92.友達だからいいよね?
「さ、沙羅……!?」
雨の夜、その山奥の別荘に現れたのは雪平家の令嬢沙羅であった。
「友達の沙羅さんが遊びに来たのよ。上がってもいいかしら」
「あ、ああ……」
沙羅は雨に濡れびしょ濡れの半袖シャツに、太ももが露になった短いショートパンツを履いている。肩からは自分の体よりも大きなショルダーバックをかけ、もちろんこれもベタベタに濡れてしまっている。
「持つよ」
幸太郎が沙羅のカバンを受け取る。
「ありがと。あと、良かったらタオルを貸して貰える?」
「あ、ああ。そうだ、ごめん。すぐ持ってくる」
幸太郎は慌ててバスルームへと走り出す。
「はい、タオル」
「ありがと」
沙羅は渡されたタオルで濡れた髪を拭く。幸太郎が沙羅を見つめる。
びしょ濡れの白のシャツの下には沙羅がつけているピンク色の下着がはっきりと透けて見え、濡れたショートパンツも太ももにぴったりと付き腰のラインがくっきりとわかる。首を斜めにし、濡れた髪を拭く仕草もとても色っぽい。
「ねえ」
「は、はい!」
怒鳴られると思った幸太郎が驚いて返事をする。
「シャワー使ってもいいかしら」
「あ、ああ。いいけど……」
「そう、ありがと」
沙羅はタオルを肩に掛けそのままバスルームへと入って行く。
幸太郎は床に置かれた濡れた沙羅のショルダーバックを別のタオルで拭きながら考える。
(なんで、なんで沙羅が来た!? どうしてここが分かった? なんで、なんで??)
分からないことだらけで頭がパンクしそうになる。ここに来たのは秘密だったはずだし、そもそも彼女が来た理由が分からない。
(探しに来た? 怒りに来た? 遊びに!? いや、単に会いに来たとか??)
タオルでカバンを何度も拭きながら幸太郎が考える。そして思い出す。
(あ! そう言えばシャワー壊れていたんだ!!)
幸太郎が急ぎシャワールームへと走る。
ドンドン!
「沙羅!!」
幸太郎が脱衣所のドアを叩いて名前を呼ぶが返事がない。
「あ、開けるぞ!」
幸太郎がドアをゆっくり開けると、沙羅は既にシャワールームへと入ってシャワーを浴びていた。
(うっ!!)
脱衣所の棚には沙羅がつけていた濡れたピンク色の下着が置かれている。そしてすり擦りガラスのドアには裸体の沙羅のシルエット。幸太郎は今更ながらとんでもないことをしていることに気付く。
(や、やばい。とにかく逃げよう……)
ゆっくりと物音立てずに脱衣所を出ようとする幸太郎に、シャワールームから沙羅の声が響いた。
「きゃああ!! ちょ、ちょっとあなたなんで入って来てるのよ!!!!」
びくんと体を動かし幸太郎が言う。
「あ、いや、違う。シャワー壊れているから伝えようと思って……」
話しながら目には棚に置かれた沙羅の下着が映る。沙羅が怒鳴る。
「ふざけないで!!! ちゃんと使えてるわよ!! いいから早く出てって!!!!」
「は、はい!!」
幸太郎は転がるように脱衣所を出る。
「はあ、はあ……」
幸太郎は頭が混乱していた。
突然やって来た沙羅。雨の中来るはずもない訪問者。びしょ濡れ。沙羅にしては珍しく少しエッチな姿。その上シャワーを浴び始める。
(いや、彼女は友達としてやって来ただけ。濡れていたのも雨に当たったから。だからシャワーを浴びたいと言うのも当然。……で、なんで俺はそれを覗きに行くようなことをしているんだ!?)
「ぐおおおおおっ!!!!」
幸太郎がひとり床に膝をつき頭を抱えて唸る。
「ね、ねえ……」
「へ?」
ひとり苦悩していた幸太郎に、バスルームの方から沙羅の声が聞こえた。
「さ、沙羅。ごめん、さっきのは、その……」
「そ、そんなのはどうでもいいわ。それより、私のカバン持って来てくれる?」
「へ?」
幸太郎はすぐに沙羅のカバンを持って、バスルームから半身を出す沙羅のところへと向かう。
(ぐはっ!!)
