81.届かなくていい思いと、届いて欲しい思い。
幸太郎はファミレスの制服から私服に着替え、外で待っているはるかと一緒に近くの喫茶店へと入った。
チェーン店のお洒落なカフェ。木材をふんだんに使った落ち着ける雰囲気で話をするにはちょうど良い。窓際の席に座ったはるかが幸太郎に言う。
「コーヒーにしようかな。幸太郎君は?」
「あ、同じのでいいです」
やって来た店員にはるかが注文し、置かれたお手拭きを手に取る。はるかが尋ねる。
「胡桃ちゃんとは進んでるの?」
「え?」
進んではいない。未だはるかは勘違いをしているが、胡桃とは付き合ってはいない。それよりもどちらかと言えば最近は沙羅との関係が進んでいるような気がする。
「胡桃ちゃんは、友達です……」
「はあ、幸太郎君は本当に仕方がないよね……」
はるかがお手拭きをテーブルに置いて言う。
「まあ、ふたりのことだから私は見守るけど、胡桃ちゃん泣かせちゃだめだぞ」
「はあ……」
やはり自分は対象外。
その言葉を聞く度に幸太郎の心が少しずつ何かで削られて行くようだ。
「それで、どうしたんですか? 今日は」
幸太郎は話題を変えるためにはるかに聞き返す。
「うん、幸太郎君は斗真さんと仲が良かったよね……」
(やっぱり、その話題だよね……)
ある程度予想していたこと。それでもやはりその話になると胸が苦しくなる。
「仲が良いって程じゃないですけど……」
客観的に見てバイトの先輩と後輩。稀にみんなで遊びに行った程度である。幸太郎が尋ねる。
「今、容態はどうなんですか? もう退院はできそうなんですか?」
「お待たせしました。コーヒーです」
ウェイトレスがふたりのコーヒーを運んできた。はるかがお礼をってコーヒーを受け取る。ウェイトレスが立ち去るのを見てから答えた。
「うん、退院はもうすぐかな。その後すぐに整形の病院に移るの」
「整形?」
「ええ、斗真さん、顔に大怪我負っちゃったでしょ? だから少しでも前の顔に戻すためにまた入院するの」
「そうですか……」
幸太郎自身、事故後の斗真の顔は見ていない。そもそも斗真がはるかと一部の家族以外の面接を拒絶しているからだ。はるかが暗い顔をして言う。
「斗真さんね、すごく顔の怪我のことを気にしていて、少し精神的に不安定になっているんだ……」
「そうですか……」
その話は前にはるかから聞いたことがある。イケメンだった斗真。それだけにその精神的なショックは理解できる。はるかがどこか一点をぼうっと見つめて言う。
「でね、私が話を聞いてあげなきゃって思って、何度かお見舞いに行っているんだけど……、時々辛いこと言われちゃって。私、どうしていいのかって、考えちゃってさ……」
幸太郎は彼女の目が少し赤くなっていることに気付いた。はるかが言う。
「幸太郎君、斗真さんと仲良かったから聞くんだけど、私、どうしたらいいと思う……?」
(はるかさんはとても優しい。そして残酷だ。そんな質問俺にしないで欲しい。俺の気持ちなんて全く知らないんだろうな……)
「そのままでいいと思います。きっといつか斗真さんも分かってくれるはずです」
どこまで本気で言っているのか自分自身でも分からない。
「そうかな。このままでいいのかな……」
(俺がアドバイスをすればするほど、自分の首を絞めることになる。でも、もしかしたら斗真さんとの距離が離れてしまっている今ならこっちに引き寄せたりできちゃうのかな。ねえ、はるかさん……)
「ん? どうしたの、幸太郎君?」
そのまま黙り込む幸太郎を見てはるかが言う。幸太郎が言う。
「はるかさん……、あの、俺……」
「ん? なに?」
幸太郎の瞳にはるかの真っすぐな視線が映る。
「俺……、応援してます。斗真さんもきっと分かってくれると思います……」
