第12話「接触」
リュエルプールの安宿に隻腕の青年たちは、転がり込んだ。
怪しい二人組と気味悪がられもしたが何とか泊めて貰っている。
「ウェレスターに本が?」
隻腕の青年が電話でチャックと連絡を取っている。
しかし二人とも相手の連絡先など知るはずがない。
おまけに受話器のフックスイッチを指で抑えている。
「ええ。
遠見の玉を使いまして。」
「遠見の玉?
あまり正確ではないと思うが…。」
隻腕の青年が訝しむように顔をしかめた。
だがチャックは、あっけらかんとしている。
「ははは、確かに。
いまどき使う手段じゃないですよね。」
「いや、しかし探偵さんの考えてることも分かる。
可能性があるならどんな方法でも試さないと。」
「じゃあ、お互いに頑張りましょう。」
チャックは、そう言って電話を切ろうとしたが何かを思い出した。
「ところで…貴方が本を自分で見つけたら。
私への依頼は、取り消し……なんてことは、ないですよね?
ははははッ…。」
とかなり苦しい作り笑いをした。
しかし隻腕の青年も悪い返事はしなかった。
「もちろん探偵さんには、報酬を支払いますよ。
本を俺が自分で取り戻してもね。」
その言葉を発する一瞬。
最後のほんの一瞬だけ、何か残忍な光が目に灯った。
「じゃあ、また会いましょう。
その時は、本が戻っていれば。」
「ええ。
その時を楽しみにしています。」
チャックも電話を切った。
もっとも二人とも電話は、最初から切れているのだけれど。
しかしそう簡単にはいかなかった。
”死者の掟”が盗まれてから1ヶ月が経つ。
チャックも隻腕の青年も行方を特定して以来、新しい情報がない。
「またアイスクリームか?」
隻腕の青年が呆れたようにいった。
眉を吊り上げた彼の前で異邦人がアイスクリームを食べている。
「いいじゃないか。
私は、このアイスクリンが気に入ってしまった。
ヴィネア人の食い物は、どれも不味いがアイスクリンは、美味い。」
そういって異邦人は、アイスクリームを食べる。
だが今日だけで3杯ぐらい買って食べていた。
「それ、今日は何杯目だい?」
隻腕の青年が訊ねる。
しかし異邦人は、はぐらかして答えない。
「君は、私の母親じゃないんだ。
構わないでくれ。」
「確かに君の身体、君の金だ。
だがアイスクリームばかり何杯も食うか?
よく飽きないね?」
「飽きないね。
毎日でも食べたいよ。
アイスクリンを作る機械を買っても良い。」
そういってすっかり食べ終わった。
「君は、精進というものがないな。」
空になったアイスクリームの容器を睨んで隻腕の青年がウンザリした顔で言った。
異邦人もウンザリした表情で答える。
「ああ、もう、止してくれ。
我慢しても身体に良くないさ。」
「君は、莫迦だ。」
隻腕の青年が口を尖らせて言った。
異邦人は、平然と答える。
「私は、莫迦だ。」
そんなやり取りをしていると急に異邦人が隻腕の青年に襲い掛かる。
一瞬の隙を突き、虎のようにテーブルを飛び越えた。
両腕で相手を床に叩き伏せる。
「危ない!!」
異邦人がいった。
次に瞬間、フードを目深に被った集団が部屋に闖入する。
修行僧のようなボロボロの僧衣を被った7人組だ。
幅広の袖から長い棒のような物を突き出し、扉や壁を破壊する。
しかし素早く棒は、袖の中に引っ込むと見えなくなった。
「”瑠璃色の研究”が狙いか?」
隻腕の青年が迎撃の体勢を取って修行僧たちにいう。
7人の修行僧たちは、部屋に広がって逃げ道を塞ぐ。
やがて一人の女が口を開いた。
「ふはははは…ッ。
本のことなどどうでもいい。
長年、ウロチョロと面倒だったお前を始末すればな。」
それを合図に修行僧たちの攻撃が再開される。
7人の僧衣の広い袖から棒が稲妻の早さで伸びる、奔る。
「監視者共。
まだ這い回っていたのか?」
隻腕の青年は、その攻撃を難なく躱す。
どうやら初対面の相手という訳ではなさそうだ。
青年の腕がない方の左袖が修行僧たちの伸ばした棒の一本に絡みついている。
その正体は、腕だ。
隻腕の青年が監視者と呼んだ僧衣の集団。
彼らが操っていた棒の正体は、目にも止まらぬ迅さで伸縮する彼ら自身の腕だった。
「うぐッ。」
右腕の自由を奪われた監視者が腕を引っ込めようとする。
だがそうしている間にも隻腕の青年の左袖は、彼の腕を締め上げていた。
それは、おおよそ信じ難い圧力で締め上げており、骨が軋み始めてさえいた。
「あ、あああ…ッ!!
