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87.笑顔にしてくれて、ありがとう。

「は? はあああ!? 何それ!!??」


『こーくん』の正体が辛うじてバレなかったことに安堵した幸太郎は、その安心感のせいか何の準備もなしにマリアから『バイ友』の依頼を受けたことを話してしまった。幸太郎が焦りながら言う。



「いや、違う。『バイ友』がしたいって、相談を受けただけだよ」


「どうして彼女が『バイ友』のことを知ってるの?」


 沙羅がむっとした表情で幸太郎に言う。



「知らないよ。お前らお嬢さんグループとかで話があったりしないのか?」


「そんなグループ知らないわ。あっても入らない」


 まあ確かにそれはそうだ、と幸太郎が納得する。



「こんな庶民の俺でも知り得たバイトだ。あれだけ顔の広い令嬢だから耳にするのも不思議じゃないだろう……」


「ううっ、そうなのかな……」


 沙羅は『幸太郎と』と言うよりは、このような『友達をお金で買う』みたいなことしているのが知られたことに恥ずかしさを覚える。沙羅が尋ねる。



「で、なんて答えたの? まさか受けてきたの?」


 幸太郎の家計が苦しいことは知っている沙羅。そんな彼が時給の良いバイトをすることは頭では理解できる。しかし胸の奥ではそれを良しとしない自分が居ることも同時に感じている。幸太郎が答える。



「とりあえず保留にしてきた。あいつ何考えているか分からないところあるし、もしかしたらまた嵌められるのかもしれないからな」


 少し安心したような表情になった沙羅が答える。



「そうね、それが正解だわ。まあ、でもあたなたが貧乏で生活が苦しいって言うのも理解しているつもり。だからあなたがどうしてもって頭を下げるのであれば、私との『バイ友』を週二にすることも考えてあげてもいいわよ……」



(え?)


 幸太郎はいつも通り馬鹿にされながらも、さらっとすごいことが聞こえたような気がした。幸太郎が尋ねる。


「な、なあ。それって重定さんは知ってるのか?」


「何を?」


 本当に分からないような顔をして沙羅がいう。



「何をって、『バイ友』週二にするかもって話」


「知っている訳ないじゃん。今、決めたんだもん」



「おいおい……」


 困惑する幸太郎に沙羅が言う。


「何もあなたが心配することなんてないわ。その程度のバイト料、()が払ってあげる。あなたはただ私に頭を下げてお願いすればいいだけ」



(こいつ、完全に俺のこと貧乏人だと馬鹿にしてやがるな……、一応年上だぞ……)


 少し頭に来た幸太郎が沙羅に意地悪く言う。



「そんなに俺と一緒に居たいのか? 沙羅()()()?」


 その言葉に一瞬で粉雪のような沙羅の白い肌が真っ赤に染まる。そして怒りながら言った。



「ふ、ふざけないでよ!!! あなたが困っているから助けてあげようとしただけでしょ!? 何なの、その言い方!! で、どっちと()()の? 私? それともあの女?」



(重定さんがこの言葉だけ聞いたら、きっと俺、速攻でバイトクビだよな……)


 幸太郎が苦笑いしながら沙羅の言葉を聞く。



「そんなに直ぐは選べないよ。ちょっと考えさせてくれ……」


「あなたって、本当に優柔不断の最低男ね」


(その言葉もそれだけ聞いたら、俺は別の意味でどうしようもない男だと思われるよな、きっと……)


 幸太郎は目の前で腕を組み、赤い顔をしてこちらを睨む沙羅を見て思った。






「斗真さん……」


 藤宮はるかは彼が入院後、一度もなかった彼からの呼び出しで病室を訪れていた。顔を隠す大きなマスクにサングラス。頭にはニット帽。梅雨も明け、夏本番となったこの時期には滑稽にも映る姿だ。

 空調の良く効いた部屋。はるかが少し肌寒く感じたのはその夏用の薄着のためだけではなく、これから彼の口から発せられる言葉に正直不安を抱いていたからであった。斗真が言う。



