84.【side story マリア】
「何だって、女の子だったのか……」
御坂重蔵はその報を聞きがっくりと肩を落とした。
晩婚だった。
御坂財閥を率いる重蔵は若い頃から仕事に全てを打ち込み、結婚したのも随分年を取ってからだった。更になかなか子宝に恵まれず、ようやく懐妊できたのは夫婦で長いこと不妊治療を重ねた末の結果であった。
初めての子を身ごもった妻が下を向いて言う。
「ごめんなさい、あなた。私が……」
重圧ともいえる御坂家の跡継ぎを期待されていた妻は、周りが望む男の子ではなかったことに責任を感じる。重蔵が言う。
「気にすることはない。子供ができただけでも十分だ」
優しく言ってくれはしたが、妻にはそれが決して本心ではないことは理解していた。
マリアと名付けられた御坂家のひとり娘は、何ひとつ不自由なく育てられた。
衣食住、教育に生活環境まですべてが最高のものが準備され、お嬢様教育を受けたマリアはとても素直で上品な娘へと成長する。
だが、そんなマリアを一変させる出来事が、中学に入ってしばらくして起きた。
「マリア」
「はい、お父様」
中学生活を楽しんでいたマリアはある夜、父に呼ばれて書斎へ来ていた。
難しい顔をしてソファーに座る父と母。子供のマリアにも何か大切な話があるのだと直ぐに理解した。父重蔵が真剣な顔をして言う。
「大切な話がある」
「はい」
マリアの顔も真剣になる。
「実はお前には許嫁がいる」
「え?」
全く予想もしていなかった言葉。
許嫁と言うことはこの先結婚して家庭を持つ人が決まっているということ。マリアが尋ねる。
「わたくしに、許嫁がいるのでしょうか……」
「そうだ」
とても冗談を言っている顔ではない。重蔵が言う。
「納得できない部分もあるかもしれないが、御坂家の将来を考えてのことだ。とても優秀な種だ」
(種……?)
何のことだかさっぱり意味が分からないマリア。母親が言う。
「ごめんね、マリア。家の為にはとても頭のいい、良い子供が必要なの」
(お母様、一体何を仰ってるの……?)
母親もある意味名門という重圧に潰されてしまった犠牲者であった。『家の為』が最優先事項になってしまい、すべてはそれを基準に考えるのが当たり前だと思い込んでいた。重蔵が言う。
「相手は非常に頭のいい子だ。安心して子作りをさせることができる。御坂家の為に素晴らしい子を産んで……」
「一体何の話をしてらっしゃるの!!」
マリアが大きな声で言った。その目には涙が溜まっている。重蔵が言う。
「混乱するのも無理はない。ただマリア。お前には良い遺伝子を持った男と立派な男の子を生んで貰わなければならない。もうお前も中学生だろ。そのくらいは理解しなさい」
(何を理解しろって言うの? そんなこと全く……)
「今日、その相手もここに来ている。下秀君、入って」
(え?)
沙羅は書斎のもうひとつのドアが開かれるのを黙って見つめた。
「や、やあ、マリアちゃん……」
そこには少し年上であろうニキビ面をした暗そうな小太りの男が立っていた。その横には母親らしき化粧の濃い中年の女も立っている。重蔵が言う。
「綾小路家の下秀君だ。大変頭が良くてね、家柄も素晴らしい」
(誰、この人……)
マリアは震える体にぎゅっと力を入れ我慢する。下秀が母親に言う。
「ねえ、ママ。あの子がボクのお嫁さんになる子なの?」
母親が気味が悪いほどの笑顔になって答える。
「そ~よ、シモちゃん。あの子が生涯あなたの世話をする女ですわよ」
(なに言ってるの、あなた達……)
マリアの心はあまりにも突然の話に壊れ始めていた。重蔵が言う。
「まあ、初めて会ったばかりだから戸惑うかもしれないが、ゆっくり時間をかけて仲良くなってお互いを知り、そしてたくさん子を産んで欲しい」
「いやですわ、御坂さんったら。シモちゃん、そんなに頑張れるかしら~?」
綾小路家より格上の御坂家。そこの令嬢との結婚話に母親も上機嫌である。あまりにもくだらない話にマリアの感覚がマヒし始める。そして理解した。
――わたくしは、どうでもいい子なのですね。
大好きだった両親が急に何かの汚物に見え始めた。
突然現れた訳の分からない親子が怪物に見え始めた。
マリアの中で何かが切れた。
「ふざけないでっ!!!!」
ドン!!!
「きゃあ!!」
突然立ち上がり大声を出したマリアが、目の前に置かれたテーブルを足蹴りにした。驚いた両親や綾小路家のふたりが声を上げる。マリアが大声で言う。
「わたくしは、認めない!!!!」
そう言い残すとひとりドアから出て行く。
「マリア!!」
重蔵が大声で呼び止めたが、マリアは返事もせずに消えていった。
後日、綾小路家から許嫁の断りの連絡が御坂家に入った。
この日を境にマリアが一変する。
綺麗な黒髪だった彼女の頭髪はまるで燃える炎のような赤に染まり、お淑やかだった性格は自分の欲求を隠すことなく放つ悪女のような性格と変貌した。
そして中学生ながら気になった男に声をかけ毎晩遊び歩くようになる。驚いた両親が厳しく注意するも、それ以上の言葉で反抗し何日も家に帰らない日が続いた。予想以上のマリアの憎悪に、結局両親が根負けした。
純粋で親を信頼していたからこそ、マリアの絶望は大きかった。
(わたくしの相手はわたくしで見つけますわ!!! 絶対、両親が連れてこられないような頭のいい男性。そして何より……)
――わたくしが好きになった男性を見つけるわ!!!
「お嬢様、間もなく会場に到着致します」
「そう、ありがとう。爺」
両親とほとんど会話をしなくなったマリア。
そんな彼女の唯一と言っていい話し相手が執事として彼女が幼い頃から仕えている初老の男であった。
彼はマリアがどれだけ男遊びをしようとも呼べばすぐに迎えに来てくれた。幼い頃は当たり前だと思っていた存在だが、大きくなればなるほど自分にとって有難い存在であることに気付く。
「では、お気をつけて」
「ええ、ありがと」
マリアは雪平グループの新会社設立パーティーに、海外出張で不在の父重蔵の代わりに呼ばれていた。
(お金持ちの集まる場所なんて、つまらないわ……)
散々お金持ちのボンボンと遊んで来たマリア。ただ彼らを知れば知るほど、その無能さが目立つようになる。所詮温室育ちの男たち。マリアが求める力強さも、貪欲さも、そして頭の良さもなかった。
「新会社社長に就任予定の三井孝彦さんです!!」
マリアの目に新しく社長になる三井の姿が映る。
(あら、頭の良さそうなお方だわ……)
マリアの足が自然と三井の方へと向かう。
しかし彼女はまだ気付いていなかった。その歩き出した先にはそんな社長ではなく、もっと別の男性がいると言うことを。
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