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73.ビーチの予約×2

「社長、招待状が届いておりました。どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 新会社の社長に就任した三井孝彦は、笑顔でそれを受け取る。秘書は少し頬を赤く染め軽く一礼して社長室にある自分の机に座った。


 三十路少し前の女性秘書。豊満な体をタイトなスーツで包み、長い髪からは動く度に高級な香水の香り発せられる。秘書が社長の椅子に座る三井を見つめる。



(ああ、社長。本当にいい男……)


 彼女にとって三井は随分年下であったがその強引な性格に魅了され、既に男女の仲にまで発展している。



(晩餐会の招待状。今年は重定さんの主催。沙羅さんとの参加は断られてしまったが、何とかまた彼女に会いたい……)


 三井は既に重定に沙羅との出席を申し出て断られている。多忙な三井。何とか沙羅と会う時間を作りたかったが仕事が忙しく、このような晩餐会は彼にとって久しぶりに沙羅に近付く良い機会であった。



(あの目、あの態度、冷たく氷のような言葉で僕の心臓を穴が開くまで突き刺して欲しい……)


 三井は沙羅の自分への態度を思い出し興奮し始める。



「社長? いかがなされました?」


 少し様子がおかしい三井に気付いた秘書が近付いて声を掛ける。三井は椅子に座ったまま重定から送られた招待状を手に秘書に言う。



「何でもないよ。それよりこの晩餐会、僕と一緒に参加してくれないかな」


「え?」


 驚く秘書。雪平家の晩餐会と言えば限られた人間しか招待されない特別な会。人脈作りや新たなビジネスが生まれる特別な場。

 そしてペアでの参加が条件とされており、既婚者なら配偶者を、独身の者は自分にとって特別な人を連れて行くことになっている。



「わたくしなんかで、よろしいのでしょうか……?」


 秘書が頬を赤くして年下の若社長に尋ねる。三井が言う。


「君が、いいんだよ……」


「ん、ううん……」


 三井は秘書の手を引きながら腰に手を回し、彼女の頭に軽くキスをした。






「はあ……」


 月曜の夕方、幸太郎は家庭教師のためにやって来た胡桃の部屋の前で小さくため息をついた。



(あれから意識はしないようんしているけど、やっぱり難しいよな。特にふたりきりになると……)


 幸太郎は胡桃と出かけたデートの別れ際にされた頬へのキスを思い出す。幸太郎が自分の頬をパンパンと叩いて自らに言う。



(何を考えているんだ。彼女は俺の生徒。そう言うことを考えて……)



「先生っ!!」


「うわっ!!!」


 ドアの前で考え事をしていた幸太郎が突然開いたドアに驚く。



「く、胡桃ちゃん!! お、驚くじゃないか!!」


 胡桃がむっとした顔で言う。


「だって~、先生うちに来てからずいぶん経つのに全然部屋に来てくれないんだもん!」


 確かにインターフォンを鳴らしてからずいぶん時間が経っている。



「そ、そうだね。確かにちょっと時間が経ってるかな。さ、勉強始めようか」


「はーい!」


 そう言いながら部屋に入る胡桃の後姿を見て幸太郎がどきっとする。



(ちょ、ちょっと露出、多くないか……)


 少し暑くなってきたとはいえ、太もものを大胆に出した超がつく程のショートパンツ。上はラフな白のTシャツだが、生地が薄いのかピンク色の下着がくっきりと透けて見える。



(こんな女の子と部屋でふたりっきりで、勉強など……、た、耐えるんだ、幸太郎……)


 幸太郎は必死に自我を保とうと今日の勉強に集中する。様子がおかしい幸太郎に気付いた胡桃が近付いて言う。



「先生、どうしたんですか? 体調でも悪いんですか?」


 顔を近づけて尋ねる胡桃。色っぽいピンクの唇が幸太郎が少し唇を差し出せば触れてしまう距離に現れる。幸太郎が後ずさりしながら思う。



(確信犯! 胡桃ちゃん、絶対確信犯だぞ!!)


