88.マリアの友達
「お嬢様が自殺未遂を起こしました。すぐに来て頂けますか?」
冷静ながらも明らかにいつもとは違うマリアの執事。
「分かりました。すぐに行きます!」
幸太郎は店内に戻り社員へ御坂家絡みだと伝え、そのまま執事の車へと乗り込む。
「少し飛ばします」
執事はいつもとは全く違う荒い運転で、マリアが入院していると言う病院へと向かった。
「一体何があったんですか? どうして……?」
「分かりませぬ。直接お嬢様にお聞きください」
幸太郎は車内で執事にマリアのことを聞いたが何も分からないとのこと。
(俺が『バイ友』をうやむやにしたのが何か関係しているのか……?)
幸太郎は唯一自分に関係があるとすれば『バイ友』のことだろうと思った。自分に関係があるからこうやって呼ばれている。ただ同時に思う。
(俺が行って何ができるんだろう……)
自殺を起こすような子のケアなどしたことはない。どう対処していいのかもわからない。自分に何ができるか分からない。行って話を聞けばいいのか。
幸太郎は不安を抱えたままマリアがいると言う病院へと辿り着いた。
「幸太郎さま。ひとつ言い忘れておりました」
病院のエントランスで車から降りようとしていた幸太郎に執事が言う。
「お嬢様はお料理中に手を切ってしまい、ここに運ばれてきております。では」
バタン
「え?」
執事はドアを閉め、そのまま車を走らせて行った。
(料理中に手を切った!? それって本当に自殺未遂なのか……?)
幸太郎は不信感を持つつ執事に教えられた病室へと向かう。
連れられて来たのは私立の総合病院で、この病院には一般病棟とは別に特別な人物のみが入ることができる特殊病棟がある。幸太郎はその病棟の入り口で名前と学生証を見せ訪問を許可された。
「マジか、これ。すげえ。まるで高級ホテルじゃん……」
受付はまるで高級ホテルのロビー。西洋の調度品で揃えられており、床はすべて絨毯張りで至る所に絵画などが飾られている。
幸太郎はエレベーターで三階へ行き、教えられた部屋番号を探す。
(御坂マリア様、ここか……)
その階の一番奥、大きなドアの割に小さなネームプレートが掲げられた部屋へと着いた。
コンコン
「おーい、マリア。いるか?」
幸太郎が少しドアを開け中に向かって言う。すぐに返事が返って来た。
「幸太郎さん!?」
「入っていいか?」
「え、ああ、ちょっとお待ちを……、ど、どうぞ……」
幸太郎がその声を聞いて病室へと入る。
(すげえ……)
病室はもちろん個室なのだが、机やイスはもちろん、クローゼットにキッチン大型テレビまで置かれている。もはや病室と言うよりは家のリビングに近い。
「幸太郎さん、どうしてここに……?」
ベッドの上に座っていたマリアが幸太郎に言った。
服は病院の患者衣を着ており、いつものロリータドレスを着た彼女とは印象が全く異なっていた。また顔には赤い眼鏡をかけていて、意外と清楚にも見える。幸太郎が言う。
「どうしてって、お前が自殺未遂したって聞いたから慌てて……」
「自殺未遂ですって!? わたくしはお料理中にちょっと指を切って検査入院させられただけですわよ」
「は?」
幸太郎は唖然としながらマリアが差し出す指先に巻かれた包帯を見つめた。幸太郎が言う。
「じゃあ、自殺じゃないんだな……」
「当然ですわ。この美しくて可憐なわたくしが、なぜ自ら命を絶たなくてはなりませんの?」
「あはははっ……」
幸太郎はいつものマリアであることに安心して笑った。マリアが言う。
「爺、いえ、うちの執事でしょうか?」
「ああ、そうだ。お前が自殺未遂したって青い顔して迎えに来たよ」
「まあ、そうでしたか。爺は少し慌てん坊のところがありますからね」
(いや、あれが演技だとしたら役者過ぎるぞ……)
幸太郎はいつもとは明らかに様子が違っていた執事を思い出す。マリアが言う。
「それにしてもお恥ずかしいことですわ……」
「あ、いや。あれは執事さんのことだから……」
「いえ、こんな見ずぼらしい格好で幸太郎さんにお会いすることになるなんて……」
そう言ってマリアが頬を赤くする。
「別にいいんじゃねえか。たまにはそう言った変わった服も。眼鏡も良く似合ってるぜ」