はるかの顔が明るくなる。
「うん、ありがとう。私も応援しているよ、幸太郎君のこと!」
――これでいいんだ、これで。
苦しんでいるはるかにこれ以上つまらぬ悩みを増やしたくない。彼女が笑顔で、幸せならば自分はそれでいい。
幸太郎は立ち上がるとテーブルに置かれた会計の紙を持って言う。
「ここは俺が払います」
はるかが慌てて立ち上がり幸太郎に言う。
「え? いいよ、私が誘ったんだから!」
幸太郎は首を振りながらはるかに言う。
「いいですよ、俺が払います。男ですから」
なぜそんなことを言ったのか幸太郎自身よく分からない。男として見て貰いたかったのか。あるいは小さな足搔きをしたかったのかも知れない。
幸太郎は不思議な顔をして自分を見つめるはるかに少しだけ笑顔で応えた。
はるかと別れた幸太郎は、一直線にそこへ向かった。
面会拒絶と聞いていたが、もうそんなことはどうでもいい。叱られようが、怒鳴られようがもう自分自身を抑えきれない。幸太郎ははるかからそれとなく聞いていたその部屋へ一直線に向かう。そしてドアを開けて大声で言った。
「斗真さん!!!」
「え?」
ベッドの上で窓から外を見ていた斗真が突然の来客に驚く。
顔に大きなマスクをしていただけの斗真が慌てて机にあったサングラス、そしてニット帽をかぶる。そしてドアに現れた幸太郎を見て大声で言う。
「幸太郎!! なんで勝手に来てんだ!!」
幸太郎はドアをゆっくり閉め、斗真が寝ているベッドの近くまで行き言う。
「勝手に来てすみません。でも、これだけは言わせてください」
幸太郎と斗真の間に張りつめた空気が流れる。斗真はその口から出る言葉を息をのんで聞いた。
「はるかさんを、もっと大切にしてください」
「幸太郎……」
体が震えていた。
勝手なことをして、余計なことをして、これはこれまで築いてきた関係を壊すような行為。こんなことをしてはるかが喜ぶとも限らない。
でももう限界だった。
悲しむはるかを前に、ただ聞いているだけ、ただ見ているだけの自分が嫌だった。
「なに言ってるんだよ、幸太郎……」
よく意味の分からない斗真が幸太郎に言う。幸太郎が答える。
「はるかさんは、斗真さんのことを本当に心配していて、心から思っていて、上手くできないと悲しんで……」
(幸太郎……)
斗真は自分の前で話す幸太郎の目から涙が流れていることに気付いた。
「そんなはるかさんを、これ以上悲しませないでください。お願いします……」
幸太郎はそう言って大きく頭を下げた。じっと聞いていた斗真が幸太郎に尋ねる。
「なあ、幸太郎」
「……はい」
「お前、さっき俺の顔、半分見たろ? どう思った?」
少し考えてから幸太郎が答える。
「斗真さんだと思いました」
斗真が笑って言う。
「同じこと言うんだな、お前ら」
「同じ……?」
意味が分からない幸太郎が首をひねる。斗真が言う。
「俺は、もう死んだ人間なんだ……」
「生きてます!!」
「え?」
幸太郎が目を真っ赤にして言う。
「斗真さんは生きています!! 生きているんです!! あなたが生きているだけで元気になれる人がいるんです!!! あなただけがあの人を笑顔に出来るんです!!」
「幸太郎……」
幸太郎はシャツの袖で涙を拭くと、再び大きく頭を下げて大声で言った。
「生意気なこと言ってすみませんでした!!! あと、あと……」
斗真はサングラスを外して幸太郎を見つめる。
「はるかさんを、よろしくお願いします!!!!」
そう言うと幸太郎は勢いよく部屋を出て行った。
「ううっ、う、ううっ……」
病院の中庭。木々が茂る静かな場所で、幸太郎はひとり地面に座り声を殺して決別の涙を流した。
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