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第10話「ウェレスター」




地上での惨状も地下世界では、関係ない。


隻腕の青年と異邦人は、もう10日間、洞窟を進んでいた。

だが行けども行けどもここが地底とは、信じられない異世界が広がっている。


黄金と宝石をふんだんに使った宮殿。

美しい女たち、逞しい男たち。


女は、しばしば持ち主の趣味で異形と化していた。

でっぷりと風船のように肥った女も居れば、乳房を12対持つ少女もいた。


男は、支配者たちのために剣闘士として命懸けの試合を組まれていた。

敵は、同じ人間ばかりではなく猛獣や怪物が出されることもあった。


二人は、その悪趣味に顔を背けずに居られなかった。


「ソナタ1世の宮殿は、これに比べればまともだったな。」


異邦人は、青い顔で吐き気を堪えるようにいった。

隻腕の青年も悪夢のような景色に背を向けている。


今、試合に勝ち残った戦士が観客たちの前で自殺を強要されていた。

勝敗に関係なく流血が観客の望みである。


「ひゃああああ!!」


男は、必死に頭を岩に叩き付けている。

興奮した観客は、腕を振り回し、口から泡を吹いていた。


ここは、大ヴィネア帝国の真の支配者たちの住まい。

魔法や野蛮な興行、あらゆる悪徳が自由にできる。

地上の出来事は、ここには関係ない。


「あんたが名も無き者(ハビ)か?」


奥から現れたのは、ウェレスター公クロード。

彼は、まるで古代のパロのような恰好をしていた。


「あんたに用事がある訳じゃない。

 ソナタ1世に許可は得ている。

 この区画を素通りさせて貰えば結構。」


隻腕の青年は、公爵に端的に要求を伝えた。

中年のコスプレ貴族は、勿体ぶったように寝椅子に深く座る。

そして小馬鹿にしたように答えた。


「素通りね。

 しかし何処まで行くつもりだ?」


仮にも貴族の超違法プライベート空間を通過するのだ。

そんな気軽に言われれば誰でも頭にカチンと来る。


「地上の恐竜を追っている。」


”死者の掟”を探しながら。

───という点は、伏せておいた。


「なら方向が違うではないか。

 あれは、いま、東海岸に向かっているんだぞ?」


「あんたには、関係ない。」


隻腕の青年は、つっけんどんにそういった。

公爵もその点に興味はない。


「ふんッ。

 ここを通っても良い。」


そういって公爵は、応接室から出て行った。

残された二人も急いで宮殿を後にする。


「本当に何処に行くの?

 アテはあるの?」


宮殿から出た所で異邦人が隻腕の青年にそう訊ねた。


二人は、ソナタ1世の住まいを出、幾つかの貴族の地下宮殿を通過した。

相変わらず隻腕の青年は、躊躇ためらうことなく進み続けている。

しかし手掛かりは、何もないはずだった。


「リュエルプール。」


「リュエルプール?」


大ヴィン島の南北ほぼ中央、西海岸にある。

帝都ヤーネンドンに並ぶ島内第2位の大都市だ。


「感じるんだ。

 誰かが太古の神を呼び出した。」


「つまり”尸条”…”死者の掟”を誰かが手に入れたってことじゃないか?

