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77.雪平家の晩餐会【前編】

 7月に入った日曜の夕方、雪平重定主催の晩餐会が開催された。


 場所は五つ星ホテルの特別会場。華やかな雰囲気の会場であり、大きなガラス張りの壁からは美しいビル群の夜景、会場天井部には巨大なシャンデリアが輝く。テーブルには色とりどりの花やキャンドルが置かれ華やかな雰囲気を演出している。


 そしてこの晩餐会、毎年この時期に雪平グループの繁栄を願って開かれるものだが、参加者にとっては人脈作り、子息子女はより条件の良い結婚相手を探すなど様々な思惑が交差する場でもある。




「幸太郎君。よく似合うじゃないか」


 幸太郎は数日前、この日の為にわざわざオーダーメイドした落ち着いた銀色のスーツを恥ずかしそうに着て現れた。重定が通う高級スーツの店。何もかもが別世界の店に連れて行かれ、言われるがままスーツを仕立てた。



「ホントだよ、幸太郎君。可愛いじゃん!」


 重定の隣に立っていた娘の栞が幸太郎の蝶ネクタイをつまみながら笑って言う。

 栞は肩を大胆に出したタイトなパープルのドレス。すらっとした栞にとてもよく似合うドレスだ。隣には栞の大学の友人だと言うぱっとしない男が立つ。笑われた幸太郎が栞に言う。



「ちょ、ちょっと、止めてくださいよ。栞さん!」


 幸太郎は慣れない上に、動きづらい服装に先ほどから四苦八苦している。そんな幸太郎をにこにこと笑いながら見ていた重定がその隣にいる沙羅に言う。


「沙羅、幸太郎君はどうかね?」



(沙羅……、マジ、綺麗だな……)



 幸太郎は沙羅を見つめる。

 ドレスは青色のフィット&フレア型の可愛らしいタイプ。きゅっと締まった上半身、胸元から肩にかけてレースが入っており高校生の沙羅でも十分色っぽく見せてくれる。その上ひざ丈のスカートは、すそ広がりになっており可愛らしさも併せ持つ。



「ぷっ……」


 それまで無表情だった沙羅が幸太郎の蝶ネクタイ姿を見て、顔を横に向けて小さく笑った。それに気付いた幸太郎が沙羅に言う。



「おい、沙羅!! 今笑っただろ!! ぷっ、って何だ!!」


「わ、笑ってないわ。うぷぷっ……、そ、そんな、姿に、誰ぐがぁ……、うくくくっ……」


「笑ってるじゃねえか!! めっちゃ我慢してるだろ、お前っ!!」


 沙羅が粉雪のような真っ白い頬を赤く染めて笑いを堪える。それを微笑ましく見ていた重定が言う。



「さあ、食事の時間だ。席に着こうか」


「あ、はい」


 幸太郎たちがその声で指定された席に移動する。

 その様子を見ていた周りの参加者たちが、小さな声でひそひそと話始める。



「あれが雪平さんところのご令嬢で」

「ええ、沙羅さまも大きくなられて……」

「それであの一緒に来ている男性はどなた?」

「さあ、あまり見ないお顔ですが、あまり()はございませんね」


 幸太郎は重定の娘のペアというだけで、これほど視線を浴びるものだと改めて知った。

 テレビで見たことあるようなどこかのお偉いさんが重定の元に来て頭を下げていく。改めてただの貧乏学生である自分には相応しくない場所だと思った。




「皆さん。本日はお忙しい中、雪平グループの晩餐会にお越し頂き誠にありがとうございます……」


 主催である重定が前に出て簡単な挨拶を行う。

 その後、各テーブルに座った来賓たちにコース料理が提供される。席に座った幸太郎は緊張のあまりめまいすら感じる。



(こんな場所になぜ俺がいるんだよ……)


 周りは間違いなくエリート国民。このような豪華な場所に来て心から笑談し楽しんでいる。引きつった顔で固まる幸太郎は背中に流れる汗が止まらない。隣に座る沙羅を見つめる。



(こいつの心臓は鉄かよ……)


 全くいつもと変わらずまるで人形のように静かに座る沙羅。会場入りしてから沙羅目当てだと思われる男達に声をかけられるが、無表情で会釈して返すだけで全く相手にしない。

 場慣れしているとは言えあまりにもおどおどする自分と対照的で恥ずかしくなってくる。




「では、乾杯」


 重定の音頭で乾杯、そして食事が始まった。



(えっと、えっと、木嶋さんに教えて貰った通りに……、あれ?)