沙羅はバスタオルを一枚巻いただけの姿であった。濡れた髪には小さめのタオルが巻かれ、露出した色っぽい肩に、シャワーを浴び温まったのか頬が少し赤く染まっている。幸太郎は視線を逸らしながら沙羅にカバンを手渡す。
「ありがと……」
沙羅はそれを受け取るとすぐにバスルームのドアを閉める。
「はあ、はあ……」
幸太郎は床に座り込むと息を整える。
(落ち着け、落ち着くんだ……)
しかしすぐに幸太郎の頭に置かれていた沙羅の下着や、バスタオル姿が浮かぶ。
(だ、駄目だ!!! とても落ち着いていられない!!!!)
幸太郎はひとりリビングに行きソファーに座りながら頭を抱える。外の雨は一層激しさを増し叩きつける雨音も大きくなっていたが、今の幸太郎にはそんな音も届かない。
(落ち着け、落ち着くんだ、幸太郎……)
幸太郎はソファーに膝を立てて座りながら自分に言い聞かせる。
(まず、どうして沙羅が今回の勉強合宿について知ったかを聞き出す。そうだ、まずそれが先決。その次に、どうしてここにやって来たか。うん、それも重要だ)
ひとりになり落ち着いて考えると頭も冴えてくる。
(それから、あ、そうだびしょ濡れになった理由も聞かなきゃな。あとは……)
幸太郎は雨が叩きつける真っ暗闇の外を見つめる。
(こんな場所じゃ今から帰ることはできない。あ、もしかして車を外に待たせているのか?)
幸太郎はすぐに立ち上がって大きなガラス窓から入り口付近を見つめる。
(え、車がない? となると、となるとだな……)
――今夜、沙羅はここに泊まるのか!!
「マジかよ……」
先程まで冷静に考えられていた幸太郎の思考回路がゆっくりと崩壊を始める。
「ね、ねえ……」
(ひゃっ!?)
窓際に立っていた幸太郎に、ドアの入り口に半身を隠した沙羅が声をかける。
「あ、沙羅。シャワー終わったんだね……」
幸太郎は半身を隠しながらも白いワンピースがちらりと見える沙羅に声をかける。髪も乾かし、いつも通りの艶のある長い黒髪に戻っている。沙羅が顔を赤くして幸太郎に言う。
「ね、ねえ。部屋の電気だけどさ。間接照明だけにしてくれる?」
「え? 間接照明?」
沙羅が細く白い腕で壁や床にある小さな明かりを指差す。それに気付いた幸太郎がすぐに壁に行きスイッチを探す。
(これかな?)
色々とスイッチを押しようやく橙色の小さな明かりだけが灯る部屋となる。少し薄暗いが、まるで温かなろうそくを部屋に灯しているようで雰囲気は良くなる。未だドアのところで半身を隠している沙羅が小さな声で言う。
「ねえ……」
「な、なに? 電気は消したよ……」
幸太郎はなぜか緊張する。
「あのさ、急いで出て来たから、服、この寝る時に着るのしか持ってこなくて……」
そう言って沙羅がドアの影からすっとリビングに入って来る。
(え?)
それはひざ丈までの就寝用の白いワンピース。胸の辺りに可愛いクマの絵がプリントされている。
(な、な、なんだ、その小学生のような服はああああ!!!!!)
冷淡でクール。あの雪平財閥の令嬢がまるで子供の様な服で寝ていたとは。幸太郎の思考回路崩壊が更に一段階進む。そして恥ずかしそうに沙羅が言う。
「あ、あとね。下着も持って来てなくて……、さっき濡れちゃったから今乾かしているんだけど……」
「え?」
幸太郎がまじまじと沙羅を見つめる。薄暗い部屋の中、オレンジ色の光に照らされた沙羅の顔が真っ赤に染まる。
「今、下着つけてないんだ。だからあんまり見ないでね。友達同士だから、いいよね……?」
その瞬間、崩れかけていた幸太郎の思考回路が音を立てて完全に崩壊した。
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