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第13話「会苦」




四人がそれぞれ”死者の掟”を探し始めて3ヶ月が経った。

同時に例の恐竜騒ぎも3ヶ月続いている。


軍は、あらゆる方法で恐竜を撃退しようとする。

毒ガス、空爆、戦艦からの艦砲射撃、なんでもやった。


「国民をなだめるのも限界じゃな。」


ソナタまで地上に呼び出され、戦列に加わった。

彼女の他にも死を忘れた過去の英雄たちが集まっている。


旧支配者の手を借りるのは、現行の政権からすればみっともない。

自分が隠居に追いやった親に子供たちが頼るようなものだ。

しかし国家という同じ屋根の下に住む以上、互いに協力するしかない。


「あれは、何か特別な呪文でもない限り無理じゃ。

 寡人わたしたちの知識では、どうにもならんの。」


「ですが国祖様。

 このままでは、国が傾きますッ!」


大勢の白髪交じりの政治家や資本家、軍人たち。

国家戦略室ウォー・ルームに集まった老人たちが騒いでいる。


ソナタは、現代風の装いに着替えていた。

きつく編み上げた髪が軋んで痛そうだ。


「仕方ないの。

 ”死者の掟”さえあれば解決の手段もあったじゃろうが。」


ソナタは、鬱陶しい髪に苦しみながらそう言った。

彼女の前で跪く男が話している。


「……例の太古の蛇の落し子。

 あの若者が持っている複製写本の一つ”瑠璃色の研究”。

 あれが最後の希望なのでしょうな。」


「そうじゃの。」


とは、いえ。

あの蛇の落とし子の手に本が戻ることも問題じゃ。


ソナタは、そう考えてもいた。

これほど強力な力がヴィネア帝国の外に管理されている。

君主として見過ごすことはできない案件でもあった。


「………しかし今は、彼奴あやつの手に本が渡ることも看過せざるを得んな。」






リュエルプール。


前の宿を追い出された隻腕の青年と異邦人。

今は、新しい拠点を探していた。


しかし相変わらず世間は、冷たい。

片腕の得体の知れない若者と外国人というのは、どこでも受け入れて貰えない。


「小切手で良いか?」


隻腕の青年がそういうと受付の若い男は、渋面を作る。


「……あんたらみたいな奴の小切手なんか貰ってもね。」


そういって二人を疑わしい目で見つめる。

隻腕の青年は、苛立ちながら小切手を引っ込めた。


「ここは、俺たちをお呼びじゃないみたいだなっ。」


それだけ言ってホテルを飛び出す。

この調子である。


なんとか話が決まりかけても、どこかで相手が嫌がる素振りを見せる。

客室に通されてから数時間が経ってホテルの偉いさんがやってくる。


「やっぱり出て行ってくれ。」


なんてこともあった。


お陰で二人は、かなりリュエルプールの街を歩き回らされた。


帝国第2の都市、帝国最大の港町。

新世界と旧大陸の玄関口。


帝都ヤーネンドンに並ぶ大都市であり新ゴシック建築の巨大なビルが並ぶ。

その景観は、町全体が巨大な大聖堂か宮殿のようだった。


”リュエル川河口の水溜まり(プール)”という意味が名前の由来の小さな漁師町。

リュエルプールは、赤珊瑚海に面した港町として発展した大都市である。

26世紀までは、人口5百人に満たない小さな街だった。


それが28世紀、帝国が植民地を広げると重要な戦略拠点として成長する。

特に新大陸との航路の中心となり大ヴィン島各地と鉄道網で結び付けられた。


そして31世紀、現在。

都市の成長は、鈍化しつつあった。


「なんだか、不穏な空気がありますね。」


異邦人もそう感想を漏らした。

隻腕の青年は、肩をすくめる。


「そうか?

 ヤーネンドンと変わらないだろ。

 欲求不満のビルに、この汚れた空気…。」


近代建築家アドルフ・ロースは、建築に限らず装飾を罪悪と論じた。

彼は、装飾がエロティック=人間の性的欲求の表れと吐き捨ている。


ゴテゴテと飾りを着けるのは、古代人のやることだ。

欲求のままにシンボルを加えるのは、幼児がする事である。

中世の騎士のように飾り立てるのは、過去のものである。


人間は、進歩しなければならない。

芸術も洗練され、シンプルにならなければならない。

そう主張していた。


まさにこの時代のヴィネア帝国は、復古芸術の最盛期。

つまり中世に逆行しつつあった。


「欲求不満?」


異邦人には、その意味が理解出来なかった。

ただそれについて隻腕の青年は、語らなかった。


「ああ、俺の話は良いよ。

 不穏な空気って言うのは、なんだ?」


「感じませんか?