「だ、大丈夫、べ、勉強を……」



「あ、そうだ。先生!」


「え? なに?」


 胡桃が目を輝かせて幸太郎に言う。



「今日、まだ()()()()聞いてないですよ!!」


「え? あの言葉……?」


 一瞬考えた幸太郎がすぐにその言葉を思い出す。



「く、胡桃ちゃん、ここには勉強に来た訳で……」


「んー、じゃあ、私、勉強しない」


「く、胡桃ちゃん……?」


 ちょっとむっとした顔で胡桃が続ける。



「きめた。先生があの言葉を言ってくれなきゃ、私、勉強しないもん!」


「ちょ、ちょっと、胡桃ちゃん……」


「先生……」



「な、なに?」


 胡桃が大きな目をウルウルさせながら尋ねる。



「私って、そんなに可愛くないですか?」


(うっ! か、可愛くない訳ないだろ……、だけど……)



「先生……」


 胡桃に至近距離で見つめられた幸太郎が渋々その言葉を口にする。



「か、可愛いよ。胡桃ちゃん……」



「よし!! 養分補給完了!!!」


 胡桃が小さくガッツポーズする。幸太郎が小さく言う。



「さ、じゃあ胡桃ちゃん、勉強を……」


「ねえ、先生」


 再び幸太郎の背中に悪寒が走る。



「今度期末試験があるんだけど、また50位以内入ったらご褒美が欲しいです!」


「ご、ご褒美?」


 幸太郎が前回の彼女とのデートを思い出す。



「はい。ご褒美と言うか先生もきっと嬉しいと思います!」


「な、何なのかな……?」


 恐る恐る尋ねる幸太郎に胡桃が少し照れながら答える。



「はい、ご褒美は『胡桃とのビーチデート』をお願いします! もれなく胡桃のビキニが見られますよ!!」


「あはははっ……」


 無論幸太郎は『一生懸命勉強する』と言う約束と交換にビーチデートを受けざるを得なかった。






「ただいま……」


 幸太郎は疲れ果てて自宅アパートに戻る。



「あ、お兄ちゃん、おかえり!!」


 ポニーテールを左右に大きく揺らしながら奈々が迎える。幸太郎が言う。


「ああ。腹減った……、奈々、もう食べられる?」



「うん、できてるよ! それよりさあ、お兄ちゃん……」


 幸太郎はふと()()感じた同じ悪寒が背中を走る。奈々が言う。



「ねえ、今年の海はどうする? 奈々はまた同じ場所でいいよ」


 奈々との海。

 電車で公営海水浴場に行く安上がりの海水浴。幼い頃から母親と三人で行く恒例行事だったが、いつしか母親が行かなくなりここ数年は奈々とふたりで行くようになっていた。幸太郎が言う。



「お前、今年受験だろ? 受験生は夏休みちゃんと勉強しないと受験失敗するぞ!」


 奈々がぷっと頬を膨らませて言う。


「大丈夫だもん! 一日ぐらい!!」


「その一日が、二日になり、三日になり……」



「じゃあ、こうしよう!」


「へ?」


 奈々が自信満々の顔で幸太郎に言う。



「次の期末試験で奈々が一位取ったら文句ないよね?」


「あ、ああ……」


 勢いに押されて返事をしてしまった幸太郎が、奈々が天才型の生徒だったことを思い出す。



「あ、あの、奈々……」


「それから……」


 何かを言おうとした幸太郎の口を塞ぐように奈々が言う。



「奈々の水着姿を見て『可愛い』って言うこと。これもよろしくね、お兄ちゃん!」


「あはははっ……」


 今日二度目の海の約束。

 しかもたぶん両方とも負けてしまいそうな賭けをしたことに幸太郎は力なく下を向いた。

お読み頂きありがとうございます!!

続きが気になると思って頂けましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。

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