93.裸エプロンだと!?
重定から幸太郎が十日間も山に籠ると聞いて、沙羅は倒れそうになるぐらいショックを受けた。
(そ、そんなに山の中にいたら死んでしまう!! わ、私が行って助けてあげなきゃ!!)
――友達は特別な存在
そう『こーくん』から教えられていた沙羅は、その友達の窮地に居ても立ってもいられなくなった。沙羅が重定に言う。
「パパ、私、幸太郎のところに行くわ。今すぐ車を用意して」
「え? ちょ、ちょっと、沙羅……」
突然の娘の言葉に驚く重定。沙羅が重定を睨んで言う。
「一体誰のせいでこんな事になったと思ってるの? 私の友達が苦しんでるの、早く車を用意して!!」
「わ、分かった……」
重定はよく意味も分からぬまま運転手に電話をかける。
(友達? 苦しんでいる……?)
重定は沙羅の言葉を聞き考え込む。沙羅はすぐに自室へ行きカバンを用意して適当に荷物を詰め込み、階段を下りてそのまま家を出ようとする。
「さ、沙羅。車は玄関にある。ところで、本当に行くのか……?」
「当たり前でしょ!! ふざけないで!!」
重定は娘に一喝されてそのまま大人しく黙り込んだ。
「下着は付けていないから、あまり見ないで」
誰も来ない山奥の別荘。
外は大雨でどこにも行くことができない。
部屋はオレンジ色の間接照明のみでムードある雰囲気。
リビングにL字に置かれたソファーに、若い男女がそれぞれ顔を合わせないように座る。
(そ、そんなこと言われたら見ない方が無理だって……)
幸太郎は横目で左斜め前に座る沙羅を見つめる。
(い、いかん……、我慢できなくなる……)
薄暗い部屋。幸太郎の意識が無意識に全集中される。
あまり大きくはない沙羅の胸だが、薄いワンピースの生地のせいかその膨らみがはっきりと分かる。もっと近くで見たいという衝動を無理やり抑えながら幸太郎が尋ねる。
「な、なあ、沙羅。聞いてもいいか」
「なに?」
沙羅が顔をこちらに向ける。照明の角度で顔が影になりよく見えないが、好意的な表情だと分かる。
「どうしてここが分かったんだ?」
沙羅が再び前を向いてソファーの上で無意識に膝を立てようとする。幸太郎の視線がつられるように沙羅の足へと向く。
「え?」
「ん? きゃああ!!」
沙羅が慌てて足を下ろす。彼女は今、短いワンピースの上、何も履いていない状態。そのことに気付き、沙羅が悲鳴を上げ服を押さえて赤面する。下を向きながら小声で幸太郎に尋ねる。
「……見た?」
幸太郎が首をブンブン横に振って答える。
「見てない!! 絶対に見てない!!!」
正直言うと、見た。
でも、暗くて何も分からなかった。無念である。
しばらくの沈黙。外から聞こえてくる雨の音がふたりの間に流れる。幸太郎が我慢できずに口を開く。
「ごめん、ちょっとだけ見た。見るなって言う方が無理だよ。だって……」
「だって、なに?」
沙羅が顔を上げて幸太郎に顔を向けて言う。
「だって……」
沙羅みたいな可愛い女の子のそんなエッチな姿、見るなと言う方が難しい。
(でもそれ言ったら、キッチンにあった刺身包丁みたいなやつで一突きされそう……)
「あ、それよりお前、どうやってここのこと知ったんだよ?」
幸太郎は先程止まっていた質問を掘り起こして再度尋ねる。沙羅が答える。
「パパに聞いたわ」
(くそ、口止めしておいたのに。裏切ったな)
幸太郎は愛娘の沙羅に聞かれてデレデレと答える重定の姿を思い浮かべる。
「で、なんでそんなにびしょ濡れだったんだ? 車で来たんじゃないのか?」
「来たわよ」
「でも車はなかったぞ。それにそんなに濡れる……」
「落石があったの」
「落石?」
幸太郎が驚いて聞き返す。
「ええ、途中の山道で大きな岩が転がっていて車で通れなかったの。だから……」
「だから歩いて来たのか? 雨の中を?」
「そうよ」
(マジかよ……)
真っ暗な山、土砂降りの雨。その上落石もあった細い山道。幸太郎は目の前のか弱い女の子のどこに一体そんな胆力があるのか不思議でならなかった。幸太郎が尋ねる。
「な、なあ。なんで来てくれたんだ?」
そう尋ねる幸太郎を沙羅が不思議そうな顔で見つめる。
「なんでって、友達だからでしょ? 友達は特別な存在。困ったら助けるんじゃないの?」
(は? 俺がいつ、困ったんだ? というよりその言葉、どこかで聞いたような気が……)
そう言いながら幸太郎が少し前の『サラりん』とのやり取りを思い出す。
(ああ、あの時か!! 友達ができたって相談受けて、『こーくん』として返事したあの時!!)