我が姉妹・サモミナ、お助けを…!!」
腕を取られた監視者は、女の監視者に助けを求めた。
察するに彼女がこの集団のリーダーらしい。
だが願いは、聞き入れられなかった。
「ぴゃああああーッ!!」
突如、監視者の身体が緑の炎に包まれる。
隻腕の青年は、素早く左袖を戻した。
この間に異邦人は、他の5人を畳んで伸した。
「例の恐竜騒ぎは、お前らの仕業か?」
隻腕の青年は、残った女に訊く。
もちろん女は、返事をする代わりに両腕を伸ばして二人を攻撃した。
「止せッ!!!」
耳が千切れるかと思うばかりの大声で隻腕の青年は、異邦人に言った。
大声に驚いて異邦人は、掴むつもりだった女の腕を見逃した。
すれ違いざまに理由が分かった。
今、伸びて来たのは、腕ではない。
今度の攻撃は、毒蛇だった。
女の僧衣から何本も蛇が顔を出し、二人を攻撃する。
しかしこんな虚仮脅しは、どうということはなかった。
隻腕の青年の左袖が翻り、女の腰に巻きついて万力のように締め上げる。
くぐもった肉の拉げる音がして女の顔が蒼白になる。
それと同時に異邦人も蛇の頭を潜り抜け、女との距離を詰める。
ここで必殺の背負い投げを、と思った所で女は事切れた。
「………がッ。」
「その袖、武器なんだね。」
振り返って異邦人がいった。
隻腕の青年も左袖を戻しながら答える。
「左腕は、まだ着いてるのさ。
ちょっと普通の人間と違う形ってだけでね。」
そう答えた彼の傍で左袖は、力なく揺れている。
さっきまでの恐るべき破壊力は、嘘のように感じられない。
「それにしても、死体は、どうしよう?」
異邦人がそう言って死体だらけの部屋を見渡す。
隻腕の青年は、少し困惑していた。
「お前、兵隊なのか?
死体を見ても全然、驚かないな。」
表面上、隻腕の青年も動揺していないが心は、乱れていた。
人知れぬ、隠された闇の世界を生きて来たが、殺しに馴れている訳じゃない。
自分と比べて、この日ノ元から来た野蛮人の落ち着きは異様に見えた。
まるで枕でも跨ぐように死体の間を歩き、
「ああ、御一新で。
死体は、子供の頃に見たからね。」
と異邦人は、答えた。
「修復?
何の話だ?」
「天子様に政権をお返ししたのさ。
……新聞とか、読んでないの?」
「悪い。
俺が話を聞いておいて悪いが逃げるぞ。」
隻腕の青年は、そう言って異邦人を急かした。
「さっきの炎が消えてない。
そいつは、魔法の炎だ。
証拠隠滅ってやつだ。」
「うわあっ。」
隻腕の青年に教えられて異邦人も目を丸くして驚いた。
鬼火が監視者の死体から広がり、部屋の壁を舐めるように燃え広がる。
いずれ宿全体にも火が回ってしまうだろう。
宿の主人に悪いが二人は、そのまま逃げ出した。
「さっきの連中…。」
逃げるのをやめた異邦人が息を切らしながら話し始める。
「…何か知ってるの?」
当然の質問だ。
隻腕の青年も持って回ったような口振りで答える。
「ああ…。
PalaeoPython Sears太古の蛇の監視者たちだ。
Serpent Sears蛇の監視者たちということもある。
俺のことを追ってる。」
「確かに狙いは、本じゃなく君だと言ってた。」
二人は、十分に宿から離れた所で立ち止まった。
急いだ所で行く先などない。
「なあ、いい加減、お前は、日ノ元に帰ったらどうだ?
例の恐竜もあるが、これ以上、危険に付き合う必要はないぜ。」
ハッキリいって隻腕の青年は、この東夷を怪しんでいる。
どう考えても自分に付き合う必要があるとは、思えなかった。
これが日ノ元では、普通なのか知らないが…。
「おいおい。
ここまで付き合って来たのに肝心の”死者の掟”を拝んでないぜ?」
異邦人は、そう言って笑う。
それでも隻腕の青年は心底、うんざりしていた。
「………ハッキリいって、もし死んでも。
死ぬようなことがあっても俺を恨まないでくれよ?」
そう青年が念押ししても異邦人は、笑っていた。
「脅さないでくれ、はははッ。」
こいつ、本当に本を狙ってるのかも知れないな。
と隻腕の青年は、考え始めていた。
「しかしあんな連中が出てくるとなると。
君が”尸条”を持ってるというのは、本当に本当みたいだ。
すごいな、物語の主人公になったみたいだよ!」
そう言う黄色い肌の異邦人は、心から面白がっているように見えた。