「悪いな、来て貰って」


「ううん、大丈夫……」


 病室の隅に立ち、少し身構えるはるか。決して彼を避けるつもりはなかったが、心の不安がその様な形で表れてしまっていた。斗真が言う。



「座ってくれるかな……」


「あ、はい」


 そう催促されて初めてはるかがベッド横にある椅子に腰かける。斗真が窓の外の景色を見ながら言った。



「この間、幸太郎が来た……」


「え?」


 基本、はるか以外は面会拒絶している斗真。幸太郎が来たことを聞き驚く。



「幸太郎君が? どうして……?」


「うん、まあ、男同士の話ってやつかな」


「そう、ですか……」


 はるかには一体彼が何をしに来たのか全く想像できない。斗真がはるかに言う。



「来週、ようやく整形の病院への転院が決まった。俺、少しでも前の()に戻れるように頑張る」



「斗真さん……?」


 斗真はゆっくりとサングラスや大きなマスクを外す。そしてはるかに尋ねる。



「なあ、はるか」


「……はい」


 さっきまで寒いぐらいと思っていた体が、急に熱くなる。



「ずっと、俺のそばにいてくれないか……」



(斗真さん……)


「俺の、彼女になってくれないか? ……ダメかな?」


 弱々しい声。震えているのが分かる。

 はるかは椅子から立ち上がり、ベッドに座る斗真の頭を優しく抱きしめた。



「私は、ずっと斗真さんの彼女だと思っていましたよ」



「はるか……、う、ううっ……」


 斗真もはるかを優しく抱き返し、枯れ果てたの泉から再び涙と言う水が溢れ出すのを感じた。






「はるかさん、はるかさん! おーい、はるかさーーーーん!!!」


 幸太郎はバイト中にぼうっとメニュー表を持ったまま立つはるかに声を掛けた。



「あ、幸太郎君。どうしたの?」


「どうしたじゃないですよ。はるかさんの方こそどうしたんですか、ぼうっとして?」


 嬉しそうな顔ではるかが答える。



「どうもしてないわよ。あ、そうだ。幸太郎君」


「何ですか?」


「幸太郎君ってやっぱり斗真さんと仲が良かったんだね」


「え?」


 幸太郎の中で無断で斗真の病院に行った記憶が蘇る。幸太郎が尋ねる。



「どうしたんですか? 急に」


 はるかが首を横に振って答える。



「ううん、何でもない。それよりね、斗真さんの来週にね、整形の病院へ移るの」


「ああ、そうですか! 良かったですね!」


 幸太郎の顔も明るくなる。はるかが言う。



「それでね、私、斗真さんにこれからも面倒を掛けるけどよろしくって言われたの」


(え?)


 無言の幸太郎。はるかが幸太郎に近付き小声で言う。



「斗真さんにね、正式に()()になってくれ、って言われちゃったの!」


 幸太郎の胸が激しく律動する。


「私はね、ずっとそのつもりだったんだけど、ああやってちゃんと言われるってやっぱり嬉しいよね」



「良かったですね、本当に良かった……」


 幸太郎の中で何かがきちんと終わりを告げたような気がした。

 寂しさもあったがこれでいい。はるかさんが幸せになってくれればもうそれ以上望まない。斗真さんはちゃんと自分との約束を守ってくれたんだ。



 ――目の前のこの女性ひとを笑顔にするって





「城崎っ!!」


 そんな感傷に浸っていた幸太郎に、社員の男が走って来て言った。



「城崎、あ、あの車って……」


 社員が指さす外の駐車場に、一台の黒塗りの高級車が止まっている。店長から『黒塗りの高級車』には細心の注意を払うことが厳命されている。社員が言う。



「城崎、お前『黒塗りの高級車担当』だったよな。頼む、また対処してくれ!!」


 いつから俺はそんな担当になったんだ、と思いつつも見覚えのある黒塗りの高級車を見つめる。



(あれは、マリアのところの車か?)


 そう思いながら見ていると意外にもマリアではなく、運転手の執事だけが車から下りてきた。そして真っすぐ店内に入ると、一礼して中にいた幸太郎に向かって言った。



「幸太郎さま、少しよろしいでしょうか」


「あ、はい」


 雪平家、並びに御坂家については幸太郎の一存で対処できる。幸太郎は店外に出る執事の後をついて行く。そして執事は明らかにいつもとは違った青い顔で幸太郎に言った。



「お嬢様が、マリア様が自殺未遂を起こしました。すぐに一緒に来て頂けませんか」


 幸太郎はその想像にもしなかった言葉に頭が真っ白になった。

お読み頂きありがとうございます!!

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