思わぬ場所で元ダンナと遭遇→過去の記憶がぐわわーーーっとフラッシュバック。ムナクソ悪いけど、奴の薄くなった髪etcを見てちょっとだけ溜飲が下がった話。
観光地、舐めてたわー。
有名ブランドも含む数多くのショップが目白押しだからって、アウトレットモールになんて来るんじゃなかった。
この世で一番会いたくなかった人にばったり会っちゃうなんてね。
まさか話しかけられるとは思わなかったわー。
わたしったらついてないわー。
ないわー。
元ダンナに会うなんて、ないわー。
記憶の淵に沈んですっかり風化してしまった人が目の前にいるって、どうよ。
ゾンビ? うん、ゾンビに遭遇したような恐怖体験よこれ。
「十年ぶり、元気そうだな」
えぇ、おかげさまで。だってあなたと別れられたから。気分スッキリ健康そのもの。心因性の胃痛からも解放されたし肌荒れも治ったし、なんなら便秘も解消したのよ? 万々歳よ?
あぁこの顔見たら、すっかり忘れていた記憶が急激に甦った。
結婚するまではすっごく上品でやさしかったお義母さまが、手の平クルンして早く孫の顔見せろとうるさくせっつくうえに、日々の生活を重箱の隅をつつくようにヤイノヤイノと嫌みたっぷりに口出しする鬼姑にクラスチェンジ。二世帯住宅ってデリカシーの欠片もない相手だとプライバシーゼロで心の休まる暇がないよね! お義父さんはほぼ空気。
プラス、託児所まがいに姪っ子たちを連れてくるメンドクサイ義姉。
しかもその姪たちが食い尽くし系で食費はこっち持ちって、なんの罰ゲームかと不満が募りまくる日々。
それでも旦那サマが防波堤になってくれたら我慢もできただろう。
でも肝心の旦那サマは仕事だと偽って妻を放置して、その実隠れて浮気三昧。
トドメ刺したのは旦那サマのカノジョの妊娠。
目の前に記入済の離婚届を提示されたうえに、カノジョとふたりして真実の愛がーとかお腹の子が可哀想だと思わないのかーとか恨み節を言いながらわたしのサインを強要。
果てはお義母さんまで乗り込んできて謎の説教。もちろん、わたしに対しての。
もう無理ムリむりよー?
どんな縛りプレイのムリゲーやらされてるのってなるじゃない。
あー。
なんだかんだあったことを思い出しちゃったじゃない。ムナクソ悪い。
結婚してる状態でヨソの女孕ましたら、それは不倫っちゅーのよ? 日陰の関係っていうのよ?
なーにが真実の愛よ。
愛ってのはね、すり減るのよ?
ちゃんと育まないと消えちゃうものなのよ?
離婚した直後は落ちこんだわよ。自分のなにが悪かったんだろうって自問自答を繰り返したわよ。やっぱり子どもができなかったことが一番の要因かもだけど、正妻であるわたしが不倫女に負けるなんて納得がいかなかったし我慢ならなかった。
でもたった三年の結婚生活でできた円形脱毛症に気づいた母に泣かれた。
母のその涙にやっと気がついた。
わたし、散々な目にあわされてたんだって。
弁護士先生まで用意されたうえのはした金でむりやりハンコ押させられた感もあったけど、今となっては別れて正解。
そうね、十年ぶりなのね。ちょっとは懐かしいって思うって?
思わねーよ。
ところで、さっきからあなたが一方的に話しかけているって、理解してる?
わたしからはまともな返事のひとつもしていないって、解ってないでしょ。さっきからわたし“はあ”としか言ってないんだけどね。
あいかわらず人のことハイハイと言うこと聞くサンドバッグだと思ってるっぽいけど、やだわー。
あんなに揉めたのになー。
あのときの弁護士先生、こっそり言ってくれたんだよね。
自分はご主人側ですがって前置きしたうえで『これと早く縁切りしたほうがいい』って。
弁護士先生から見ても「逃げてー、超逃げてー」って思われてたんだよねぇ……。
逃げるが勝ちとか三十六計とか、正しいことわざだってことよ。
あー、やだやだ。
いつも話半分しか聞く耳持ってなかった元ダンナに比べて、わたしの耳はちゃんと音声を拾うのよー。聞きたくないけど聞こえちゃうじゃない。元ダンナが溢す一方的な戯言が。
もう元ダンナの戯言なんて聞きたくないよー!