 沙羅の家で学んだテーブルマナーと少々違う。フォークやナイフの数が想像より多い。



(ちょ、ちょっと多過ぎるんじゃないか!? ま、いいか……)


 幸太郎は慣れない場所で教えられた作法を思い出して必死に食べ始める。その様子を周りが見つめる。



「あれちょっと、お下品じゃないですか」

「そうねえ、カトラリーの使い方が何か変というか……」

「そもそも沙羅さまの隣に座るには品がなさすぎますわよね」


 沙羅は隣に座る幸太郎に向けられた奇異の目を敏感に感じ取っていた。



「わわっ、落ちちゃった!!」


 その時、隣で肉の塊と格闘していた幸太郎が誤って皿からそれらを落としてしまった。沙羅がその声に気付き幸太郎に方を振り向く。



「もったいないな、食べちゃお」


 幸太郎はそう言うと、テーブルの上に落ちた肉を()でつまんで食べ始めた。



(あっ!)


 さすがの沙羅もそれを見た瞬間まずいと感じる。

 そしてそれはすぐに現実のものとなる。それまで傍観していた周りの招待客たちが、幸太郎に聞こえるような声でその行動を嘲笑し始めた。



「何あれ? 落ちたものを手で拾って……」

「信じられませんわ。あれが沙羅さまのお相手役なのかしら?」

「品がない感じがするし、何かの間違いでここに来たとか? くくくっ」


 さすがの幸太郎もその行為が恥ずべきことだと気付いた。

 いつもは家でやっていること。自然と条件反射でやってしまったことだがここではそれは場違いなこと。隣に座った沙羅にまで恥ずかしい思いをさせてしまった。幸太郎が沙羅に小声で言う。



「ごめん、沙羅。ついやっちゃった……」


 無情情というよりはやや怒った顔をしている沙羅が幸太郎に言う。



「なに謝ってるのあなた? 堂々となさい」


 そう言うと沙羅は沙羅の上にあった鶏肉のステーキを素早くナイフとフォークで切り分け、それを()でつかんで大袈裟に食べ始めた。



「え?」


 幸太郎がその姿に驚いて見つめる。



「美味しいわ」


 そう言って指に付いた料理のソースを口に入れて舐める沙羅。



「沙羅、さま……?」


 雪平家令嬢の沙羅がとった突然の行為に周りが驚き声を失う。中には青い顔をしてナイフを落とす者すらいる。幸太郎が驚いて沙羅に小声で言う。



「さ、沙羅。それ……」


 沙羅が何食わぬ顔で答える。



「何驚いた顔してるの? あなたが教えてくれたんでしょ? フライドチキンは()で食べた方が美味しいって」



「あっ」


 幸太郎が思い出す。

 沙羅を連れてフライドチキンのチェーン店に行き手で食べることを教え、そして一緒に食べたことを。



「お、なんだなんだ。若者の間で流行ってるのか、それ?」


 そう言いながら重定が沙羅のところへやって来る。そして沙羅同様、その肉を()でつまんで口に入れる。



「うん、美味い!」


「ちょ、ちょっと、パパ!!」


 自分の皿の肉を取られた沙羅が怒る。

 雪平家令嬢、そしてその当主が指でつまんで食べる姿を見てそれまで張りつめていた空気が一瞬で和んだ。重定がわざと大きな声で言う。



「私主催の食事会だ。好きに、美味しく食べてくれ」


(重定さん……)



 幸太郎はその言葉を聞いて心底救われた気がした。そして隣ですまし顔で食事をする沙羅に小さな声で言う。



「沙羅……」


 呼ばれた沙羅が少し顔を幸太郎の方へと向ける。



「ありがとな」


 沙羅がすっと前を向いて小さく答える。



「別に、いいわよ……」


 真正面を向いているがすぐにその顔が照れていることに幸太郎は気付いた。




 そして食事も進み、いよいよその時が訪れた。


「では皆さん。これよりダンスタイムとなります!」


 司会の男がそうアナウンスすると会場が騒めき始める。

 雪平家の晩餐会では豪華な食事と共に、ペアで踊るダンスが恒例の行事となっている。そしてそれは新たな()()を狙った令嬢、令息の戦いの場でもある。



「うーん、いっぱい食べたし。さ、踊ろっか」


 栞が両手を上にあげ、連れて来た野暮ったい男に言う。

 幸太郎も幾分緊張しながら席を立ち、隣に座っている沙羅に声をかける。



(この時のためにたくさん練習してきたんだ。さあ、男を見せるぞ!!)


「さ、沙羅。それじゃあ、俺と……」



 そう言い掛けた幸太郎に背後から聞き覚えのある女の声が響いた。


「あら~、幸太郎さん。これは奇遇ですわ! こんなところで」


 その声を聴き幸太郎が振り返る。その女、赤いカールの掛かった長髪に、真っ赤なロリータドレス。そして真っ赤なマニキュアに、同じく赤く色っぽい唇で幸太郎に言う。



「ねえ、わたくしと踊って頂けませんか?」


 幸太郎はその女、御坂マリアの腕にしっかりと『ひび割れたブレスレット』が付けられていることに気付いた。

お読み頂きありがとうございます!!

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