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第11話「竜火」




ボリチェスター州、セバン渓谷。


例の恐竜に対し、陸軍は、戦車を投入することを決定した。

新しい発明であるこの兵器の試験を兼ねた攻撃命令である。


「これが水槽タンクか?」


凛々しい騎兵将校が皮肉交じりにいった。

彼は、馬上から新兵器の列を観察している。


大きな鋼鉄の箱に履帯という帯状の鉄板が並んでいる。

不整地走行を可能にするための工夫だという話だ。


「あんな小さな車輪で動くのだろうね、ジョフリー?」


騎兵将校は、履帯の中の径の小さな車輪を笑った。

部下も肩をすくめる。


「砲兵が騎兵の真似をして戦場を駆け巡るらしいですな、大佐。」


「おお、随分と勇ましいことだ。

 あのように鉄の箱で守られていれば、大きな口も叩けるな、ジョフリー。」


二人は、クククっと笑った。

二人が乗っている馬さえも戦車を嘲笑っているように見えた。


「覚悟は良いかね、ジョフリー?」


大佐と呼ばれた壮年の男は、若い部下にそういった。

これから彼らは、例の恐竜を誘き出すために向かう。

この戦車隊の前に敵を引きずり出すのだ。


「30を越えても生きているような臆病な大佐に覚悟のほどを問われる自分ではありません。

 自分は、常に命を紙切れのように捨てる覚悟です。」


若い部下は、そういって胸を張る。

大佐は、嬉しそうに微笑んだ。


「その通りだ、ジョフリー。

 余も今日まで恥を晒して生きておったが今日こそ、見事に散ってみせよう。

 相手が蜥蜴では、物足りぬかもしれぬがな。」


戦車が登場しても騎兵は、戦場に長らくあり続けた。

パットンもチャーチルも騎兵だった。

彼らは、アレクサンドロスのように総じて命知らずで向こう見ずだった。


常に変わらず(センパー・エアデム)!!」

「常に変わらず!!」

「常に変わらず!!」


渓谷に突撃前の号令が響く。

それと同時に一斉に騎兵たちがサーベルを抜く。


こんなものが恐竜に効くはずもないのだが彼らは、常に変わらず。

それがモットーだった。


今日は、”殉教王”ハミルロッドが”無骨”ギルヴァーに喫した惨敗の再現だった。

巨大な敵を前に騎兵たちは、次々に尻尾でねられ、食い千切られる。

せめて一太刀と騎兵の斬撃が途切れることはなかった。


「……騎兵隊は、役割を全うした。」


戦車隊は、目の前に現れた恐竜を確認して固唾を飲む。


「天主よ、国王を守り給えかし!!」


戦車砲がゆっくりと恐竜を狙う。

まだ回転砲塔がなく、戦車そのものが動いて砲の向きを変える。


歩兵や砲兵、指揮官たち。

作戦に参加した一同が戦車隊を見守っている。


「状況はッ?

 状況は、どうなっているッ?」


国家戦略室(ウォー・ルーム)からの電信スピーカーだけが喧しく騒いでいた。

老人の声は、なおも応答を求めている。


「恐竜は、どうしたッ!?

 ちゃんと戦車隊の前まで誘導できたのかッ!?」


「首相。

 すべて作戦通りです。」


脂汗を浮かべたかなり肥満体の将軍が答える。

彼も祈るように戦車隊を見守っていた。


「………ひッ!」


だが祈りは、虚しく届かなかった。


戦車隊は、炎に包まれ、残った戦車は、次々に戦場から離脱を計った。

他の兵士たちも金切り声を上げて走り出している。


「待て、逃げるなッ!

 撃て、撃て、撃て!!」


踏み止まって反撃を試みる者もいた。

重機関銃や迫撃砲、野戦砲など、各指揮官の判断で戦闘が続けられる。


「ぎゃあああッ!!」


しかし戦車隊と同じように砲兵たちも突如、火に包まれた。

しかも砲弾の装薬に引火し、被害はより大きくなる。


「な、なんだ…。」


肥満体の将軍が目を大きく見開いて唸るようにいった。

彼の目の前で全部隊が壊滅していく。


「ブラウン少将、攻撃は失敗したのか?

 何が起こった?」


スピーカーから響く声が戦況報告を求めている。

国家戦略室は、大騒ぎなのだろう。

金切り声がマイクの後から聞こえる。


喘ぐように将軍は、答えた。


「分りません!!

 戦車隊が……味方が火に包まれて……!!」


「火だと?」


「そ、そうですッ!!

 首相、私は、悪夢でも見ているのでしょうか!?

 こ、これは、現実の出来事なのでしょうか!?」


将軍は、マイクを掴むとそのまま物陰に退避した。

作戦指揮所に詰めている他の参謀たちも身を守りながら任務を続けていた。


「………発火術パイロマンシー?」


スピーカーから首相の声がかすかに聞こえる。

その声は、マイクからやや遠い。


「………そんな………。

 恐竜が………というのか?」


「………は、太古の魔術………。

 我々の………が………通じないということです。」


「………なら………だろう!

 ………に………しな………いかんッ!!」


どうやら国家戦略室に集まっている専門家や将軍たちと話しているようだ。


「しゅ、首相!!

 …ホレス元帥、ここを放棄する許可を願いますッ!!」


胸を大きく波打たせ、貪るように空気を吸い込むブラウン少将が喚いた。


「ここの指揮能力は、もはやありませんッ!!

 きょ、許可を!!」


すぐに老軍人の元気な声がスピーカーから返って来た。


「まだ動くな。

 すぐにトレイドルを送る。」


「はあッ…は……!

 わ、分りました……!!」


肥満体の将軍は、必死にマイクを掴んで叫んだ。

もう融ける寸前の蝋燭みたいに汗だくだ。


スピーカーから老軍人の声が響いた。

それは、現場の全員を鼓舞するものだったろう。


「撤退を支援する。

 それまでは、貴様はそこにおれ。」


老軍人は、現場の士気を切らすまいと励まし続けた。

励ます一方で国家戦略室では、別の議題を進めなければならない。

次の攻撃に着いてだ。


「………できるだけ次は、恐竜から離れた場所から攻撃させろ。」




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