待ち人、早く来ーいっ。トイレに流れちゃったー?
へ? 二度目の嫁と別れたの?
あんなに真実の愛がーって言ってたのに? そのせいでわたしを追い出したのに? こどもができないのはおまえのせいだーとかなんとか散々言ってたのに?
……DNA鑑定で托卵発覚? ……あらー、まー。それはそれは。
真実の愛とやらでそれくらい乗り越えればよかったのにー(棒読み)
越えられなかったのかー(棒読み)
あのとき水戸黄門の印籠のごとく振りかざしていた『真実の愛』ってのは、ずいぶん薄っぺらいものだったのね。
……は?
お義父さん、亡くなってたの?
寝耳に水。ぜんぜんまったく知らなかったわ。
……お通夜にも来ないわたしが冷たいって? いやだって、縁切りしてるから赤の他人だもん。そんなニュース初耳よ。さすがに知ってたらお焼香あげるくらいはした……かな。
いや、しなかったかも?
……ふへぇ? いま三度目の嫁との離婚協議中なの? あっちから別れたいって言われたの?
へー。
そんなタイヘンなときにアウトレットモールになんて、来てる場合じゃないんじゃない?
え? あぁ、お義姉さんからの命令で姪っ子たち連れて来てるのね。なっとくー。お義姉さんの命令には絶対服従してたもんねー。
ほー。お義母さんも連れて来てるの?
ふーん。お義母さんは車椅子生活なの? 今は姪っ子といっしょにトイレに行ってるのー。
あんたはそれを待ってるのねー。
あらやだ大変ねー(棒読み)
バリアフリーにリフォームしたのー。あらそー(棒読み)
なんでそれを元嫁に言うかなー。
知らんがな。
どうでもいい情報をどうもありがとう?
いやいや、ありがたくねーし。
そういえば……だぁいぶ髪がうすーくなったわね。胴回りも増した感が。
その顔でその頭って、なんかギャグっぽくなるんだね。知らんかったわー。
苦労してるせいで薄毛に? あんたでも苦労を感じるんだ? へー。うそくさ。
え? いまなんて言ったの?
おまえもひとりだろう? なんであの病院辞めたんだって? わたしを探したって?
一緒に親の面倒をみようって言った? おまえがいれば二馬力になるって?
お義母さんもわたしが一番いい嫁だったって言ってるって?
あ き れ た !
いやいやいや。
あんたが面倒みようって言ったの、あんたの親でしょー? あんたが面倒みなさいよ。だいじなだいじなママンでしょー?
わたしには鬼姑だったうえに、離婚した今となっては赤の他人なんだよ?
よそのおばさんの面倒みる義理なんてないよ?
わたしはわたしの親で手一杯なのよ!
「ままー!」
おっと。可愛い声でわたしを呼びながら足にぶつかって来たのは、愛おしいちいさな息子。
「あらあらユウくん、ちゃんとひとりでしーできた? パパはどこ? おにいちゃんは?」
「しーした! ぱぱうんちー!」
「ボクはここ」
すぐそばにちいさな影がもうひとつ。頼もしいおにいちゃんが。ちゃんとトイレ済ませたかな?
