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71.ありがと。

『ねえ、こーくん……』


 幸太郎が胡桃との家庭教師を終えアパートに帰った日の深夜。沙羅は『こーくん』と話がしたくなってスマホを手にした。

 沙羅からのメッセージに気づいた幸太郎がすぐに返事をする。



『どうしたの、サラりん』


『こーくんだ。こーくんがいる。嬉しいな』


『どうしたのかな、サラりん? 何かあった?』


 少し間を置いてサラりんが返事をする。



『うん、色々あってね。』


『色々?』


『大したことじゃないんだけど、パーティーで求婚されて、今度の晩餐会であの男と食事してダンスを踊ることになったの。あ、求婚はちゃんと断ったよ!!』


(話の脈絡が全くない。支離滅裂じゃねえか……)


 幸太郎はやはり沙羅と『サラりん』が同一人物だと確信する。



『そっか。サラりん、大変だったね。頑張った!!』


 客観的に見ればその説明で理解できる『こーくん』も凄い。



『うん、サラりん、いっぱい頑張ったよ。ほめて、ほめて』


『いい子だ、サラりん。よしよし』


『うん、嬉しいよ!! ありがとう、こーくん』



(上手じゃないか、『ありがとう』使うの)


 幸太郎は沙羅がよく気にしている感謝や謝罪の言葉使いについて思い出す。



『サラりん、その男へのダンスの指導もよろしくね』


(ん、あれれ? どうしてこーくんは私があいつにダンスを教えなきゃならないことを知ってるのかな?)


 沙羅はダンスをすることは伝えたが、指導するとまでは言っていないことに気付く。



(以心伝心ってやつかな? 想い合うふたりは何も言わなくても分かるって言うし!!)


『うん、ちゃんと教えるよ! でも、こーくん、聞いてもいい?』


『なに?』



『こーくんはぁ、サラりんが、他の男とダンス踊るって聞いて妬かないのかな?』


(他の男? 沙羅が、他の男とダンスする……)


 幸太郎は自分ではない、誰か見知らぬ男と踊る沙羅を想像する。



(あれ、何だこの感覚? 何と言うか、そう、()()()()()……)


 幸太郎は初めて客観的にその気持ちに気付いた。



(沙羅は、俺にとって一体何なんだろう……、友達? いやそれとも……)



『こーくん? どうしたの?』


 返事がない沙羅が心配する。幸太郎が慌てて書き込む。


『もちろん、嫌だよ。本当なら俺が行ってサラりんと踊りたい!』


 その言葉はどっちの自分が言っているのか、幸太郎には区別がつかなくなっている。



『そうなんだ、そうなんだ!! じゃあ、来てよ。こーくん、サラりんを迎えに来てよ!!』


『うん。いつか、必ず』


『約束ね』


『約束』


 沙羅がスマホを見つめながら書き込む。



『こーくん、大好き』


『俺もだよ、サラりん』


 幸太郎は不思議と『こーくん』を演じながら、いつもよりその役に酔っている自分に気付いた。






「ねえ、パパぁ。どうしたの? そんなに喜んで?」


 栞はここ最近笑顔が絶えない父重定を見て言った。満面の笑みを浮かべる重定が答える。



「ああ、栞か。実はな、沙羅がまた挨拶をしてくれるようになってな。分かるだろ? この喜び」


 重定は鼻歌を歌いながらなぜか髪を整え始める。会社では雪平グループ総裁として威厳ある存在で皆をまとめていく重定だが、家では娘の対応ひとつに一喜一憂する小心者の父親である。重定が言う。


