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72.庶民、マナーを学ぶ!!

 雪平家にある舞踏室。

 そこにジャージ姿の沙羅がダンスを教える為に待っていた。艶のある長い黒髪を後ろでひとつにまとめたいつもと違う姿に幸太郎はどきっとする。沙羅が言う。


「一応聞いておくけど、ダンス経験は?」


 ジャケットを脱いだ幸太郎が直立不動で答える。


「ごめん、まったく……」


 貧乏学生がそんなもの習っているはずがない。沙羅が頷いて言う。



「分かったわ。じゃあワルツを踊りましょう。知ってる?」


「ワルツ? 鳥か?」



「はあ……」


 その沙羅の大きなため息でやはり間違っていた事を理解する幸太郎。


「いい? 難しいことは考えないで。リズムは三拍子。男女ペアになって回る様に踊るの。分かった?」



「うん、たぶん……」


 正直分からない。ダンスなどテレビかどこかで見た程度のものだ。沙羅が言う。


「いいわ。まずはやってみましょう」


「あ、ああ……」


 そう言って沙羅が幸太郎の目の前に立つ。



(か、可愛いんだな、沙羅って……)


 こんなに近くで見ることはなかった沙羅。いつもは距離の離れた赤線の中や、一緒に居ても怒られることばかりである。


「はい、左手を上げて。右手は私の背中へ」


「あ、ああ……」


 幸太郎が伸ばした左手に沙羅の右手、そして右手は沙羅の肩甲骨辺りにそっと置く。



(沙羅って、こんなにつんつんしてるのにやっぱ女の子。柔らか~い。それにこの甘い香り……)


「ねえ!」


「あ、はい!!」


 突然の声に驚く幸太郎。



「なに、ぼうっとしてるのよ。さ、動くわよ。私に合わせて!」


「あ、ああ」


 そう言いながら沙羅が大きく足を滑らせるように左右前後に動く。



(わ、わっ! 意外と動き大きい!!)


 慌てて幸太郎もそれに合わせて動く。


「難しいことは考えないで。三拍子で、私に合わせて、イチ、ニー、サン!!」


「あ、ああ」


 幸太郎は沙羅の動きに合わせて大きく足を開いて左右、前後、そして回る様に動く。沙羅が言う。



「いいじゃん、いいじゃん! そうよ、そうそう!!」



(あ、俺、できてるじゃん!! センスあるとか!?)


 初めてなのに思ったより上手く動けている幸太郎。それがすべて沙羅のリードによるものだとは全く気付かない幸太郎が勘違いする。



(うん、行ける、行ける! 次は回転で……、あ!!)


 少し調子に乗った幸太郎が、沙羅が動こうとした方とは反対側へ移動しようとする。



「きゃっ!!」


「わわっ!!」


 ドン!!


 幸太郎の足がもつれ、それが沙羅の足に当たり一緒に倒れるふたり。



「痛ってええ……、ごめん。沙羅、大丈夫……、わ、わあああ!!!!!」


 幸太郎が気付くと倒れた沙羅の上に覆いかぶさるように乗っており、そして自分の右手が沙羅の()を鷲掴みにしている。それに気付いた沙羅の顔が一気に赤く染まる。



「きゃあああ!! な、何やってるのよ!! どきなさい!!!」


 沙羅が押しのける様に幸太郎を突き飛ばす。慌てて立ち上がった幸太郎が言う。



「ご、ごめん、本当ごめん!!」


 顔の前で合掌して謝る幸太郎。沙羅がゆっくりと起き上がり両手で自分の胸を押さえるようにして下を向いて言う。


「ちゃ、ちゃんとやりなさいよね……」


「沙羅……?」


 その下を向いていても分かるほど真っ赤に染まっている。

 このダンス以外ではまともに男にも触れたことのない沙羅。胸を触られると言う想像もできない事態に頭が混乱してしまっていた。幸太郎が言う。



「ごめん、俺やっぱり……」


「何言ってるの?」


「え?」



「あなた、一度決めたんでしょ? だったらやり通しなさいよ」


「沙羅……」


 幸太郎が言う。



「うん、ごめん。じゃあ、やろうか」


「ええ」


 幸太郎が伸ばした左腕に沙羅はゆっくりと手を合わせた。






「こ、幸太郎さん」


「ん、どうかしましたか?」


 沙羅とのダンスの練習を終え、雪平家や木嶋との食事にのぞんだ幸太郎。とりあえず好きに食べてみて、と言われ文字通り好きなように食べた幸太郎を見て、木嶋が苦笑いをした。