マリアが顔を上げて幸太郎に言う。
「本当でございますか!? 幸太郎さんはこのようなコスプレにご興味がございまして!?」
「あ、いや、別にそう言う意味じゃなくてさ……」
「幸太郎さんがリクエストして頂ければ、わたくしどんなコスでも致しますわ」
「いや、だから別にいいって……」
マリアが少し寂しそうな顔で言う。
「そうでしたか。でしたらなぜここにいらしたんでしょうか?」
「だから、それはお前の執事が自殺未遂したって言うから……」
「わたくしが心配で?」
「あ、うん。まあ、そんなとこ、かな……」
幸太郎が少し照れながら答える。マリアが言う。
「でしたらわたくしとの『バイ友』も受けて頂くと言うことでよろしいですわね」
「ああ、それなんだけどさ……」
幸太郎が真面目な顔でマリアに言う。
「やっぱそれ、断るわ」
「え? なぜ? わたくしじゃ嫌でしたの? それとも金額が不満で……」
「違う」
はっきりと言う幸太郎にマリアが食い下がる。
「でしたらどうして? 理由をお聞かせください!!」
少し泣きそうな顔になっているマリア。幸太郎が話始める。
「『バイ友』ってさ、友達がいない奴の為に、友達になってやると言う変わったバイトなんだ」
「ええ、存じておりますわ。わたくしも自慢じゃございませんが友達はおりませんの」
幸太郎が苦笑いして続ける。
「だから、お前には必要ないじゃん。『バイ友』なんて」
「どういう意味でしょうか?」
分からないと言う表情をしてマリアが言う。
「だって、俺はお前の友達だぜ。これから友達になる必要なんてないじゃん」
「え?」
マリアが驚く。
「お前が呼べば俺が駆け付けるし、俺が困ったら助けて欲しいし、一緒に飯も食べれば、遊びにも行く。俺はそう思ってる。だからあえて『バイ友』なんてしなくていいだろ?」
「それって……、わたくしに生涯お供するって意味でしょうか?」
「いや、それは違う」
幸太郎がため息をついて言う。
「深く考えるな。俺は友達。だからこうして怪我をしたお前を見舞いに来てやったんだ。あ、そう言えば怪我は大丈夫なのか?」
見舞いに来たのにその症状についてきちんと尋ねていなかったことを思い出す幸太郎。マリアが指に巻かれた小さな包帯を見せて言う。
「まったく問題ございませんわ」
「そうか、それは良かった。じゃあ、俺そろそろ行くな。バイト中だったんだ」
「まあ、そうでしたか。それはどうもありがとうございました」
マリアが頭を下げる。そして部屋を出ようとする幸太郎に言った。
「幸太郎さん。ひとつお願いがございます」
「なに?」
振り返って幸太郎が言う。
「今度、わたくしに勉強を教えて頂けませんでしょうか」
幸太郎が一瞬考えて答える。
「いいよ、友達としてな」
マリアが嬉しそうに答える。
「ありがとうございます。わたくし、頭の良い幸太郎さんを尊敬しておりますの!!」
「ああ、ありがと。じゃあな」
マリアは笑顔で手を振って幸太郎を見送った。
(いやですわ、エアコンをつけ忘れていたのかしら?)
マリアは何故か体が火照っていることに気付き、室内の空調を確認する。
「23度……、エアコンが壊れているのでしょう。後で爺に見て貰った方がいいですわね」
マリアはなぜか先程から汗と体の火照りを感じ、そのままベッドに横になった。
(まったくあのお嬢さんにも困ったもんだ……、と言うかあれは周りの影響もあるよな……)
幸太郎は病院の帰り、ひとり電車に揺られながら先程のマリアを思った。
(悪い奴じゃないけど、やっぱ金持ちってどこか庶民とはずれている気がする……)
そう思いながら幸太郎は彼女に『バイ友』を断ったことを思い出す。
(あれでいい。お金は欲しいけど、あいつには『バイ友』は必要ない。もう友達みたいなもんだからな……)
幸太郎が今『バイ友』をやっている沙羅を思い出す。
(あれ?)
ようやくその事実に気付く。
(俺、沙羅とは友達になったんだろ? だったら、もう……)
――沙羅と『バイ友』する必要がないってことか……?
電車の車窓から見える景色が音を消して幸太郎の目に映った。
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