8.幸太郎、ついに気付く!!
(すげえ、本当にすげえバイトだ!!)
幸太郎は沙羅との『バイ友』初日を終え渡された高額のバイト料を思い出し、興奮しながら電車の外の景色を眺める。外は既に真っ暗。家々に点いた明かりが流星の如く右から左へと流れていく。
(そうだ、帰りにあそこへ寄って行こう!!)
幸太郎は最寄りの駅を降りると、駅前のファストファッションの店へと入る。そして一直線にレディース売り場へと向かい、並べられた夏物新作を見つめる。
「えーと、あった!!」
幸太郎は一着の可愛らしい花柄のワンピースを見て声を上げた。
それはちょっと前に家族でショッピングセンターを歩いていた時に、妹の奈々がじっと欲しそうに見つめていた服。幸太郎は奈々に合いそうなサイズを手にするとすぐにレジへと向かった。
(5,800円か。ちょっと高い買い物だったけど、これであいつが喜んでくれるならそれで十分。それでもまだ4,000円以上残る。久し振りに三人で外食とかできるじゃん!!)
幸太郎は嬉しくなり急ぎ家へと帰る。
そして家に居た奈々に買ったばかりのワンピースをプレゼントする。
「え?」
きょとんとする奈々。手にしたワンピースを見つめて固まっている。
「今日のバイト、結構時給よくってさ。プレゼント。いつも家事とかやってくれてありがとう」
「うそ……」
服を持ったまま奈々の目が赤くなっていく。
「サイズ合わなかったら言ってくれよな。レシートあるから交換して来てやる」
「ううっ、お兄ちゃん……、ありがとう、お兄ちゃん!!」
奈々はそう言うと目の前にいた幸太郎に抱き着いてお礼を言う。
「わわっ、や、やめろ、奈々っ!!」
「だって嬉しんだもん!!!」
幸太郎は柔らかくしなやかな女の体に育った妹奈々の抱擁に戸惑う。
「わ、分かったから離れろ!」
「あら、今度は母さんにも何か買って来てよね」
ようやく幸太郎から離れて座り直した奈々と、洗い物を終えてこちらにやって来た母親に幸太郎が言う。
「母さんはまた今度ね。それより久しぶりに週末は三人で外に何か食べに行かない? ファミレスぐらいなら俺払えるから!」
「まあ、大丈夫なの?」
「ああ、バイト頑張ったから!」
「やったー! ハンバーガー食べたいな!!」
「いいよ、何でも」
随分久しぶりの外食。ずっと家で質素な生活を続けてきた城崎家にとっては、豪華でなくとも皆で食べる外食は想像するだけでわくわくする。
幸太郎は『バイ友』を変わったバイトだと思いつつも、やはりその時給の高さに改めて感謝する。
(ほんの少しのお金で人は幸せになれる。でも必ずしも皆が幸せになるって事はないんだよな……)
幸太郎はさっきまで一緒に居た沙羅のことを思い出す。
『気難しい子』
周りからそう言われる沙羅。
でも実際会ってみて決してそんな子ではなかった。
(何だろう。意外と波長は合ったりするかもしれない。それに不思議と初めて会った気がしない……)
幸太郎は目の前で喜ぶ奈々と、無表情で話す沙羅の顔を浮かべて思った。
食事を終え風呂を浴び、夜の勉強を始めた幸太郎は、スマホに届いていた『サラりん』からの数件のメッセージに気付いた。
(あ、やべっ! スマホずっとカバンの中に入れていたから気付かなかった!!)
得意なスマホで返事を書こうと一瞬思ったが、やはり幸太郎は時間が掛かってもPCの方がいいと思い急ぎ電源を入れる。そして立て続けに送られていたメッセージを見つめた。
『ねえ、こーくん、聞いて!!』
『こーくん、またバイトなのかな? あのね、今日、またあの知らない男がやって来たの!!』
『なんかサラりんの部屋にずかずかと入って来るし、全然言うこと聞かないし、意味分からないことずっと言ってるし、もお~、どうしよう!?』
『ごめんね、こーくん。こーくん以外の男の人を部屋に入れちゃった。でもこれパパの命令だから仕方ないの。お仕事みたいなものだし……』
『ねえ、こーくん、聞いてる? またバイトなのかな?? これに気付いたら教えてね♡』
幸太郎はそれを読みすぐに返事をしなければならないと思いつつ、指が動かなかった。
(知らない男が部屋に? パパの命令? お仕事みたいなもの……?)
鈍感な幸太郎でもさすがにその状況を想像し感ずるものがあった。
――まるでさっきまでの俺じゃん
ほとんど面識のない男。
部屋にずかずかと入る男。
重定の命令。
お仕事のようなもの。
椅子に座りながらまるで宙に浮いているような感覚になる幸太郎。体の感覚がない。じわっと滲み出る汗。幸太郎は頭の中を整理し、そして慎重にメッセージを書き込んだ。
『サラりん、起きてる?』
しばらく経ってから返事が届く。
『こーくん、来たああ!! バイトだったの?』
『うん、ごめんね。返事が遅くなって』
『いいよ、こうやって返事してくれるだけでサラりん、嬉しい!』
幸太郎は言葉を選びつつサラりんに尋ねる。
『ねえ、今日来たその知らない男ってさあ、何の為に部屋に来たの? 仕事?』
『あれ~、こーくん、もしかして気になるの? 気になるのかな~? それってヤキモチ??』
戸惑いつつも幸太郎が答える。
『うん、すごく気になっててさ。で、どうなのかな??』
『うーん、仕事って言うか、簡単に言っちゃえば友達になりにきたんだって』
(マジか……)
幸太郎の頭の中でその積み上げられてきたレンガがどんどんと完成へと近づく。言葉を選んで質問する。
『ねえ、サラりん。もし教えてくれるのなら、その人の名前って分かるかな?』
『名前? もしかしてこーくんがその男を見つけて断ってくれるの?』
焦る幸太郎。すぐに返す。
『ううん、そんなことはできないけど。俺、サラりんのことは何でも知りたいし』
『きゃは! 嬉しいー!! えーとね、名前は確か……』
幸太郎がPCの画面を見つめる。
『コータロウとか言ったかな?』
画面を見て固まる幸太郎。
そして心の中で叫ぶ。
(俺じゃあああああああん!! 俺、俺!! ええっ!? 『サラりん』って、雪平沙羅だったのか!!!!????)
幸太郎はあまりにも衝撃的な事実に体が固まる。
そして積み上げられたレンガの最後のピースがそこに綺麗にはめられたことを感じた。
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