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第1話「邂逅」




ヤーネンドン、ドックランズ地区。


ヤーネンドンは、ヴィネア帝国の首都である。


大ヴィン島のやや南部に位置し、島を東西に貫くエボン川の上にある。

つまり島をぐるっと迂回せず、この川を通って黒真珠海から赤珊瑚海に抜けることができた。


故、中世前半を通し、海路の要所として争われてきた。

その度に街は、破壊され、地下に各時代の遺跡が眠っているという。


誰が、いつ、この街を作ったのか定かではない。

この珍妙な名前の由来も諸説ある。

しかしこの大都市の地下に、確かに最初の定住者の遺跡が眠っているのだ。


このドックランズ地区は、川港として繰り返し整備された。

一時期、軍港、交易港、そして工業地域の中心地となっていたが…。


「し、死ぬ…。」


真っ黒な()を見て、男の顔が青くなった。

今、船から降りて来た渡航者だ。


世界帝国となったヴィネア帝国は、世界中の資源を独占。

産業革命によって急速に工業化したヤーネンドンの大気汚染は、致命的だった。

もはや深刻という表現に留まらず、言葉通り命の危険が伴うレベルだ。


辺りは、どこも煙突だらけ。

工場、漁船、軍艦、目に付く全てから昼夜を問わず石炭の黒煙が立ち昇っている。

そして例外なく灰色になっていた。


車道は、トラックが休むことなく行き来し、倉庫の製品と原料を入れ替えていく。

その隣を歩く背を丸めた子供たちも労働者なのだろう。

排ガスでかすんで見えない20m先へ、みんな消えていった。


これで身体に良かろうはずもない。

渡航者は、身震いした。


「こんなのが文明国だというのか。

 はーっ、気が滅入るな……。」


渡航者は、目を細めて不愉快そうにこの街を睨み、口を手で抑えた。

すると唐突に。


「おまわりさん、そいつです!」


一人の青年が叫ぶ。

ぶらぶらと力なく揺れる左袖は、彼が隻腕であることを物語っている。


青年は、青くなって項垂うなだれていた異邦人を指差していた。

警官は、そいつが東洋の半猿と知って身震いする。


「ようし、動くな!」


警官が男の腕を引っ掴む。

いきなりのことで渡航者は、目を丸くして騒ぎ出した。


「な、なんですか!?

 私が何をしたって言うんですか!!」


「大人しくしろッ!!

 汚らしい東方の犬めっ!!」


警官は、口汚く渡航者を罵った。

乱暴に腕を掴み、取り押さえようとする。


「出せ!!

 あれを出せ!!」


隻腕の青年は、男の身体を調べ始めた。

次に荷物を奪い取り、中を開いて調べようとする。


「な、何をするんです!?

 これが一等国のやることですか!!」


黄色い皮膚の異邦人は、荷物を奪い返そうとするが警官に抑えつけられた。

だが、この不当な行為に彼も堪忍袋の緒が切れる。


「じゃかァしいッ!!」


怒声と共に警官が宙を舞い、石畳の道路に倒れた。

一瞬の出来事に隻腕の青年がカエルみたいに目を飛び出させ、口を開いて驚いた。


「は?」


警官を振り払って自由になった異邦人が向きを変える。


「この腐れ毛唐がァ!

 荷を返せボケェェェッ!!」


異邦人は今度、隻腕の青年に襲い掛かる。

逆襲だ。


あっという間に隻腕の青年の一本しかない右腕を掴む。

そのまま柔術の早業で取り押さえた。


「………ッ!!」


しかし相手が隻腕となると手荒いことはできない。

異邦人は、荷物を奪い返すととりあえず矛を収めた。


「ヴィン人は、自分たち以外の異人種を蔑んでいると聞いていたが。

 まさかこんな目に会うとはな……。」


「わ、悪かった。」


隻腕の青年は、必死に怒りを解こうとする。

どうやら事情があるようだ。

なければ許さない。


「な、何が何でも取り返さなければならない物があった。

 あんたとは、同じ船から降りた。

 ……人違いだったんだ、許してくれ…。」


同じ船に異邦人がいれば目立つだろう。

それで勝手に荷物を盗んだと決めつけられたらしい。


「何を?」


若干、冷静に戻った異邦人が静かな語調で青年に訊ねる。


相手の態度があまりにも居た堪れなかったからである。

憔悴し切った顔、どんよりとした両目は、尋常ではない。

よほど盗まれた物が大切らしい。


「何を盗られた?

 その顔色から見て、本当に大事な物のようですが…。」


隻腕の青年は、目を泳がせ、何か考えていたが意を決して答える。


「………”死者の掟”。

 表紙にダイヤモンドが埋め込まれている。

 恐らく盗んだ奴が欲しがってたのは、それだ。」


青年の言葉を聞いて異邦人には、思い当たる物があったのだろう。

やや不審そうに訊き返した。


「………それは”尸条しじょう”……?

 南蛮人も尸条経典を信じてるのか?

 いや、尸条は、本当にあるというのか?」


「な、なんだそれは?」


隻腕の青年が訝しそうに異邦人の顔を見た。

驚きと恐怖が噴き出し、疲れ切って血の気が失せた彼の顔を一層、酷くした。


「いや、伝説の呪文書のことだろう?

 冥界や滅んだ太古の時代に信仰された神々についてまとめた本。

 日ノ元(ひのもと)にも伝承が残っている。」


「そうか。」


異邦人の言葉を聞いて隻腕の青年も合点がいったらしい。


「”死者の掟”には、何冊か複製写本はあるが……。

 極東の地にも伝わっていたということだろうな。」


「ははっ、いや、本当にあるのか?」


日ノ元から来たという異邦人は、冷ややかに笑った。


尸条経典というのは、言ってみれば子供のおとぎ話に出てくるような本だ。

おおみずで滅びる前の世界で信仰された異形の神々について言及。

彼らを崇拝する儀式のやり方、呪文が網羅されているという。


特に死者の掟(尸条)という名前が意味するように冥界にまつわる伝承が多い。

終末論を冷笑し、転生、タオ、なべて永劫回帰に集約する。

虚無的な神学思想を謳っている。


「笑い事じゃないぞっ。」


流石に隻腕の青年は、少し苛立った。

彼にとっては、真剣な話だ。


「分かったよ。

 伝説の代物を探す訳じゃなく泥棒に盗られたっていうのなら疑う余地はない。

 ……本物かは別にして君は、本気で尸条を盗られたようだ。」


そういって異邦人は、納得したようだ。


「これも何かの縁かも知れない。

 侍は、喧嘩や揉め事を見て見ぬふりしてはならぬもの。

 その”尸条”―――もとい”死者の掟”を取り返す手伝いをしましょう。」


「……オイ、なんだか。

 変な話になってないか?」


隻腕の青年が異邦人にいった。


「こっちが無礼なことをしたから訳を説明しただけじゃないか。

 どうして”死者の掟”を探す手伝いまで買って出るんだ?」


すると異邦人は、顎を手で揉みながら動機を話し始める。


「いやいや…。

 私は、語学留学でヤーネンドンまで来たんだ。

 どうせなら祖国で喧伝できるような実績が欲しい。


 ”死者の掟”は、狂える詩人アヴド・エル・アトバラナが書いたと聞きます。

 もし本当にあるなら、是非、見てみたい。」




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