比べ、ヴィン島の人々は、小柄に見えた。
しかし騎士と歩兵が正面から激突するというのは、痩せ我慢も良いところだ。
それでも屈強な戦士たちは、首領の前で見栄を張ってみせた。
実際、戦いは大異教徒軍が勝利した。
しかし屈強なヴァイキング戦士さえ死を覚悟する。
それが馬上の利というものだ。
今、インプどもがチャックとテディに襲い掛かる。
矮躯の小鬼たちは、あさりと馬に跳ね上げられてしまう。
しかも馬上の二人は、蛮地で鍛えた傭兵と面倒ごとが大好きな冒険家だ。
「あっハハッ…!!
すごい数だッ!!」
テディが笑いながら叫んだ。
苦労して引っ張りだして来たロングソードが役に立った。
灌木の影から次々とインプたちが隊伍を組んで襲ってくる。
剣だ、槍だ、弓だ。
この31世紀に騎士の合戦が再現される。
「我が剣を恐れぬものならかかってこい、出来損ない共!!
父祖たるゴルムに誓って!!
脳漿ブチ撒いて地獄に送ってやるわーッ!!!」
鼻酸極まる鮮血に紫の瞳が燃え上がる。
トウモロコシ色の三つ編みの頭髪が闘争心で逆立つ。
しかし彼女が乗っているのは、騎兵馬ではなく、ただの馬車馬だ。
暗黒大陸でやっていたようにはいかない。
やがて馬は、息を切らして倒れる。
テディは、素早く馬から飛び降りる。
そこにインプたちが待ち受けていた。
「おい、テディ!
ちょっと調子に乗り過ぎだぞッ!!」
チャックは、来た道を戻って彼女を助けに向かう。
いつもこうだ。
インプを蹴散らし、チャックは、テディを拾って馬上に上げる。
そのまま全力疾走で、この場を離脱した。