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82.想い人は、誰ですか?

 沙羅は悩んでいた。


 大好きな『こーくん』に会いたいのは変わりない。むしろ前よりももっと会いたいと思っている。ただ同時に、もうひとり気になる男性が自分の中にいることに気付いてしまった。



 ――城崎幸太郎


 沙羅はまっさらなノートにその名前を書いてみる。そしてその名前をじっと見つめてから思う。



(幸太郎が『こーくん』だったら、いいな……)


 一途だと思っていた自分が、どうしてふたりの男性を気にしているのか。自分自身が理解できない沙羅が考える。



(でも、何となく似ている点もあるような……、そうだわ!)


 沙羅は悪いと思いつつ()()をかけてみようと思った。




『こーくん、こーくん。起きてる?』


 沙羅はいつも通り夜を待って『こーくん』にメッセージを送った。


『起きてるよ、サラりん!』


 そしていつも通りに返事が返って来る。沙羅が書き込む。



『こーくん、こーくん、あのブレスレットの件だけどね』


 この時の幸太郎は斗真とはるかの件で心がすり減っており、()()な判断ができなかった。



『ブレスレットがどうしたの?』


 沙羅はあれから父重定に聞いたマリアのブレスレットの話を思い出す。



『あのブレスレットって雑貨屋で売っていた既製品なんだって』


『え! そうだったの? それは()も安心したろうね!』


 幸太郎は回らぬ頭で辛うじて『こーくん』を演じたつもりで返信した。しかしその言葉を受け取った沙羅の心臓は激しく鼓動した。



(どうして、どうして『こーくん』がまだ知らないはずのブレスレットのことを知ってるの……?)


 この話自体、沙羅ですら晩餐会でのマリアの突拍子な行動で知ったばかり。むろん『こーくん』には話していない。



『そうなのよ! あの女の人、一体何を考えているんだろうね!!』


 沙羅も冷静を装い返事をする。幸太郎が書き込む。



『ダンスは楽しめた?』


『うん、楽しかったよ! でも本当はこーくんと踊りたかったよ~』



(誰なの、あなたは?)



『そうだね、俺もそう思うよ』


(私と会話しているあなたは、一体誰?)



『本当はすぐにでもこーくんに会いたいんだけどなあ。また面白い話あったら教えるね』


『そうだね。また話聞かせてね』



 沙羅は初めてだろう()()()()メッセージのやり取りを終えた。


 激しく律動する心臓。

 スマホを握る手に流れる汗。

 乱れる呼吸。

 混乱する頭。


 沙羅は電源を切ったスマホを見つめながら自分自身に言い聞かせた。



(聞かなきゃ。直接、あいつに聞かなきゃ……)


 沙羅はテーブルの上に置かれたカレンダーを見て、次幸太郎がやって来る『バイ友』の金曜日に丸を付けた。






「先生、先生!!」


 幸太郎はひとりになるのが嫌だった。

 木曜の夕方、家庭教師のために胡桃の家へ訪れる電車でひとりになることすら、怖かった。



「先生、聞いてください!! 私ね、また50位に入ったよ!!!」


 顔を赤くして手を上げて喜ぶ胡桃。手には38位という数字が書かれた成績表を持っている。幸太郎が言う。



「凄いじゃん、胡桃ちゃん!! やればできるぅ!!」


 幸太郎も大袈裟に喜ぶ。そして言う。



「何かご褒美をあげなきゃね!」


「え?」


 その言葉に固まる胡桃。幸太郎はそれを見て何か失言したのかと同じく固まる。



「先生、もしかして、忘れちゃったんですか……」



(え、なんだなんだ……、テストでいい成績取ったら、ええっと、確か……)



「デート……?」


 胡桃の顔がぱっと明るくなる。



「そうですよ、デート。ビーチデートだよ、やった!!!」



(あ、そうだった……)


