75.マリア様、ご来店。
「お疲れ様です!」
「あ、お疲れ。幸太郎!」
水曜の夕方、幸太郎はいつも通りにファミレスのバイトへやって来た。笑顔で挨拶をするはるかの後ろから、胡桃が顔を出して言う。
「先輩、お疲れですっ!」
胡桃の圧倒的に可愛い声に笑顔の挨拶。胸に大きなリボンを付けた彼女は既にこのファミレスで『美少女店員』として有名になりつつある。だが幸太郎は胡桃を見るといつも思い出す。
(俺、彼女とキスしたんだよな……)
頬へのキス。
欧米ではあいさつ程度のものだが、うぶな幸太郎には彼女に会う度にどきどきしてしまう。ふたりを見たはるかが微笑みながら言う。
「やっぱりふたりって仲いいよね」
「え? そう見えますか!!」
その言葉に嬉しそうに反応する胡桃。幸太郎が言う。
「そ、そんなことはないんですけど……、はるかさんも最近なにか嬉しそうですよね」
はるかが笑顔で言う。
「うん。斗真さんがね、ようやく少しだけ会話してくれるようになったんだ」
八神斗真。はるかの片思いの人であり、先日の自動車事故で大怪我を負って入院している元バイトチーフ。
「斗真さん、容態はどうなんですか?」
「うん、怪我はだいぶ治っていてね。今度整形の手術をする予定なんだ。ただ……」
そこまで話しはるかの顔が少し暗くなる。
「まだ精神的に不安定で、私以外家族も含めて誰とも会いたがらないし、私と話していても時々心ない言葉を投げかけられるんだ……」
(はるかさん……)
「でも、私が力になってあげなきゃ、ね」
幸太郎はそう言って少し苦笑いしながら話すはるかを見つめ、改めて彼女の心の優しさに触れたような気がした。
「大変だ、大変だ!!」
三人で話していた事務所に、店長が血相を変えて現れた。
「て、店長!? どうしたんですか!!」
はるかが店長の慌てぶりを見て尋ねる。店長が幸太郎を見て言う。
「ああ、城崎。良かったいてくれたか!!」
「え? 俺ですか?」
意味が分からない幸太郎。店長が幸太郎の両肩に手を置いて言う。
「あのな、今社長から電話があったんだがな、今日、社長の大親友の御坂財閥のご令嬢がここへ来店されるそうなんだ!!」
(御坂? ご令嬢? まさか……)
幸太郎は先日拉致された御坂マリアを思い出す。店長が言う。
「それでな、なぜか知らないが城崎。お前に接客の指名が入ったんだよ!!」
(マジかよ……、あの女……)
本当に何を考えているか分からない。金持ちってのは本当に理解不能だ。そう思えば沙羅はまだ可愛い方だと幸太郎は思った。不満そうな顔をして胡桃が言う。
「どうして先輩が指名されるんですか?」
はるかも言う。
「そうよね。幸太郎君、その令嬢さんと知り合いとか?」
まさか拉致られて交際を求められたとは言えない。
「あ、その、ちょっとした、本当に大したことがない知り合いで……」
「こ、こら、城崎! 御坂家令嬢にそのような失礼な言い方!! 社長が聞いたら私のクビが、ああ……」
店長が青い顔をして頭を抱える。沙羅と言いマリアのことと言い、幸太郎は少なからず罪悪感を感じる。
「知り合いねえ。意外と幸太郎君って交友関係広いのね」
「いや、そんなことないです!! 本当に……」
基本バイトでしか外に出ない勉強だけの陰キャ。『バイ友』がなければそんな令嬢たちとも知り合っていないだろうと思う。
「店長!! 来ましたっ!!!」
そう話しをしている内に、ホールから社員が大きな声を出して店長に言った。
皆が外を見ると、駐車場に見慣れない黒塗りの高級車が駐車している。安い庶民のファミレスには似つかわしくない車。店長の顔が青ざめる。
「じょ、城崎。何だかもう良く分からんが、た、頼むぞ……」
「あ、はい……」
幸太郎は元はと言えば自分の責任。店長の言葉に頷いて答えた。
「いらっしゃいませ!!」
ホールから元気な声が響く。
「いらっしゃいましたわよ」
その女性、赤いカールのかかった長髪に真っ黒なサングラス。服は彼女のトレードマークとも言える赤のロリータワンピース。真っ白な胸の谷間が強調されたものであり、スカートの丈も膝上のミニ仕様。
来店していたサラリーマンたちの視線を一瞬で集める。
「何、あれ……」
「完全に場違いよね……」
マリアを見たはるかや胡桃が小さく言う。
