79.妹のポロリってそりゃ教育的にアウト……、だよね?
『ねえ、こーくん』
『なに? サラりん』
深夜勉強をしながら幸太郎は『サラりん』からのメッセージに答える。
『こーくんはさあ、サラりんのこと、好き?』
『もちろんだよ』
そう返事をしつつ幸太郎はいつもと何となく様子が違うことに気付く。
『本当に? どのくらい?』
『えーと、このくらい』
『このくらいって、どのくらい?』
『今、両手を思い切り広げてるんだよ』
『そっか、嬉しいよ。ねえ、こーくん……』
幸太郎が次の言葉に少し緊張する。
『こーくん。サラりん、会いたいよ……』
『俺もそう思ってるよ』
『こーくんってさあ、本当はサラりんの近くにいるんでしょ?』
(え!?)
幸太郎の心臓が一瞬激しく鼓動する。
『どうしてそう思うの?』
『それはねえ、……サラりんの希望的妄想!!』
幸太郎の心臓の動きが正常に戻る。ゆっくり返事を書き込む。
『本当は近くにいるんだよ~』
『そうだよね!! 嬉しいっ!!』
『うん!!』
しばらくの沈黙。沙羅はこんな幸せな時間がずっと続けばいいと思った。
『こーくん』
『なに?』
『いつか会えるよね?』
幸太郎のPCを叩く手が止まる。
(ごめん、沙羅。もう出会ってるんだ。でも、俺が情けない男だから……)
『ああ、きっと会える』
幸太郎の心の中でいつか『こーくん』として彼女に会いたいという気持ちが、この時初めて芽生えた。
「斗真さん……?」
はるかは病院のベッドの上で上半身を起こして座る斗真に声をかけた。
「……」
無言。返事がない。
「ごめんなさい。最近すごく忙しくてあまりお見舞いに……」
「やっぱりお前もそうだったんだな!!」
「え?」
はるかは最近大学の試験や、夏休みに入り忙しくなったバイト、田舎への帰省などの準備であまり斗真の見舞いに来れなかったことを反省していた。斗真が続けて言う。
「お前もやっぱり他の奴らと同じで、俺を憐れんであんなことを言ったんだろ!!」
「あんなこと? 違うわ、斗真さん!!」
斗真は相変わらず大きなマスクにサングラスを付けた顔ではるかを睨む。
「嘘をつけ!! お前は偽善者だ!! 偽善だ、偽善!!!」
「そんなことない!! 斗真さん、本当に私は……」
泣きそうな顔で訴えるはるかに斗真は机にあったリンゴを掴み投げつけた。
ドン!!
「きゃ!!」
リンゴは壁に当たり変形してそのまま床に転がった。
「斗真さん……」
はるかの頬に涙が流れる。
「出て行け!!! もう来るな!!!」
「う、ううっ……」
はるかは口を押さえながら斗真の病室を出る。
(誰も、誰も俺のことなんて理解できない。俺は、もういなくてもいい存在なんだ!!!)
斗真は手元にある何十回、何百回も自分の顔を映した手鏡を握りしめて涙を流した。
「ううっ、うう……」
はるかが口に手を当てながら病院から走り出る。ここ最近多忙で会っていなかったのだが、それ以前から斗真ははるかに対してきつく当たるようになっていた。時には心無い言葉も投げかけられる。それでもはるかは思う。
(私だけ、私だけ面会を許可してくれている。私が力になってあげなきゃ。私が傍にいてあげなきゃ……)
はるかは立ち止まり振り返って斗真のいる病院を見つめた。
「城崎幸太郎、入って」
「はい」
夏休み前の期末試験を終え、今季最後の進路相談に臨んだ幸太郎が担任に呼ばれて教室へと入る。静まり返った教室。その静かさとは裏腹に、幸太郎の心臓は強く脈打ち極度の緊張に包まれていた。
「えーっと……」
担任が幸太郎の書類を見つめる。そして言った。
「光陽大への推薦入学、特待生が第一希望だったね」
「はい」
担任が資料を一度見て幸太郎に言う。
「期末試験が学年9位。うーん、悪くはないけど、微妙かな」
「……はい」
中間試験よりは順位が上がり、再びトップ10に返り咲いた。それでも狭き門である光陽大の特待生になれるかは分からない。担任が言う。
「狙えないことはないな。でも、難しい。基本毎回5位には入らないと厳しいぞ」
「5位……」
それは苦しい家のため、幾つものバイトを掛け持ちして働いている幸太郎にはかなり厳しい順位だった。それ程体が強くない母も複数のパートを掛け持ちして働いている。バイトを減らすことはできない。担任が言う。