「とても男らしい食べ方かと思います。でも、晩餐会で沙羅さまとご一緒するには少しマナーも覚えた方が良いかと思います」


 自分の食べ方を見てにこやかな笑顔を浮かべていた木嶋に少し安心感を覚えていた幸太郎が下を向く。木嶋が言う。



「まずパンを片手に持ってかぶりつくのはやめましょう。こうやってひと口ずつちぎって口に運びます」


 そう言って木嶋は小さくちぎってパンを食べて見せる。


(マジか、面倒臭せえ……)


 真似をする幸太郎。



「それからステーキをそのようにフォークで突き刺してかじりつくのもやめましょうね」


 ステーキの塊をフォークで突き刺してパン同様かぶりついていた幸太郎が悲しそうな顔をする。



「ぷぷぷっ、幸太郎君。ワイルドぉ~!!」


 向かいで食べていた栞がクスクス笑って言う。


「すまないね、幸太郎君。ちょっと窮屈な食事になってしまって。でも将来のことを考えれば……」


「は、はい……」


 幸太郎が苦笑いをして答える。



「……」


 沙羅だけは無表情、無言のまま食事を続ける。重定が言う。



「私主催の食事会だ。本当ならば好きに食べて貰ってもいいのだが、少しずつこういったものも勉強した方がいいと思ってね」


「はい……」


 幸太郎はテーブルに置かれた豪華な食事を見つめる。



(凄い豪勢な食事。でもあんまり美味しくないな……)


 きっと幸太郎が知ったら驚くような値段の食材を使っているのだと思う。でもあまり美味しく思えない。奈々や、それこそ少し前に沙羅が作ってくれたオムライスの方が断然うまい。重定が言う。



「そうそう、それでダンスの練習の方がどうだったのかね」


(え?)


 スープを飲んでいた沙羅の手、そしてナイフとフォークに悪戦苦闘していた幸太郎が固まる。栞も尋ねる。



「そうだよ、そうだよ。ねえ、幸太郎君はどうだったの、沙羅?」


 沙羅が真っ赤な顔になって小さな声で答える。



「まあ、まあ、だったかな……」


 下を向き少し汗をかきながら答える沙羅を見て、栞が幸太郎に言う。


「ねえ、幸太郎君。何かあったの?」



「あ、いや、それは……」


 幸太郎の頭に沙羅の上に倒れ、胸を鷲掴みにした光景が思い出される。沙羅は何かを言おうとした幸太郎を、「何も言うな!」と言わんばかりに顔を赤らめ下からから睨みつけている。幸太郎が答える。



「何も、なかったです……」


「ふーん」


 つまらなそうな顔をする栞に対して父重定が思う。



(娘が、沙羅が、耳まで真っ赤にして照れている! 無表情だった沙羅が、私の前でこのような恥じらいの姿を見せてくれるとは!! 幸太郎君と踊ったためか? やはり幸太郎君は……)


 重里は涙が流れるのを我慢して照れて赤くなっている愛娘を見つめる。



「城崎さん、スープのお皿に口を付けて飲んではいけません!!」


 スープを飲もうとしていた幸太郎に木嶋が注意をする。



(幸太郎君、GJ!!)


 一方の重定は幸太郎に右の親指を立てながら何度も頷く。



(何が、一体、俺はどうすればいいんだ……!!)


 幸太郎は頭を混乱させながら初めてのマナー講座を過ごした。

お読み頂きありがとうございます!!

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