85.わたくしは魅力のない人間でしょうか。
「わたくしともして頂けませんか、『バイ友』を」
幸太郎はその言葉を聞き耳を疑った。
(なぜマリアがそれを知っている?)
紅茶を飲んでいたマリアが幸太郎の顔を見て笑って言う。
「『どうして?』って顔をなさってますね。色々噂をお耳にしましてね。わたくしも大変興味を持った次第でございます」
公にはしていない『バイ友』の存在。
ただ普通の庶民である幸太郎ですら知り得たことなので、誰にどう伝わろうが不思議ではない。黙り込む幸太郎にマリアが尋ねる。
「如何なさいました? それともわたくしとでは嫌でしょうか」
顔を上げてマリアを見つめる幸太郎の頭に、ふと沙羅の顔が思い浮かんだ。
「条件は週に一時間、お礼は幾ら頂いているか存じませんが、沙羅さんと同じ額で結構ですわ」
(何かを企んでいるのか……)
自分より狡猾な相手。年下ではあるが様々な経験をしている相手。しかも自分は恥をかかせた人間である。騙そうとしたことを謝ったり、かと思えば『バイ友』に誘ったりと全く理解できない。幸太郎が言う。
「何が目的なんだ……?」
様々な人が行き交うホテルのロビー。足音やお客の会話などが雑音のように響く。マリアが答える。
「目的でございますか? 簡単ですわ、お友達になりたいの。幸太郎さんにとっても家計を助けられる良い話だと思いますが」
自分が善人なのだからだろうか、それともただの馬鹿なのだろうか。そう話すマリアを見てそこに嘘や打算などは一切感じられなかった。
少し前の自分だったら即答で了承していただろう。ただ、話を聞きながらどうしても幸太郎の頭にはある人物の顔が浮かんできてしまう。幸太郎が答える。
「少し、時間をくれないかな。相談したい人がいるので」
表情を変えずにマリアが言う。
「そうですか。分かりましたわ。良い返事をお待ちしております。あと、幸太郎さん。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なに?」
本能的にこれ以上マリアをこの場で悲しませることはできないと感じた。答えられることならば答えよう、そう幸太郎は思った。マリアが言う。
「幸太郎さんは、どのような女性がお好みでしょうか」
「は?」
幸太郎はよくもまあ次から次へ突拍子もない言葉が出て来るものだと驚いた。
「な、何だよ急に!?」
「異性の好みを聞くことがそんなにおかしなことでしょうか? それとも幸太郎さんは男性がお好きとか?」
「ば、馬鹿言うなよ! そんなことはない!! えっと、そうだな俺のタイプは……」
完全にマリアに乗せられていることに気付かない幸太郎。マリアはそれを微笑みながら聞く。
「そうだな、長い黒髪で、お淑やかで、頼りがいがある人。あと優しい人、かな」
幸太郎はそう言いながら、それはまさしくバイト先にいるあの憧れの先輩だよなと自嘲した。マリアが嬉しそうに言う。
「まあ、それはまるでわたくしのようですわね!」
「おい……」
性別以外一致している気がしないと思ったが、さすがにそれは失礼だと思い言葉を飲んだ。幸太郎が時計を見て言う。
「あ、もう時間だ。行かなきゃ」
「沙羅さんのところですね」
「ん、まあ、そんなとこ。あ、ここの代金……」
マリアが笑顔で手を前に出して言う。
「既に支払っております。お気になさらないで」
「そうか、じゃあご馳走になる。あれの返事は後でするから。じゃあな!」
「ええ、ごきげんよう」
マリアは軽く手を上げて走り去る幸太郎を見つめる。
「お嬢様……」
会計を済ませた執事がひとりになったマリアの元へやって来る。マリアが前を向いたまま尋ねる。
「ねえ、爺」
「はい」
「わたくしって、そんなに魅力のない人間なのでしょうか」
マリアは笑顔のままそう小さく言った。
「落ち着きなさい、落ち着くのよ。何があっても動揺しないこと」
沙羅は幸太郎を待つ自室で何度も自分にそう言い聞かせた。
――城崎幸太郎が『こーくん』なのかもしれない
そう思った沙羅はそれから何をするのも手につかない状態だった。頭が混乱していた。学校へ行っても食事に行っても何も集中できない。とにかく早く確かめたい。金曜の夕方が待ち遠しくて仕方がなかった。
ピンポーン
部屋のドアを少し開けていた沙羅に、インターフォンの音が聞こえる。
(来た!!)
沙羅の心臓がドクドクと鳴る。
しかし幸太郎は木嶋に案内され、父の書斎へと入って行った。
(最近パパと話すことが多いわね。何かあるのかしら?)
ここ最近の訪問ではほぼ必ずと言っていいほど父である重定の部屋によって何かを話してから自分の部屋に来る。沙羅がそんな風に考えていると幸太郎が書斎から出てこちらに向かって来た。
(あ、来ちゃった!)
急いでゆっくりと音が立たないようにドアを閉める。
コンコン
いつも通りに幸太郎は沙羅の部屋をノックする。沙羅はドキドキと緊張で落ち着かなくなり、手には汗が出始める。
「友達の幸太郎さんが来たぞー、開けるぞー」
(本当に毎回同じことばかり、まったく……)
そう思いながらも沙羅が答える。
「いいわ。入って」
ガチャ
幸太郎がドアを開けて部屋に入る。
(赤線は、ないか。良かった……)
幸太郎はないと思いながらも、改めて赤いビニールテープが無くなっていることに安心した。
「よお、沙羅。元気だったか」
晩餐会でダンスを踊ってから二度目の『バイ友』。
長い時間ずっと一緒に練習していたので問題はないと思っていたが、改めて本番の衣装で踊ると言うことは恥ずかしいものだった。
今日の『バイ友』もそんな恥ずかしさをどう隠すかでいっぱいのはずだった。だが、意図もせず互いの頭は全く別のことで埋め尽くされている。
(沙羅に話さなきゃ。マリアのこと……)
幸太郎は先程マリアから申し込まれた彼女との『バイ友』について沙羅に相談しようと思っていた。本来ならそれは幸太郎の裁量ひとつで決めていいはずだが、不思議と沙羅に話さなければならないと思った。
一方の沙羅も冷静を装っているが幸太郎が家に来た時からずっと緊張し続けている。沙羅にとっては非常に大きな問題。聞くのが怖い。でも聞きたい。意を決した沙羅が幸太郎に言う。
「ねえ」
「ん、なに?」
「『こーくん』って、知ってる?」
「え?」
幸太郎は沙羅の顔を見たまま固まった。
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