「今日幸太郎君がやって来る。沙羅にダンスを習うんだ」


 栞は間もなく開かれる重定主催の晩さん会を思い出す。


「ああ、あれね。今年は沙羅もいよいよダンスデビューなんだ!」


「そうだ。ずっと相手がいなくて私も心配していたんだが、本当にいい相手が見つかってよかったよ」


「幸太郎君でしょ?」


「ああ、そうだ。この間の会社設立パーティーも彼を呼べばよかったな。そうすればあんなことにならずに済んだかもしれん」


 重定はパーティーでの出来事、その後の沙羅の自分への塩対応を思い出し苦笑する。


「あははっ、幸太郎君は関係ないでしょ? 雪平とは」


 先日のパーティーには基本、雪平グループまたは新会社設立の人間しか参加できない。ただの娘の『バイ友』である幸太郎には全く関係のないことだ。重定が言う。



「まあ、そうなんだが。でもな、()()()()ようにしてもいいかな、とも思い始めている」


 栞が驚いた顔をして言う。


「え、パパ。それってもしかして……」


「ああ、もちろん、沙羅や幸太郎君の気持ちは尊重するけど。人格、能力、人間としても申し分ない。まあ、沙羅あれの攻略は相当難関だけどな」


 重定が笑って言う。


「うわぁ、凄いねえ~、幸太郎君。パパに認められるって! え? もしかして、私の()になるとか!?」


 同じく笑いながら言う栞に重定が尋ねる。



「気が早い、気が早い。それより栞、お前のダンスの相手は決まったのか?」


「うーん、まあその辺の適当な友達を連れて行くわ」


「ちゃんとした相手はいないのか?」


 栞がちょっとむっとした顔で言う。



「だって~、誰連れて来てもパパが怒るんじゃん」


 重定は過去に栞が連れて来たたくさんの男を追い払ったことを思い出す。


「まあ、そんなこともあったな。私がいい男でも紹介してやろうか?」


 重定はグループ内にいる有望な独身の社員たちを思い浮かべる。栞が舌を出して言う。



「やーだよー!! パパの紹介する男なんてつまんないに決まってる!! それだったら幸太郎君の方がいいわ!!」


「おいおい、それは勘弁してくれ……」


 重定は姉妹で幸太郎を取り合う図を想像し青くなる。栞が言う。


「冗談よ。残念だけど、私にはあんまり興味ないみたい……」


「栞……?」



「冗談冗談。それより今日幸太郎君、来るのって夕方?」


 栞は明るく言った。今日は『バイ友』の金曜日ではないが、特別に練習のために夕方来て貰うことになっている。


「ああ、今日から沙羅との本格的な練習だ。夕飯もマナー指導の為に一緒の予定だ。お前も夜は空けて置いてくれ」


「了解~!! 幸太郎君来ると楽しくなるもんね!!」


「ああ、本当にそうだ」


 重定は娘ふたりと同じテーブルにつけると言うだけで、今日の仕事が手につかないぐらいそわそわしてしまう。


「じゃあ、大学行ってくるね」


「ああ、気を付けて」


 笑顔で出て行く栞を重定は手を振って送った。






「こ、こんにちは……」


 その日の夕方、『バイ友』以外で初めて雪平家を訪れた幸太郎。玄関で出迎えてくれた木嶋に緊張した面持ちで挨拶をする。この目の前にいる人にも食事の作法を学ばなければならない。


「いらっしゃいませ。城崎さん」


「あ、あの、今日はよろしくお願いします!」


 幸太郎が大きく頭を下げる。木嶋が言う。


「そんなに緊張なさらないでくださいね。食事は楽しんでするもの。楽しく行きましょう」


「あ、はい」


 改めて木嶋の人柄に救われた気持ちになる幸太郎。


「さ、上がってください。まずはダンスの練習でございます。沙羅さまが舞踏室でお待ちになっていますわ」



(ぶ、舞踏室!?)


 そんなものがあるのかと驚く幸太郎だが、あっても決して不思議ではないとも思う。

 木嶋の後に続き、以前と比べ緑豊かになった中庭を横に見ながら少し離れた場所にある建物へと行く。



(何でもありだな……、この家は)


 頭を下げてその場を去る木嶋にお礼を言って幸太郎が舞踏室に入る。



「はあ……、マジかよ……」


 溜息しか出ない。

 一流のダンス教室並みの広さの舞踏室。床は幾何学きかがく模様の美しい大理石で、壁や太い柱は白を基調とした西洋風。その壁にはお洒落な明かりが付けられており、天井には多くて立派なシャンデリアがある。その中央にジャージ姿の沙羅が立っている。



「遅かったわね。待ちくたびれたわ」


 珍しいジャージ姿。

 黒く艶のある長髪は後ろでひとつにまとめられ、普段あまり見られない白く色っぽいうなじがのぞく。いつもとは違う沙羅の姿に幸太郎の緊張がさらに増す。



「あ、ああ。悪かった……」


 舞踏室に入りカバン、そして上着のジャケットを脱ごうとした幸太郎に沙羅が言う。



「あの……」


「ん?」


 自信の無い声。先程とは打って変わって黙ったまま下を向く沙羅。幸太郎が尋ねる。



「どうした……?」


 沙羅が下を向いたまま言う。



「あの、……ありがと」



「え?」


 幸太郎が驚く。沙羅が言う。



「この間、ファミレスで助けてくれて……、よく考えたらまだお礼言ってなかった……」


「ああ、あれか……」


 幸太郎がファミレスで中年男性に怒鳴られていた沙羅を助けたことを思い出す。



「あと、今日も……、その、一緒に晩餐会行ってくれて……、ありがと……」


 幸太郎は初めて目の間にいる沙羅が、『こーくん』だけに見せる『サラりん』と被って見えた。

お読み頂きありがとうございます!!

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