幸太郎は『こーくん』として友達の対応に困った『サラりん』にアドバイスを送ったことを思い出す。
(確かに友達が困ったら助けろとは言ったけど、俺困っていないし……、あ、そうだ!)
「な、なあ、沙羅」
「なに?」
「困ったと言えばなんだけど、俺、料理全くできなくてさ。重定さんがお米とか用意してくれたんだけど炊飯器の使い方すら分からなくて困ってたんだ。前のほら、オムライスみたいな簡単な奴でいいんで作ってくれないか?」
「え?」
沙羅が青ざめる。
オムライス。以前幸太郎に料理のことを聞かれ「できる」と答えてしまった件。あれは同じく料理が全くできない沙羅と姉の栞が、苦肉の策としてネットの動画を見ながら辛うじて形にしたもの。再度できるかと言われれば自信はないが、できないとは言えない。沙羅が答える。
「い、いいわ。そのくらい作ってあげる」
「マジか? 良かった。あのオムライス、マジで美味かったんだよ!!」
そう言われると悪い気がしない沙羅。幸太郎の喜ぶ顔を見て自然と嬉しくなる。
「あ、でもここの炊飯器ちょっとハイテク過ぎてよく分からないけど、大丈夫か?」
幸太郎は米を炊こうとして断念したことを思い出す。沙羅が笑って言う。
「そんなこともできないの? あなた勉強以外は本当にダメね」
「あ、ああ……」
沙羅が思い出したように言う。
「そう言えばさっきあなたが私のシャワーを覗きに来た時、何か壊れているとか言ってたわね?」
「おいおい、誰も覗いてなんか……」
そう言いつつ幸太郎の頭に沙羅のピンク色の下着と、擦りガラス越しに見えた彼女の裸体が思い出される。突然顔を赤くして黙り込む幸太郎に沙羅が言う。
「どうしたの? あなた覗きに来たんじゃないの?」
「ち、違う!! それよりシャワーってちゃんと使えたのか? 水シャワーだった?」
沙羅が首を振って呆れた顔で答える。
「なに水シャワーって? あなたまさかシャワーの使い方分からなかったの?」
「壊れてなかったのか?」
「馬鹿じゃないの? あなた本当に生活力はゼロに等しいわね。お猿さんなの?」
(こ、この野郎……)
襲ってやろうかと思いつつ、今それは冗談にならないと自重する。幸太郎がふうと息を吐いてから沙羅に言う。
「とりあえず夕飯まだだから、何か作ってくれるか?」
その言葉に一瞬どきっとする沙羅。しかし彼女のプライドがすぐにすまし顔で答える。
「いいわ。じゃあ早速オムライスを……」
そこまで言い掛けて沙羅が思い出す。
(あ、待って!! 確かここってネット繋がらないんだっけ!?)
再び料理動画を見ながら作ろうと思った沙羅。苦戦してもこれなら何とかひとりでできると思ったのだが、そもそもここがネット環境のない場所だと思い出す。
「本当に悪いなあ。でも料理が上手な女の子ってホント魅力的だぜ!」
「え、ええ、そうよね……」
少し肌寒いぐらいの室内。シャワーを浴びたばかりの沙羅に汗が流れる。しばらく沈黙していた沙羅が幸太郎に言う。
「ね、ねえ。やっぱり今夜はパンとか簡単なものにしない?」
「え? 何で?」
幸太郎が残念そうに言う。
「だって私ここまで来て結構疲れているし、それに……」
幸太郎が黙って沙羅の言葉を聞く。
「今のこの『裸エプロン』みたいな恰好でお料理しろって言うの?」
「がっ!?」
幸太郎が改めて沙羅を見つめる。薄手のクマのプリントされたワンピース一枚。確かにあれで立ちながら料理をするのも大変だ。幸太郎が言う。
「そ、そうだなあ。仕方ない……」
沙羅は安堵の表情で答える。
「そ、そうよね。仕方がないわよね」
「明日、また楽しみにしてるよ」
(え?)
沙羅はようやくその苦しい言い訳が、今しか使えないことに気が付いた。
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