「あははは、それでしーしたユウくんはおにいちゃんとママのとこに来ちゃったの? パパも待ってあげてよ。パパいまごろユウくん探して泣いてるかもよ?」
愛おしい存在を抱っこする。わたしのたいせつな宝物。
「ぱぱもなくの?」
「勝手に行くなって言ったんだけどさ」
幼稚園児の次男と比べれば、小学四年生になる長男は生意気な口をきくようになったなぁ。感心するわ。
「レンくんありがとう。レンくんがいるからパパもゆっくりうんちできるんだよ」
長男の頭を撫でながら褒めると、まんざらでもないような顔でわたしを見るから可愛くて仕方ない。
そんな長男はわたしに抱っこされている次男の頭をやさしく撫でながら話しかける。
「ユウが急にいなくなったら、パパも泣いちゃうよ。たぶんね」
うんうん。弟の面倒をよくみるいい子なんだよねぇ。父親に似たのか、いい男に育ってるぞ。
「こ、ども?」
元ダンナがなんか言ってるー。
抱き上げたユウがゾンビの存在に気がついた。
「このおじさん、だれー?」
ううーん。無垢な瞳に映していい人間じゃあないんだけどなぁ。
長男は怪訝そうな顔している。
「通りすがりの知らないおじさん。いまね、道を聞かれてたの。でもママもよくわからないからごめんなさいって言ってたの」
わたしは呆然とする元ダンナを見る。いやね、そんなびっくりした目でうちの子たち見ないでよ。
そんなに信じられないのかな。わたしが子どもを生んだのが。そういえばお義母さんに言われたっけ。“石女”って。ひっどい侮辱だよねー。
抱っこして顔を近づければ否が応でも分かるよね? わたしそっくりなんだよね、次男は。
私には第一子だけどさ。
「お役に立てずにすみません。ほかの人に聞いてください。連れが来ましたのでこれで……」
よそいきの笑顔と声で軽く会釈してその場を離れる。
長男がわたしの腕をちょいちょいと突いて内緒話風に顔を近寄らせる。
「ママ! 注意しなよ! 道をきくなんて典型的なナンパの手口だよ!」
レンくん、レンくん。
声を潜めてもこの距離だとあっちには聞こえてますよ?
しかしすごいなー、小学四年生は。ほんと、言うことがしっかりしてるぅ。
やっぱあれかな。長男はシングルファーザー状態が長かったから自立してるのかな。
弟のことも、ついでに継母のことも守ろうとしてくれてるもんね。
継母にもやさしいなんて、ほんといい子だわ。もー大好き。
「ぱーぱー!」
トイレから出て慌てたようすでキョロキョロしている愛しい人に、ユウが手を振りながら声をかける。
背の高い愛しい人がわたしたちに気がつくと笑顔になった。
ふふ。笑っちゃうくらいレンくんそっくりだなぁ。
ほんと、すっごく大好き。
あの弁護士先生に紹介されて転職した職場で出会った愛しい人。
バツイチ同士でいろいろあったけど、あったからこそ今が幸せだと言える。
この十年、紆余曲折はあったけどね。
穏やかにお互いを思い合ってる生活って心が豊かになるってものよ。
大満足よ。お肌も潤うってものよね。
もうわたしは他人だから振り返ることすらしないけど、元ダンナはもしかしたら、この子たちふたりともわたしが産んだ子かって誤解してるかもしれない。
ってゆーかむしろ誤解してくれてる方がザマーミロって感じだよね。
離婚協議中だっていう三番目の奥さんにも子どもいないみたいだし?
お義母さんがわたしに言ったあの酷い侮辱のことばは、元ダンナへの特大ブーメランになったって感じかな。石男って書いてタネナシって読むみたいな。
そう思うとちょっとだけ溜飲が下がったわたしは性格悪い女だね。
そうね。元ダンナのためにお祈りくらいはしてあげようかな。
毛根、がんばれー(棒読み)
「最大の復讐は幸せになること」
※どーでもいい補足※
なんでアウトレットモールに行ったかというと、子ども服を買うため。
長男用の服をブランド品で買ってあげたい!でも安い方がいいよね、男の子だしワゴンセールでもいいよね、でもブランドだよっ! と言いながら買いに行った。
長男は「ママがいうならそれで」というスタンス。特に服にこだわりはない。
次男はアウトレットにある観覧車に大喜びだった。
んで、トイレ! と喚いた次男を連れた男性陣に対し、主人公は買った物を車へ積みに行くわと言って別行動。
集合場所をこのトイレ前ねー、としたところ、うっかり元ダンナ(こっちも母親と姪のトイレ待ち)と遭遇した次第。