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第17話「サウロンサウルス」



セタハストゥール。

あるいはサタハスター。


人間の頭と蛇の頭を身体の両端に持つ双頭の蛇。

その紋章は、二つの頭が向き合った姿で表現される。


邪悪な宇宙の神が人間に生ませた落し子と神話は伝えている。

この神から地面を這う爬虫人類、半蛇半人の蛇人間らが生まれた。


人間の祖としてウルス教が崇める始祖たるアルス。

彼は、人間と蛇の血が交わり、邪悪な種が蔓延ることを恐れた。

故、その眷属を絶滅させるため、セタハストゥールに戦いを挑んだという。


神学者ランディーノは、聖家族史観でこの蛇神も列記とした神の家族と唱えた。


つまりアルスと13人の神妃が設けた13人の長男。

その中に数えられなかったのが14人目の神セタハストゥールである。


しかし近世に聖家族派が滅び、この説を認めるものはいない。


「蛇の落し子。

 この言い方は、間違ってるかもしれませんが。

 貴方は、その一人なのですか?」


異邦人が恐る恐る隻腕の青年に訊ねた。


これが最後になるかも知れない。

決戦を前に、意を決してこの質問をぶつけた。


名も無き者(ハビ)とは、アルスに愛されなかった子供たちのこと。

 つまり名前を貰えなかったが故に、それ(No name)を名前とした。


 もちろん、俺なんかは神様の直接の子供じゃない。

 それに神話の時代のことなんか、どうでもいいんだ。

 俺は、この異能を役立てるだけだよ。」


隻腕の青年は、静かにそう答えた。

目に見えない魔法の左腕が風にそよいでいる。


「でも正直、結婚して子供を作る気にはならないな。

 俺の血は、ここで絶やしておこうと思う。」


「え?

 童貞………。」


異邦人がそういうと隻腕の青年は、物凄い嫌そうな顔をした。


「お前な………。」


ウェレスターに到着した二人。

本を手に入れたチャックたちとの合流を待つ。


「本を取り戻したら例の恐竜をなんとかできる。

 あれは、普通の武器や魔法では倒せない。

 魔法を使える知恵ある生物だ。」


「じゃあ、セタハストゥールの眷属なの?」


「さあな。

 神話は、何処まで言っても神話だからな。

 でも、神話の元になったのかも知れないけど。」




「これが済んだら。

 ……本当に結婚しよう。」


「ええ~?

 へへへ、なにそれ。」


テディは、恥ずかしそうに苦笑いした。

チャックは、武器を確かめながら繰り返す。


「俺、お前と一緒になりたいんだよ。

 危険な仕事は、これっきりにしてさ。

 二人組の船葬墓つくってさ。」


「じゃあさ………エッサーに帰っても良い?」


テディは、気まずそうに訊いた。


世界帝国になったヴィネアは、あらゆる人と物が混在する。

結果、今まさに人種差別問題の渦中にある。


こんな時代だからこそ二人は、出会い。

しかしテディは、ヴィネア人と結ばれることに不安を感じていた。


「そんなの全然、OKだよ。

 別に俺たちは、どこでも暮せる気がする。」


チャックは、嬉しそうに返事する。

テディは、ますます困った顔で含羞はにかんだ。


「そんなに私は、すごい人間じゃないよ。

 やっぱり故郷が一番だと思うし…。」


そのまま二人は、自然に言葉が途切れた。

もう甘く穏やかな表情は、消え去っている。

時計を確認し、自動車を発車させた。






「行け、我が兄弟(モンフレール)我が姉妹(マスール)!!

 太古の蛇セタの落し子の首を持ち帰れ!!」


ボロボロの僧衣を被った男がミイラのような腕を頭上で旋回させながら叫んだ。

その目、その口元に狂信者のそれが見て取れる。


修行僧のような集団。

護符、数珠、薄汚れた呪物をローブに巻きつけ、手に銃火器を握っている。

誰がどう見てもまともな連中ではない。


「な、なんだぁ!?」


例の恐竜騒ぎで夜の通りに人影は少ない。

その少ない人出の中の一人が蛇の監視者たちを見て叫んだ。


シルクハットに仕立ての良いスーツの紳士は、穴だらけになって血の海に倒れた。

ガス灯の輝きが血溜まりに反射し、まるで散らばる紅玉ルビーの上にいるように。


「目撃者は、殺せ!

 すべては、始祖たるアルスの敵を討つために!!」


狂信者たちは、放たれた狼同然だった。

探偵と隻腕の青年を目指し、死を振り撒いて突進する。


児童労働者、娼婦、阿片中毒者。

夜の通りで出くわした全ての人間を皆殺しにしていった。


「きゃあーっ!!」


血走った目を光らせる監視者たち。

暴走する彼らの頭上に緑色に輝く火球が降り注いだ。

それは、一撃で彼らを焼き殺し、十字路を無惨な地獄に変えた。


スケロスの写本を右手に隻腕の青年が姿を現した。

異邦人もライフルを手に彼と共にある。


「南無三宝!!」


異邦人は、監視者たちの急所を正確に狙撃する。

これが御一新と呼ばれる内乱で幼心に学んだ生き残る術だという。


先に戦端を開いた二人の所にチャックたちが合流する。

ベコベコになった自動車が蒸気を吹き、車輪が火花を散らしている。

そのまま猛スピードで緑の鬼火を越え、十字路の中央で停車した。


「行け、行け、行け!!」


テディが機関銃を振り回しながら叫んだ。

彼女の支援を頼りにチャックは、本を持って車から飛び出す。

一心不乱に隻腕の青年めざして走り抜けた。


「本だ!

 本だ、ウルスにかけて!!