 このキナ臭い雰囲気を。」


異邦人は、そういって街を見渡した。


「ここの空気は、淀んでいます。

 ああ、空気って言うのは、本物の空気のことではなくて…。」


「………まあ、確かに。

 ヤーネンドンと違って島外人が多いな。」


新大陸との航路の中心地であるリュエルプールは、雑多な人種の坩堝である。

彼らは、出身地別に集団を作り、お互いを敵視している。

それを異邦人は、不穏と感じたのだろう。


「それは、日ノ元では、島外人が珍しいからだろ。

 黄金大陸じゃ、こんなのはどこでも一緒だぜ。

 新大陸や南洋の植民地を見たら、もっと不穏だぜ?」


「それは、何と無く分かるけど……。」


そう答えた異邦人は、まだ何か引っかかるらしい。

隻腕の青年は、低く笑った。


「くくくっ…。

 気にし過ぎだって。」


街を歩く二人は、廃屋の傍で遊ぶ子供たちを見た。

あの齢で働かされている子供も珍しくはない。

しかしそんな児童労働者も子供らしい遊びの時間ぐらいはあるのだろう。


「やれ!」

「いけ!」

「殺せー!!」


どうやら二組に別れて合戦ゴッコをしているらしい。

石投げ合戦やチャンバラごっこ、喧嘩じみた遊び。

現代では、考えられないような乱暴な遊びがあった時代だ。


「止せ、矢が勿体ない!

 攻撃をやめるんだー!!」


指揮官に扮した子供が大声で喚いた。

矢と言っても実際に投げ合っているのは、小石のようだ。


指揮官の命令に従い小石を投げていた子供たちが手を止める。

その時、彼らは、すでに何かを期待するような笑みを浮かべていた。

きっと邪悪なお楽しみを。


「ヴィコードランド人を出せッ!!」


そう指揮官役の子供が叫ぶ。

すると赤毛の子供が3人、敵前に押し出される。

彼らは、仲間の子供たちに無理矢理、3人だけで戦わされた。


敵軍の攻撃は、この赤毛の3人に集中した。

容赦ない攻撃が彼らを襲い、悦びの声が通りに溢れる。

皆、笑いながら3人を木の棒で叩いていた。


遂には、味方のハズの子供たちまで攻撃に参加する。

この出来事を隻腕の青年と異邦人は、道路の反対から見ていた。


「………止めないのか?」


隻腕の青年が異邦人に言った。


「侍は、義を見てせざるは勇無きなりじゃなかったのか?」


青年の言葉に異邦人は、相槌を打つ。

だが溜め息一つ漏らして彼は、冷然と答えた。


「あの子供たちは、救われる資格がない。

 私も、あの子供たちを救う資格はない。」


嫌なものを見る目で異邦人は、そっぽを向く。


「あの子たちは、自分で反抗する気概がなく、私はこの国の客人だ。

 君は、独立独歩の人だが、あの子らは違う。

 あの子らを扶養し、救うべきは、他にいる。」


「確かにそうだ。

 責めるべきは、あの子供たちの親だろうな。」


隻腕の青年もそういって頷いた。

しかし彼は、そう言いながらも子供たちの方に向かっていく。


「───だが。

 我が父セタハストゥールにかけて。

 人は、情動に従って生きるべきだ。」


そういって隻腕の青年は、左袖でリンチに加わる子供たちを凪ぎ払った。

黒髪のヴィネア人の子供は、カエルのように目を剥いて驚いている。

ジャケットの袖が10m伸び、鞭のように自分たちに襲い掛かったのだから。


「それは、さっきの建築論と矛盾しないか?」


異邦人も両手で二人の子供の腕を掴んで乱暴を止めている。


「それはともかく助勢しよう。

 君を手伝うために私は、着いて来てるんだからね。」


大の大人が子供を力で制裁するのは、間違っているかも知れない。

だが他に方法があったという人間が、何をして来ただろう?


善悪は常に主観的な問題である。

知恵であれ暴力であれ、準備した能力を社会に還元せずに何が大人か。


「今日は、もう帰りな。」


隻腕の青年は、赤毛の子供たちを逃がしてやった。

ヴィネア人の子供たちは、勝手に逃げ出している。


「……あまり気分のいい話じゃないな。」


こんなことしても何も分からないだろう。

それは、二人とも同意している。


「だがセタハストゥールにかけて人間は、情動に従うべき。

 そうなんだろ?」


異邦人は、隻腕の青年の後ろ腰を軽く叩いてそう言った。




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