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97.沙羅のお願い。

「うーん、ま、まあ、こんなもんかな」


 胡桃は今朝届いたばかりの新品のビキニをひとり着て、鏡の前に立って言った。サイズを間違えてしまった少し小さめのビキニ。ピンク色の可愛いデザインで、明るい性格の胡桃によく似合う。



「ちょ、ちょっと胸の辺りが苦しくて、結構えっち系になっちゃったけど、まあ、これで先輩が喜んでくれるならいいかな」


 胡桃は胸の谷間が予想以上にはっきりと見えるビキニに少し戸惑うが、幸太郎にガン見される姿を想像し納得する。



「ビーチだと他の女の子もみんな可愛く見えるから、絶対先輩の目を私だけに釘付けにしなきゃね」


 胡桃は鏡の前でクルリと回ったり、すこし前屈みになって色っぽいポーズを取ったりする。そして一緒に購入したサンオイルを手に取り見つめる。



「後はこのオイルを先輩に塗って貰わなきゃね。合法的に先輩に私の肌に触れて貰う、いえいえ()()()貰うなんて考えただけで興奮しちゃうよ〜」


 胡桃はビーチに寝転んで幸太郎にサンオイルを塗って貰う姿を想像する。



「男の人は絶対これに弱いはずよね。あと私も先輩に塗ってあげなきゃ」


 胡桃は逆に幸太郎にオイルを塗る姿を想像する。



「きゃー、これってヤバくない? 大興奮なんだけど!!」


 胡桃はひとり顔を赤くして両手で押さえる。そしてそのままベッドの上に横になり天井を見つめ思う。




「早く行きたいなあ。でも……」


 胡桃はベッド横に置かれたスマホを手に取り見つめる。



(まだ返事はないか……)


 幸太郎と連絡が取れなくなって早数日。家庭教師のバイトをして貰ってからこんなに会えなくなったのは初めてである。



(先輩、どこ行っちゃたんですか。胡桃は、寂しいです……)


 ベッドに横になった胡桃の目に涙が溢れた。






「明日には行けるんだろうな?」


 重定は運転手に向かって語気を強くして言った。体を小さくしながら運転手が答える。



「ええ、明日には台風も過ぎ去り晴天の予想なので山には行けますが……」


「行けるけど、何だ?」


 大切な愛娘を、沙羅の命令とは言え雨の山中に下した運転手に厳しく言う。運転手が答える。



「近くまでは行けますが、先に申し上げた通り落石が起こっており、また河川の氾濫との情報も入ってきております。別荘に行けるのはもうしばらく先になる可能性も……」


「それでも行く!!」


「だ、旦那様……」


 びくっと体を震わせる運転手に重定が言う。



「とりあえず行く。行けなかったらまたそこで考える」


「は、はい……」


 運転手は翌日の訪問の準備をする為に一礼してその場を去った。重定が窓に打ち付ける雨を見ながら思う。



(沙羅、無事でいてくれ。無事ならばそれ以上は望まない。幸太郎君、沙羅を頼むぞ……)


 重定は吹きつける雨を見ながら娘の無事を祈った。






「おーい、沙羅。おかゆ持って来たぞ。インスタントだがみそ汁と、あとサバの缶詰。食べるだろ?」


 幸太郎は勉強を続けながら沙羅の看病をした。

 ある意味閉じ込められた山奥の別荘。そこでふたりで暮らす時間。ママごとのような生活だが、幸太郎もそして沙羅も楽しかった。



「ありがと。自分で食べるからあなたは勉強して」


「ああ、随分良くなってきたな」


「ええ、あなたのお陰よ」


 出会った頃と比べると本当に素直になった沙羅。それが熱によるものなのかは幸太郎にはわからない。でもようやく自分を、城崎幸太郎という人間を認めてくれるようになったことには心から嬉しいと思った。


 沙羅が熱を出してから三日目の夕方。彼女の部屋で一緒に夕食を食べながら、幸太郎が窓の外を見て言う。



「雨、強くなったな」


 窓に音を立てて吹き付ける強い雨。風も台風が近づいているんじゃないかと思うほど強い。沙羅が答える。



「台風が上陸してるのかもね」


 沙羅はここに来る前にちらりと見た台風の予想進路を思い出す。幸太郎が全て食べ終えた沙羅の食器を見て言う。



「もう随分良くなったかな」


 熱も下がり咳も止まった。ほぼ症状は治まったと見ていい。


「ええ、多分今晩寝れば明日には大丈夫かなって思うわ」


 沙羅は幸太郎の感謝の気持ちを込めて言った。幸太郎が言う。



「無理はするなよ。でもまあ、そろそろ沙羅の料理が食べたくなったなあ」


(え!?)


 沙羅は『自分の回復イコール食事を作らなければならない』ことに気が付く。引きつった顔で答える。



「そ、そうね。私も流石に毎日おかゆじゃ、あ、飽きてきたところなの……」


 赤くなる顔を押さえながら沙羅が言う。



「沙羅、顔が真っ赤だぞ。無理するな」


「え、ええ。やっぱりまだ治らないのかな?」


 沙羅が笑って答える。



 その時、窓の外が一瞬真っ白に光り、ふたりの視線が窓の方へと向く。沙羅が言う。


「ね、ねえ、今光ったよね……」


「うん、まさか」



 ドン、ドドオオオン!!!


「きゃああ!!」


 ベッドに横になっていた沙羅がすぐに布団に潜り込む。



「雷か!」


 ベッドの布団に潜り込み小さくなる沙羅。それを見て幸太郎は『バイ友』を始めた頃を思い出す。



(あの頃はバイ菌扱いされていたけど、さすがの沙羅も雷の前にはバイ菌に頼るしかなかったんだよな)


 それを思い出しひとり笑う幸太郎。

 そして布団の中にいる沙羅のベッドの隣に行き、上から優しく手を添えて言う。



「大丈夫だよ。家の中は安全。怖がらないでいいよ」


「大丈夫じゃないよ!! 家の中だって雷落ちたら危ないでしょ!!」


「まあ、そうかもしれないけど……」



 ドン、ドオオオオオオン!!!


「きゃああ!!」


 沙羅が更に小さく体を縮まる。幸太郎が食べ終えた食器を片付けるために立ち上がり沙羅に言う。



「とりあえずこのお皿片付けてくるな。また来る……、え?」


 立ち上がった幸太郎の服をベッドの布団から腕を伸ばした沙羅が掴む。



「沙羅?」


 固まる幸太郎。沙羅が布団の中から顔だけ出して言う。



「ねえ、今夜は一緒に、寝よ……」


 幸太郎は体が震えるほど激しく鼓動する心臓に、思わず持っていた食器を落としそうになった。

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