 ”死者の掟”だッ!!」


息を乱してチャックは、隻腕の青年に本を手渡した。

手が空くなり上着から拳銃を抜いて戦闘に加わる。


「どうする!?

 逃げられないぞ!!」


「まあ、待て。」


隻腕の青年がスケロスの写本を頭上で振り回す。

すると虚空の神ヨクたちが夜空から堕ちて来た。

星々の輝きのない暗黒宙域から光よりも早く彼らは、馳せ参じるのだ。


「こいつらに手伝ってもらう。」


「それは、どうかな?」


監視者たちが手を振るとビルの間に大顎を備えた二本脚の蜥蜴が現れる。

ヤーネンドン自然史博物館から化石を触媒に召喚されたサウロンサウルスだ。


サウロンサウルスは、その大顎でテディを引き千切った。

重機関銃の援護を失った隻腕の青年たちは、一気に火力で競り負ける。


ヨクたちは、サウロンサウルスに反応しない。

奴の姿が見えないようだ。

一方的にサウロンサウルスの大顎の餌食になっていく。


「はははははっ!!

 ヤラティーは、まだ死ぬ定めにない!!

 ヤラティーを止めることは、できぬぞ!?」


監視者たちのリーダーらしい男が馬鹿笑いして手を叩いている。


「お前は、ここで死ね!!」


一瞬の出来事だった。

隻腕の青年の左袖が死の流星となって監視者の長の首を刎ねる。


やたらとぎらついた目の生首が転げ落ち、悲鳴が一斉にあがる。

術者のコントロールを離れ、サウロンサウルスが暴走を始めた。


「チャック!

 見えるか、恐竜が!?」


隻腕の青年は、チャックの首根っこを掴んで喚いた。

彼は、愛する人を喪って動揺の極みにある。

だが隻腕の青年の瞳が暗示をかけ、彼の理性を復活させた。


それは、一層の苦しみを彼にふりかけた。

無惨な恋人の姿を正気になって再確認させられたのだから。


「恐竜?

 み、見える!?

 それがどうした!?」


それだけ答えてチャックは、口元を抑え、熱い涙が溢れだした。

膝が震え、嗚咽が止まらない。


「じゃあ、まだお前は無事だ。

 お前は!?」


今度は、異邦人に隻腕の青年が問う。


「見える!

 でも、それが何か問題なのか?」


「見えれば安全だ。」


酷い状況になった。

本は、手に戻ったが仲間を失った。


「何が何でも逃げ延びるぞ!

 あの恐竜を滅ぼす術を準備する!!」


隻腕の青年は、泣き崩れるチャックを左袖で巻き上げる。

異邦人が二人を援護しながら背後を守った。


サウロンサウルスは、ヨクを食い千切り、監視者たちを踏み潰す。

死臭が満ち、一夜にして街は、蛆虫の湧く棺の中のようになった。






3005年4月30日(ワルプルギスの夜)。


”死者の掟”。

それは、死後の世界を垣間見、生きたまま地上に戻ったと語る狂人。

アヴド・エル・アトバラナの書いた詩集である。


”瑠璃色の研究”は、その詩を様々な部分に隠している。

しかし肝心の死者を生き返らせる術は、書かれていない。


「……文章にある文字を二度読むことはない。」


隻腕の青年がいった。


「文化によって違うが。

 文章を右から読もうと左から読もうと上から読もうと下から読もうと。

 文字を2回読み上げることは、絶対にない。


 これと同じように死者が起き上がることはない。

 それが”死者の掟”だ。」


「それは、テディが……。

 エドヴァルダが助かる方法は、ないってことなんですか?」


チャックが力なく呟いた。


「いや。

 その為の儀式の準備を重ね、この日を選んだ。


 ワルプルギスの夜は、生死の壁を乗り越える夜。

 魔女の夜、復活祭の日だ。」


隻腕の青年は、そういって火を焚き始めた。

夕暮れに空を焦がし、焚火が燃え上がる。


「かつて死が世界になかった神話の時代。

 人々の悪事によって”罪”という概念が作り出された。


 始祖たるアルスは、罪人に天罰を与えた。

 ───罪が死を作った。

 それ以上の罪を生み出さないように。


 テディの死は、彼女の命を奪った者の命によって贖われる。

 つまりこの場合、あの恐竜だ。」


並んで立つチャックと隻腕の青年は、顔を横に向けて互いの目を見る。


「どうする?

 一度死んだ人間を生き返らせて。

 あんたは、それを受け入れられるか?」


と隻腕の青年が訊ねる。

チャックは、脂汗を浮かべ、固唾を飲む。

彼の決心が着かないまま、時間が過ぎる。


「正直、俺もこの術を使ったことがない。

 生き返った人間がどうなるのか…。」


「おいっ。

 そんなチャックさんを怖がらせるようなことを!」


異邦人が横から口を挟んだ。


「やって欲しい!!」


チャックがすがるようにいった。


「もしそれで彼女が苦しむなら俺も地獄に落ちる!

 頼む、やってくれ!!」


「………神々は怒り、王の頭をますます重くする。」


隻腕の青年は、”死者の掟”の詩を唱え始めた。

不気味な風が吹き、木立ちの陰から話し声や視線を感じる。


「死を踏み越える死をもって死者は、地獄の壁を飛び越える。

 果てない宇宙の回帰に介在する原型は、他では持ち合わせたことのない意味を孕む。

 イジルのまじない、宇宙の鍵を握る者よ、過ぎ去った時間を逆巻きに!


 金色の光る筋を掴み、銀の霧に鎖された谷底を歩け。

 飛び違う混沌の間を過ぎ、原始の野に立って、時の黎明の彼方にて!

 訴えが虚しい物になれば、汝は勝利の門を潜り、帰還を恋人が待つであろう!!」




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