「いらっしゃい。何しに来たんだよ……」
幸太郎が店内にやって来たマリアにぶっきらぼうに言う。
「あら、これは幸太郎さん。奇遇で。わたくしとの運命を感じますわね!!」
(何が運命だ! 調べて、指名までしてきたくせに……)
サングラスを外しながら笑顔で言うマリアを見て、幸太郎が溜息をつきながら思う。
「で、何しに来たんだよ」
「何しにって、わたくし、お食事をしに来たんですわよ。幸太郎さんと」
「俺とって、今仕事中だぞ!」
マリアが笑って言う。
「大丈夫ですわ。話はつけてございます」
(こ、この女、一体何を考えて……)
そう言いながら幸太郎はマリアの腕にはめられたヒビの入ったブレスレットに視線が行く。
(あ、あれってまさか……)
その視線に気付いたマリアがそのブレスレットを撫でながら言う。
「あら、お気づきになって? わたくしと幸太郎さんを結び付けてくれた大切な品。肌身離さず持ち歩いていますわよ」
「いや、その件は悪かったと思ってる……」
マリアが幸太郎に近付いて言う。
「そんな事より早くお座りになって。わたくし、一緒にお食事がしたいの」
弱みである壊したブレスレットを見せられては幸太郎に抗う術はない。渋々マリアと向かい合うように座る。
「ちょ、ちょっと、先輩。どうしてあんなのと一緒に座ってるんですか!!」
影ではるかと見ていた胡桃が不満そうな声で言う。
「あれは知り合いね。ちょっとした関係じゃないわよ」
「先輩……」
胡桃は自分の知らない幸太郎を見せつけられ、言い表せない不安が全身を覆う。
「で、何食べるんだ? そもそもお前、こんな店来たことあるのか?」
「ないわ。もちろん初めてよ」
「……だろうな。まあいい。誰でも分かりやすいように写真入りのメニューがある。ほら、好きなの選べ」
幸太郎はそう言いながらテーブルの上にあったメニューをマリアに手渡す。
「あら?」
「どうした?」
「なぜここのメニューは税額分しか記載されていないのかしら。お料理の値段はどこなの? それともすべて時価なのかしら?」
マリアがメニューにある『税込み』と言う値段を指差して言う。幸太郎がため息をついて言う。
「おい」
「なに?」
「それが税を含んだ値段だ。料理の値段がそれ」
「え!?」
マリアが心から驚いた顔をする。
「これが、料理のお値段でしょうか?」
「ああ、そうだ。早く決めろ」
同じ令嬢でも沙羅の方がずっと常識があると幸太郎は思う。
「こんなにメニューも豊富でお安いなんて、良心的なお店ですわね」
「あ、ああ。そうだな……」
結局何も選ぼうとしないマリアに変わって、幸太郎が適当に料理を選び持っているハンディに打ち込む。幸太郎が言う。
「それで何をしに来たんだ?」
マリアは胸元の谷間を幸太郎に見せつけるようにして甘い声で言う。
「なにって、この間のお返事を聞かせて貰おうかなって思いまして」
この間の返事とは『お付き合いして欲しい』と言う話。幸太郎が答える。
「返事って言われてもなあ。何で俺なんだ? その辺りがはっきりしないとやっぱり返事はできないわ……」
マリアが少し笑って言う。
「ですからそれは言いましたよね、運命を感じたって」
「何の運命だよ……」
「いいですわ。とりあえずわたくしが希望した条件『わたくしのお願いを言われた通りにちゃんと聞いてくれること』、これを守って頂ければすぐにどうこうしろとは申しませんわ」
(一体何を企んでやがる……?)
幸太郎は目の前に座るこの真っ赤な女にやはり不信感を持つ。
「あ、あの、お味はいかがでしょうか……」
そんなふたりの前に店長が引きつった顔をしてやって来る。マリアは先に提供されたトマトソースのパスタをひと口食べながら答える。
「とっても美味しいですわ。こんな短時間で生地から練り上げて提供できるなんて、とっても優秀な料理人がいらっしゃるのね!」
「……は?」
口を開けて驚く店長。同じく驚きながら幸太郎はマリアを見つめる。
(根は決して悪い奴じゃないんだけどな、きっと……)
幸太郎は上品にファミレスのパスタを食べるマリアを見て何となくそう思った。
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