 幸太郎の頭の中では前回のデートの記憶しかなかった。間一髪で地雷を避けられた幸太郎が胡桃に言う。



「本当によく頑張ったね。偉いぞ」


「うん、先生。なでなでして」



「え?」


 満面の笑みで幸太郎を見つめる胡桃。親しい胡桃とは言え、基本陰キャの幸太郎には美少女である胡桃に触れることに抵抗がある。



「あ、お、俺は先生だから……」


「いいから!」


 そう言って胡桃は無理やり幸太郎の手を取り自分の頭に乗せる。



「いいこ、いいこ」


 胡桃はそれを自分で動かし、自分で言う。幸太郎も思わず苦笑する。




「ねえ、先生。ひとつ聞いてもいいですか?」


「ん、なに?」


 幸太郎は胡桃の母親が持ってきてくれたオレンジジュースに手を伸ばして返事をする。



「先生は、ビキニは好きですか?」



「ぶーーっ!!」


 飲みかけていたオレンジジュースを吐き出すところだった。幸太郎が言う。


「な、なに? 突然……」


「え? 何って、ビーチデートに着て行くのはやっぱりビキニが良いかなって思って……」


 幸太郎は目の前にいる胡桃のビキニ姿を思わず想像する。胡桃が笑って言う。



「あー、先生、顔が赤くなった! 可愛い!!」


 火照った顔に思わず手を当てる幸太郎。


「こ、こら! ちゃんと勉強を……」



「聞きたかったのはそれじゃないんです……、先生……」


 胡桃がちょっと真面目な顔で小さく言った。



「え、なに……、どうしたの……?」


 少し焦る幸太郎。いつもの明るい胡桃とは様子が違う。胡桃が真剣な顔で言う。



「先生は、はるかさんのことが好きなんですか?」



「えええええっ!?」


 突然の言葉に動揺する幸太郎。



「な、何を急に!? そんな訳……」


「隠さないでください。分かるんです」


「胡桃ちゃん……」


 胡桃の顔は真剣だが、どこか悲しげな表情となる。



「ファミレスでバイトを始めて、先生やはるかさんと一緒に仕事をしてすぐに分かったんです。先生の想っている人が誰なのか」


「……」


 無言になる幸太郎。胡桃が言う。



「でも先生。はるかさんは、その、残念ですけど、先生のこと……」


「胡桃ちゃん」



「はい……」


 幸太郎が優しく言う。



「それ以上は言わなくてもいいよ。分かってる」


「先生……」


 幸太郎は胡桃のベッドの上に座って小さく頷いて言った。



「確かにね、はるかさんに憧れはあるよ。綺麗だし、何でもできるし」


「ええ……」



「でも、彼女の心の中にはずっと斗真さんがいるんだ」



「斗真さん……」


 胡桃も期間は長くないが斗真と一緒に働いている。幸太郎が言う。



「入院中の斗真さんを気遣って何度もお見舞いにも行っている。今の斗真さんにははるかさんが必要だし、はるかさんにも斗真さんが必要なんだと思う」


「先生……」


 幸太郎が胡桃に言う。



「だから俺はそれを応援するよ。心から」


 その顔にはもう迷いはなかった。言葉通り心からの気持ちである。胡桃が言う。



「じゃあ先生。もうひとつ教えてください」


「今日は多いなあ。なに?」



「今、先生の心の中には、誰がいますか?」



(え!?)


 それは予想していなかった質問。ただすぐに思う。



「それは分からない。今はまだ考えられないかな」


 胡桃が頷いて言う。


「良かった。それが聞けただけでも十分です!!」


「胡桃ちゃん……」


 幸太郎は胡桃の屈託のない笑顔に少し救われた気持ちになる。胡桃がベッドに腰かける幸太郎の隣に体を密着させるように座る。



「ちょ、ちょっと胡桃ちゃん!?」


 焦る幸太郎に胡桃が言う。



「じゃあ、とりあえず今日の先生の心は、私のビキニでいっぱいにしてくださいね!!」


 そう言って胡桃は、手にしたスマホで事前に選んでいたのであろう可愛らしいたくさんのビキニ写真を幸太郎に見せて笑った。

お読み頂きありがとうございます!!

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