80.友達から?
雪平家の晩餐会。
沙羅と幸太郎がダンスを踊っていた頃、御坂マリアは会の主催者である雪平重定に別室へ連れられて来ていた。
下を向いて目の焦点が合わなくなっているマリア。重定は優しく彼女に言った。
「マリアちゃんも知らない間に本当に魅力的な女性になったね」
重定はマリアが来ている色っぽい真っ赤なロリータドレスを見て微笑む。
「……」
無言のマリア。重定が言う。
「私ももう少し若ければマリアちゃんを口説いていたかもしれないな。はははっ」
「ごめんなさい、おじ様……」
下を向いたマリアが目を赤くして言った。
「わたくし、沙羅さんを……」
「勘違いはしないでほしい、マリアちゃん」
「え?」
重定の言葉にマリアが顔を上げる。
「君が幸太郎君を奪うことについて私は何とも思わない。普通の方法でならね」
黙るマリア。重定が言う。
「まあ、今日のダンスで幸太郎君と踊るのはちょっと厳しいとは思っていたよ。どうしてか分かる?」
黙って首を少し左右に振るマリア。
「真面目な幸太郎君だ。ペアとして一緒に来た沙羅を置いて他の女性と踊るなんてことは絶対にしない。例え脅迫されたとしても」
口に力を入れ再び下を向くマリア。重定がテーブルに置かれた『ヒビの入ったブレスレット』を手にして言う。
「マリアちゃんが正々堂々と幸太郎君を奪うなら私は何も言わない。それは男女で起こりうる自然な恋愛ごと。逆に沙羅にもそう言った話が起きたと喜ばしいぐらいだ。……でもこれは良くない」
重定がブレスレットのヒビを見てマリアに尋ねる。
「このブレスレットは幾らしたのかな?」
「それは……」
マリアが幸太郎を嵌めるために用意したブレスレット。実は街の雑貨屋で買ったありふれた既製品。重定が言う。
「この品は私が弁償しよう。その上で言うね」
マリアが再び顔を上げて重定を見つめる。
「恋愛は自由。大いにやってくれ。ただし……」
重定は少し笑ってマリアに言う。
「ひとりの親として私は沙羅を応援する。マリアちゃんも頑張れ」
マリアは目を赤くしてその言葉に頷いた。
「ううっ、うっ、うえーーーん……」
マリアは晩餐会からの帰りの車の中で声を上げて泣いていた。
「うううっ、うえーーん、うう……」
気が強く少々強引なマリア。男好きで高一と言う若さながら結構な数の男を落とした半面、振られたことも多い。しかし今回の幸太郎については全くの予想外であった。
下調べもしっかりと行い、幸太郎、そして沙羅の弱点も掴み、逃げられないようにして仕留めにかかった。でも、
(まったくと言っていいほど、わたくしの方を見て頂けませんでした……)
幸太郎のことを自分より格下、そしてお金と言う弱みも掴んでいたのですぐにでも落とせるものだと思っていた。
しかしまったくブレることなく自分の道を行く幸太郎。これまでの男は自分の地位や財力、容姿や色気など必ず何かに釣られる要素があったのに彼にはそれが全くない。
(これ以上、どうすればよろしいの……?)
「うううっ、うう……」
「お嬢様」
後部座席で涙を流すマリアに運転している執事が声を掛けた。
「なに……?」
涙声のマリアが答える。執事が前を向いて言う。
「僭越ながらひとつアドバイスがございます」
「アド、バイス……?」
「はい。お嬢様の真っすぐな性格は尊きものではございますが、時に少し跳躍し過ぎることもございます」
「どういうこと……?」
マリアが手にした赤いハンカチで涙を拭きながら尋ねる。
「幸太郎さんとはまず、お友達と言う関係から始めて見てはいかがでしょうか」
「お友達?」
「ええ、幸太郎さんの真面目な性格からしていきなりお付き合いと言うのはやや現実的ではございません。お金や御坂家と言うブランドをもってしても彼は動かないでしょう」
黙って聞くマリア。
「ましてや不条理なことに対しては、その何倍もの努力で立ち向かうような青年に思います」
マリアは高額なブレスレットを当てなどないはずなのに『弁償する』と皆の前で言い放った幸太郎の言葉を思い出す。マリアが小さく言う。
「友達……」
「はい。真面目な幸太郎さんだからこそ、正攻法でゆっくり行かれるのが最も良いかと」
幼き頃からマリアを見てきた執事だからこそ最も彼女をよく知っていた。よく一緒に車に乗せていたので彼女の交友関係の広さ、男遊びも分かっている。
だが生粋の庶民である幸太郎はこれまでにいない相手。名家の息子やどこかの御曹司。そんな人たちとは全く違う人間である。
「そうなの、分かったわ。爺、ありがと」
「いえ、出過ぎた真似を致しました」
マリアは全く自分に興味を示さない幸太郎、そして沙羅の存在が自分の心に火をつけたことを感じる。
(幸太郎さん、わたくしは諦めませんわよ!!)
マリアは最後に流れた涙を赤いハンカチでふき取ると、綺麗な都会のネオンを窓から眺めた。
『ねえ、こーくん』
沙羅は深夜こーくんにメッセージを送った。
『どうしたの、サラりん?』
久し振りのメッセージ。幸太郎はやや緊張して返事を返す。
『うん、あのね。あいつと、あの男と、サラりん。友達になったんだ……』
沙羅は緊張して返事を待つ。こーくんに嫌われたらどうしよう。でも嘘はつきたくない。スマホの画面を見つめる。
『そうか、それは良かったね! 信頼できる友達ができたことを嬉しく思うよ!!』
それを読んだ沙羅が安心する。
『ねえ、こーくん』
『なに?』
『友達って何をすればいいのかな?』
意外な質問に幸太郎が驚く。
『特別何もしなくてもいいよ。でももし困っていたり、助けを求めている様だったら手を差し伸べてあげたらいいんじゃない』
『なるほどね。友達って、やっぱり特別なのかな? サラりん、友達全然いなくて分からないの……』
自分もいないけどな、と思いつつ幸太郎が答える。
『そうだね、特別かな』
『特別なんだ。分かった、ありがとう、こーくん!!』
幸太郎は少しだけ沙羅が嬉しそうにしていることに何となく気付いた。
「お疲れさまでした!」
「お疲れ!」
土曜のお昼過ぎ、午前中でファミレスのバイトを上がる幸太郎にはるかが声を掛けた。
「幸太郎君」
「あ、はるかさん」
バイトチーフとして斗真の穴をしっかり埋め必死に頑張っているはるか。その頑張りは認めるが最近少し瘦せてきたような気がする。はるかが言う。
「ねえ、バイト上がりでしょ?」
「ええ」
午後は帰って勉強をする。幸太郎は既に決めていることだ。
「私も今日はこれで上りなんだけどさ、ちょっと時間ある?」
「え? 時間?」
はるかは被っていた帽子をとり、綺麗な黒髪をほどいてそれをとかしながら言う。
「ちょっとだけ、うん。ちょっとだけ話を聞いて欲しいなあって思って」
(綺麗……)
そんなはるかの何気ない仕草のひとつひとつが幸太郎の心に突き刺さる。はるかが笑って言う。
「いいかな?」
「あ、はい! もちろん」
勉強などまた後でもできる。はるかに誘われては決して断ることなどできない幸太郎はそう自分に言い聞かせた。
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