 それ、大変じゃないか!!」


異邦人は、目玉が飛び出すほど大慌てする。

しかし隻腕の青年は、冷静だ。


「安心しろ。

 本当に大変なら恐竜より、こっちが騒動になる。」






その頃、チャックとテディは、ウェレスターにいた。

ちょうど隻腕の青年たちの真上である。


ウェレスター州は、ハルヴォランド帝国の入植前から存在していた。

この地域には、石器時代から定住が始まっていたと考えられている。

おそらく大ヴィン島でもっとも古い都市国家が栄えていた。


2788年から、およそ10年間。

内戦が勃発した時、ウェレスターは、議会派の本拠地だった。


しかし2791年5月30日、国王軍の猛攻撃を受け、陥落する。

1万の国王軍に対し、反乱軍は2千ないし数百名と言われる。


この時の指揮官が戦争卿セクレタリー・オブ・ウォーブラスロック伯アーサー。

内戦における彼と戦争省の活躍が、後の戦争省の強権に結びついている。


ちなみに戦争卿は、あまりにも聞こえが良くないので普通、軍務卿と訳される。


「内戦まで、ここには人間より前にこの島に定住していた種族がまだ住んでいた。

 彼らは、議会派もろとも当時の国王軍に一掃されている。」


チャックが古い石塔の前で、そう言った。

石塔には、何か絵図や文字のような物の痕跡が見て取れる。

5千年以上前の古い種族の痕跡だ。


「まあ、この石塔を崩したのは、私のご先祖様だろうけどなッ。」


テディは、そう言っていじっていた三つ編みを背中の方に投げた。


「遠見の玉は、この街を俺に見せた。」


チャックは、そう言いながら街の景色を見渡す。


工業化が進み、鉄道網の中心地として発展。

この街を中心に鉄道は、ヤーネンドン、リュエルプール、ガラスターなどの大都市を結んでいる。


「……この土地を汚す事を咎める古い神々はいないからな。」


チャックは、そういうと寒そうに肩を揺すった。


ここは、フォルトンと違い完全に人間の勢力圏となっている。

先史時代の原住民が一掃され、古い神も宇宙の闇へ追放された。


「おかげで魔法も使い易い。」


簡単な魔法ならチャックにも使える。

すべてこの旧大陸(黄金大陸)の魔女術ではなく暗黒大陸で学んだ魔術だ。


「何してるの?」


「……幻視で見た映像を解析してる。

 ”死者の掟”を拾った人間を追跡してるのさ。」


映像と言っても厳密には、視覚情報だけではない。

遠見の玉は、術者のあらゆる知覚を拡張する。

音、匂い、触覚、その場にいるかのような体験を与える事が出来た。


もちろん、それゆえに深く覗き込むほど危険も大きい。


「殺人事件がなかったかい?」


チャックは早速、地元警察に足を運ぶ。


「あんたがヤーネンドンの私立探偵か?

 ………唐突だな。」


何人かに話しかけると、話の分かる刑事が出て来た。

だいぶ鼻薬は、効かせたが相変わらずの手並みだ。

テディは、そう思いながら後で見ている。


以前、自分が色仕掛けでやってみようかと提案したことがある。

しかしチャックは、


「お前は、大熊の腕力と虎の敏捷、獅子の凶暴さを持っている。

 確かに顔も身体も魅力的で美しいが。

 たいていの男は、怖くておつむの血が()()()に集まる前に震え上がるぜ。」


といって止めさせた。


「何を追ってる?」


刑事がチャックに言った。


先方は、物分かりは良いが口は堅そうだ。

余計なことまでペラペラ話しそうではない。


この手の警官は、金が問題じゃない。

探偵をこっちが利用してやろうという魂胆なのだ。

だから主導権は、決して譲らない。


「そうだな。

 蛇に絞殺された…とか。」


それは、本を隻腕の青年から盗んだ窃盗少女セイラの死因だ。

もし”死者の掟”が誰かの手にあれば殺されている可能性がある。


本は、ヤーネンドンから脱出し、人から人の手に移動しているハズだ。

常に動き続けることで痕跡を残し易くなる。

この場合、死体を、だ。


「蛇?

 毒蛇か?」


そう話す刑事の表情をチャックは、隙なく観察している。

とぼける相手に次の言葉を切り出す。


「いや、絞め殺されるとか。

 もっと普通、あり得ない死に方だ。」


チャックに提示された情報に対し、刑事は、慎重に言葉を選ぶ素振りをする。


「………今朝、一件ある。」


散々渋って刑事は、そう答えた。


心当たりは、最初からあったに決まっている。

こんな刑事がチャールズ・クルックシャンクが奇怪事件専門だと知らないはずがない。


「グロスモントでヤーネンドンから避難して来たご婦人が。

 避難生活先の聖ニコラス教会の………宿舎でな。

 ……悪いが名前や詳しい情報は明かせない。」


「結構だ。」


そこは、自分の領分じゃない。

探しているのは、本の足取りだけだ。


「こちらも情報が欲しい。」


帰ろうとするチャックに刑事がいった。

当然、チャックの返事も型通りだ。


「ならもっと情報をくれ。」


「…同様の事件があちこちの州警察に届けられてる。

 例の恐竜が出現した日から毎日だ。

 かっちり1日、一人だ。」


刑事は、ご丁寧に地図をテーブルに投げた。

大ヴィン島の地図に赤い×印が13個。

ヤーネンドンからウェレスターまで順に移動している。


「…連続殺人鬼だと…。」


刑事がそういって手でジェスチャーをする。

チャックにも情報を出せというハンドサインだ。


「そいつは、ゴルゴボア。

 約6000万年前のディルモール辺りで生息していた蛇だ。

 全長15m、体重は2トン…。」


「………何の話だ?

