第14話「情報」
一方、ウェレスターのチャックたちは、着実に情報を集めていた。
「”瑠璃色の研究”という本です。
表紙にダイヤモンドがある。」
「……知らないねえ。」
チャックは、中年女に聞き込みをしている。
こういう地味な調査が嫌いなテディは、眠そうな顔をしている。
「だる。」
それでも180cmを超える大柄な女傭兵は、街の人々を驚かせる。
きっと大異教徒軍を目にしたヴィネア兵と同じ反応だ。
「持ち主は、さる大富豪でして…。
例の恐竜騒ぎでヤーネンドンから持ち出されたんです。
もし近所や知り合いで心当たりがあれば……。」
「やだよォ。
友達の家に忍び込んで探せって言うのかい!?」
中年女は、歯を剥いて不快そうに怒鳴った。
「それなりの謝礼金は、お出し出来ます。
きっと貴方の想像する以上の金額を。
……もし見つけたら1千エキュお支払いしましょう。」
一般的な労働者の1ヶ月分の給料に相当した。
小遣い稼ぎとしては、魅力的だ。
「信用できないねッ。」
捨て台詞を残して中年女は、背を向けて立ち去った。
しかし彼女は、必ずこの後、あちこちで嗅ぎまわるだろう。
チャックは、そういう人間に声をかけていた。
あるいは、そういう暗示を魔法でかけているのだ。
もちろん暗示にかかり易い人間を選んでいる。
暗示で働かせても良心の呵責に苦しむ人間は、抵抗するものだ。
「相変わらずの手口だね。
本当に効果あるの?」
「あるよ。」
疑うテディにチャックは、早く短く答えた。
その効果のほどについて彼女には、隠している。
どうしようもない事柄を知られないことは、共同生活で重要だ。
「探偵。」
例の刑事だ。
チャックは、愛想よく手を振る。
「刑事さん。
何か耳寄りな情報ですか?」
「……随分と金をばら撒いてるな。
人探しにしては、派手過ぎないか?」
刑事は、そういって腕を組む。
チャックは、彼の抗議の意思を感じた。
蒸気自動車では、彼の部下が待機している。
テディは、車内の若い警官を睨み付けていた。
「ああ、そっちですか。」
チャックは、刑事に素っ気なく返事する。
要するに地元の探偵に不評なのだ。
彼らの仕事をするべき協力者が今、チャックの仕事を受けてしまった。
それは、掟に反しているという事だろう。
「僕もこのままここで仕事をするつもりはありません。
目的を達成したらヤーネンドンに帰るつもりです。」
「俺もそう説明したさ。」
刑事は今、火をつけたタバコを投げ捨てた。
苛立ちながら彼は、話しを続ける。
「だが例の恐竜騒ぎだ。
あんた、ヤーネンドンに帰れると思うか?
ここで商売を続けないと約束できるか?」
「お願い出来ますか?」
チャックは、そう言って刑事に一歩、近づく。
「彼らと揉めたくはない。
貴方がこの街の親分を気取ってるなら。
そいつは、貴方が取り仕切るべき事柄だ。
相手の言い成りになって使い走りみたいに僕のところに来るなんて。
失望させてくれるじゃないですか……。」
そう言い切ったチャックの声、表情は、刑事を震え上がらせた。
それこそすぐに尻尾を巻いて逃げ出すぐらいには。
「わ、分かった。
しかしそっちも約束を守って貰うからなッ。」
刑事は、車に飛び込むと部下に発車させる。
そして脱兎のように煙る街に消えていった。
「ばーか。」
テディがそういって笑う。
「内地でぬくぬくしてるような五月蠅が。
私らに楯突くんじゃねえよ。」
「今のは、魔法じゃない。」
チャックが笑ってそう言う。
テディも笑った。
こんな調子で調査に関する仕事は、進んでいる。
本を見たという証言もしばしば届くようになった。
そんな、ある日。
「貴方がヤーネンドンから来た探偵さんですか?」
二人が泊まるホテルに来訪者があった。
しかし彼は、本に関する情報を持って来た訳ではなかった。
「実は、私の妻に関して相談したいのです。」
「ちょっと待ってください。
……僕は、大きな蛇に関する情報を提供したいと聞きました。」
チャックは、丁寧ながら男を非難した。
その声は、はっきりと拒絶を相手に突き付けている。
「確かに僕は、探偵です。
しかしこの街での仕事を受けることはできない。」
「知っています。
”瑠璃色の研究”という本は、ウチにあるんです。
妻が持っている。」
それも誰から聞いたのか。
だが男の話をもう少し聞くべきだとチャックは、判断した。
面倒ごとは、この際、引き受けるしかない。
「妻が居ない間は、蛇が守っている。
妻が本を見ながら呪文のようなものを唱えているのを聞いたんです。」
「蛇を見ましたか?」
チャックが訝しげに質問する。
もし直接、ゴルゴボアを見ていたら一環の終わりのハズだ。
「いえ。
ウチの犬が絞め殺されていました。
獣医は、何か大きな生き物に絞め殺されたと話してくれました。
信じられないほど、大きな蛇じゃないかと。
だからピンと来たんです。
大きな蛇や”瑠璃色の研究”という古書を探している探偵の噂を。」
早速、二人は、彼の家に向かうことに決めた。
だがその前にチャックは、男に二、三告げておくことがあった。
「もし奥さんに何かあった場合、覚悟しておいてください。」
「……妻に危険が及ぶのでしょうか?」
男は、声を搾り出すようにオウム返しに訊ねて来た。
テディは、当たり前だろという顔をしている。
だがチャックは、丁寧に応対する。
「信じて貰えないでしょうが。
その本には、蛇の守り番が着いているのです。
これまでに何人もの人が殺されています。」
「あああ……!!」
男は、頭を抱えて戦慄く。
おおよその話を誰かから吹き込まれているらしい。
もちろん、そうでもなければ信じないだろう。
信じなければチャックのところにも来ないハズだ。
「僕の目的は、本です。
ひょっとしたら奥さんも本の所有権を主張するかも知れない。」
「つ、妻には、本を諦めさせますッ!!
お金も要らない!!!」
男は、慟哭に近い語勢で叫んだ。
どうもとんでもない大物に雇われた探偵。
そんな風に噂は、誇張されているらしい。
「しかし貴方の奥さんに何があったんですか?」
チャックは、肝心な部分に質問する。
もっとも最初に訊ねるべき部分だ。
しかしこの会話そのものに意味があった。
既に暗示がかけられる魔力を込めた言葉が混ぜられている。
動揺した人間には、特に優れた効果が発揮される。
「お、俺……私以外に……恋人が…出来たと。
それも………大勢の男たちが自分に言い寄って来るって……。」
それだけ話して男は、噎び泣き始めてしまった。