「まあ、特待生にならなくても、城崎なら一般で十分合格ラインにいると思うぞ。もしお金の心配があるというなら奨学金だって利用できる。学びは続けて欲しい」
「はい……」
奨学金ではだめだ。それは借金。母親は幸太郎たちには一切話さないが、家には間違いなく借金がある。何が原因かは分からない。ただ自分がその借金を増やすことなど絶対にしたくない。
「夏休みが勝負の時だ。受験はまだ先だって思ってると必ずつまずく。城崎、頑張れ。応援しているぞ」
「はい、ありがとうございます」
幸太郎は担任に頭を下げて感謝の意を伝えて教室を出た。
(夏休みが勝負。それは分かってる。だから、俺は……)
幸太郎はその夜、妹の奈々がお風呂に入ったのを見て母親に進路の話をした。母親は目に涙をためて幸太郎に言う。
「ごめんね、幸太郎。お前にそんな心配かけて」
「いいだよ、母さん。俺が全力で特待生取りに行くから!!」
母親はこぼれる涙をハンカチで拭きながら幸太郎に言う。
「幸太郎」
「うん」
「それでもね、もし一般でしか入れないようだったとしても、学費の心配はしなくていいから」
「母さん……?」
驚く幸太郎に母親が言う。
「どれだけお金が掛かろうともお前の好きな大学に入れてあげる。心配しなくていいよ。一生懸命勉強しなさい」
「……母さん」
思わず幸太郎の目頭も熱くなる。母親が言う。
「それでさっきのその夏休みの件、お前が望むなら止はしないけど、奈々にも内緒で行くのかい?」
幸太郎は少し寂しそうな顔をして答える。
「うん、やはり誰にも邪魔されたくないから」
「そうかい。分かったよ。私も秘密にしておくね」
「ありがとう、母さん」
幸太郎は母親に頭を下げる。
「お兄ちゃん!!! 何の話!?」
不意にドアが開かれ、バスタオル一枚巻いただけの奈々が現れる。その短いバスタオルからは大きく育った胸の谷間がはっきりと見え、太腿もほぼ全部見えている。
「な、奈々っ!! 何だよ、お前っ!!」
お風呂から出たての奈々。顔はピンク色に染まり、髪にも同様にタオルが巻かれている。奈々が言う。
「何か秘密話していたでしょ!! 奈々、分かるんだから!!」
「奈々、何ですか。その格好は。ちゃんと服を着なさい!」
さすがの母親もはしたない娘の姿に苦言を口にする。奈々が膨れっ面をして言う。
「絶対奈々に隠れて何か企んでる!! 奈々、分かるんだからね!!」
さすが鋭い妹。幸太郎が苦笑して言う。
「夏休みの海の話だよ。母さんとどこへ行くか相談していたんだ」
「……本当?」
突然の話に母親も苦笑いして言う。
「そうよ。あなたまた幸太郎と行きたんでしょ?」
「そうだよ!!」
「だったら許可するからまず服を着て来なさい」
母親の言葉に手を上げて応える奈々。
「はーい、了解です!! ……えっ!?」
奈々が手を上げた瞬間、体を巻いていた短いタオルの片側がずり落ちる。
「きゃあ!!!」
安いアパートに響く奈々の悲鳴。
「ぐわあああああっ!!!!」
ドン!!
思わず目を閉じ頭を床に叩きつける幸太郎。母親が呆れた顔で言う。
「馬鹿ねえ、だから言ったでしょ。早く服を着なさいって」
「うん……」
バスタオルを戻した奈々が床に頭を付けたままの幸太郎に尋ねる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「な、なんだ……」
幸太郎は目を閉じ頭を床につけ、必死に無の境地へと心を昇華させる。
「……見た?」
無の境地へと辿り着きそうだった幸太郎の魂が、一気に俗世へと転落する。
「み、見てない!!!」
奈々は幸太郎の耳や首筋が真っ赤になり、汗が噴き出しているのを見て笑って言う。
「お兄ちゃんなら……、見てもいいよ!!」
「奈々っ!!」
母親が大きな声で言う。
「きゃははっ、じゃあね~」
奈々はそのまま笑いながら部屋へと戻って行く。
(……今日は眠れそうにない)
幸太郎は俗世どころか、奈落の果てにまで落ちて行った自分の心を思いひとり涙した。
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