 いかれてるのか。」


刑事は、目を細めて恐ろしい物を見るような目つきになる。

急に絶滅動物の話が出てくれば誰でもギョッとするだろう。


「ボア科の蛇には、毒がなく獲物を絞め殺してから捕食する習性がある。

 殺したのは、このゴルゴボアだ。」


とチャックは、刑事の反応を無視して話し続けている。

困惑した刑事が喚いた。


「…お前は………ああッ、畜生。

 病気なのか?」


「こいつは、知恵ある種族の一種だ。

 ただの馬鹿でかい蛇じゃない。

 お利口で言葉も使うし、魔法も使うんだ。」


ここまで来ると刑事は、目を白黒させている。


チャックにしてみれば刑事に情報を提供しているつもりだ。

もっとこの情報を捜査に当たっている仲間に彼は、話せないだろう。

到底、信じ難い話だ。


「信じられないだろうが、これが犯人だ。

 絶滅したはずの巨大な蛇だよ。

 専門家に当たっても呆れられるだろうがな。」


「………帰ってくれ。」


刑事は、そう言って二人を部屋から出て行くように促した。

もちろん、二人としてもこれ以上の用事はない。


「………うう。

 絶滅した蛇だといったな?

 学者に当たってみるよ。」


帰り際のチャックに刑事は、そう言った。

その顔は、恐怖で塗り潰されていた。


刑事の勘だろう。

チャックの言葉が真実だと嗅ぎ付けてしまったのだ。


こいつは、本当のことを話している。

まったく狂ってるが、本当だ。


この勘を疑ったら、彼の刑事人生は狂ってしまう。

それが彼にとって二重に受け入れ難い事実だった。


「本の護衛がそんなデカい蛇だって。

 私も初めて聞いたんだけど?」


警察署の階段を降りながらテディがチャックの背中にいった。

背中は、答える。


「馬鹿なこと考えるな。

 ティラノサウルスぐらいデカい蛇だぞ。」


「確かに人間をぐちゃぐちゃに出来そうだね…。」


テディは、セイラの死体を思い出して身震いする。


「もっと普通サイズの大蛇だと思ってた。」


「これで分かったろ?

 本の守りは、優秀トレビアンだ。」


しかし結局、これではこの街(ウェレスター)に本が辿り着いたことまでしか分からない。

これまでより範囲が搾り込めたが、まだまだここからだ。


「さあ、まだ休めないぞ。

 ここは、ヤーネンドンじゃないからな。」


「うええ…。」




翌日。

昨日の刑事が接触して来た。


「昨日一日、死者は出なかった。」


蛇に絞殺された被害者は、急に途絶えた。

それを告げた刑事は、まだ恐ろしいものを見るような目でチャックを見ている。


一方、チャックは、確信を深めた。

本は、自分を探す人間の存在を知覚した。

しかもそれがこれ以上、身を隠す相手ではないと判断した。


つまり隻腕の青年から依頼を受けた自分を警戒対象から外したのだ。

本は、自分との接触を待っている。


「ありがとう、ドゥイレ刑事。

 あんた方には、分らないだろうがこっちには、重要な情報だ。」


「……お前たちが犯人だと。

 言い出す連中が出ないうちに街を出ろ。」


といって刑事は、エッサー人であるテディを見た。


「おかしな事件が続いてる。

 今、北方人とおかしな探偵をうちの警官が捕まえたらどうなる?

 俺は、知らない。」


刑事は、そう話しながらかぶりを振った。


今も煙突掃除の子供たちがテディを珍しそうに見ながら歩いて行く。

紫の瞳の美人で猛獣のような雰囲気を出している。

どこに行っても彼女は、目立つ。


「そうだな。

 出来る限り、早く出るよ。」


チャックは、そういってポケットから金を摘まみだして刑事に渡した。


刑事は、二人に背を向け、自動車に乗り込んだ。

真っ白な蒸気と黒煙を吹きながら自動車は、煙で霞む車道に消えて行った。


「本は、この街の誰かの手にある。」


チャックは、ニヤリとしていった。

テディは、空を見上げる。


「その前に朝食が食べたい。

 気分は、チーズパンに卵のパイだ。」


アルコールは、ナシだぞ。」


チャックは、そう言って歩き出した。

テディも彼の後に続く。




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