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70.わな×わな

「わたくしと、お付き合いして頂けませんか」


 車内で突然マリアからかけられた言葉。

 幸太郎は何度もその言葉を頭の中で反芻する。



(え、お付き合い? お、お、お付き合いって!?)


 黙り込む幸太郎にマリアが顔を近づけて言う。



「あら、いかがなされました? まさか女性とのお付き合いが初めてですとか?」


(初めてだって!! 陰キャの俺が女の子と付き合うとか、あり得ないし!!)



「あ、あの……、ちょ、ちょっと落ち着いて話しませんか」


 辛うじて幸太郎の口から出た言葉。マリアが笑って言う。



「落ち着いていないのは幸太郎さんの方じゃありませんか?」


「え、ええ……」


 再び黙り込む幸太郎。マリアが車窓から外を見て言った。



「さあ、着きましたわよ。こちらが御坂邸でございます」



(ええっ!?)


 幸太郎が車の窓から御坂邸を見つめる。

 見上げるような鉄格子の門、その先にあるのは夏の花々が咲き誇る広い庭園。その中央にはまるで西洋のお城の様な建物が建っている。

 車が鉄門の前で止まると音を立てて自動的に門が開いて行く。



「すげえ……」


 微動たりせずに御坂邸を見る幸太郎。同時に先ほど壊してしまった彼女のブレスレットを思い出し震え上がる。



「さあ、どうぞ。幸太郎さん」


「あ、はい……」


 幸太郎は車から降り、執事に案内されて来賓室に通される。



(マジかよ……)


 通された部屋は正に中世ヨーロッパの貴族のような豪華な部屋。

 家具は全て輸入品であろう西洋の品でまとめられており、天井には大きなシャンデリア、ろうそくを灯す燭台まで置かれている。



「どうぞ、お掛けになって」


「はい……」


 マリアが幸太郎に座るように勧める。



「お紅茶でよろしいでしょうか」


「はい、何でも……」


 緊張で固まる幸太郎。それを見たマリアが言う。



「そんなに固くならなくてもいいですわよ。何もわたくし、取って食べるような真似は致しませんから」


「う、う、はい……」


 幸太郎は真向かいに座り笑みを浮かべるマリアを見て恐怖すら感じる。



(俺は一体、何をされるんだ……)


 緊張と恐怖で体が動かなくなり、額には先程から大粒の汗が流れる。マリアが執事が持ってきた紅茶を幸太郎に淹れる。



「本場ダージリンからの直輸入の最高級茶葉ですわ。お口に合うかしら?」


 そう言ってゆっくり紅茶を入れるマリアはまさに優雅な貴族令嬢。絵画のようなその仕草は、庶民代表のような幸太郎にとっては眩しすぎる光景。極度の緊張に体を強張らせる。



「美味しい、です……」


 以前、初めて沙羅の家に招かれた際に出された紅茶よりももっと味が分からない。拉致されたような状況を考えれば当然であり、幸太郎の頭の中にはどうやってここを出るかで一杯であった。

 マリアが紅茶のカップに付いた口紅を指で拭きながら言う。



「わたくし、幸太郎さんのことがもっと知りたいの」


「俺の、こと?」


 意味が分からない。

 まだ出会って数時間の相手。しかも膝を怪我させ、大切なブレスレットを壊した男。どうしてこんなに良くしてくれるのだろうか。



(まさか紅茶に毒!? その後、俺は臓器でも売り飛ばされるのか!!??)


 要らぬ心配をして青ざめる幸太郎。それを見たマリアが笑みを浮かべて言う。



「そんな引きつったお顔をしなくても大丈夫ですわよ。わたくしが幸太郎さんとお付き合いしたいと思うのは本当のことでございますし」


「ど、どうして、俺なんだ? まだ知り合って数時間だろ?」


 幸太郎は思いのままをマリアにぶつける。マリアが答える。



「お時間なんて関係ございませんわ。道で出会って直感致しましたの。わたくしは()()な幸太郎さんに惹かれてしまいまして。これは定められた出会いですの」


(マ、マジで言ってるのか? いや、そんなはずはない。やはりおかしい……)



「とりあえず悪かったと思ってる。で、これ以上話がないなら帰らせて欲しいのだが」


 それを聞いたマリアの顔が一瞬怒りの表情を表す。しかしすぐに笑顔に戻って言葉を返す。



「やはりわたくしとのお話は嫌でございますか?」


「そんなことはないけど、ちょっと強引すぎないか? 俺もこの後用事があるんだ」


 幸太郎は胡桃の家庭教師の時間に遅れてしまっていることを思い出す。



「では、ブレスレットの弁済をお願いしましょうかしら」


 幸太郎の顔が青ざめる。


「た、高いのか……?」


「いえ、大したことございませんわ。多分先程乗ったお車数台程度かと」



(マジか、詰んだ……)


 貧乏で、超がつくほど庶民の幸太郎。

 高級車どころかそもそも車すら家にない。幸太郎が青い顔をして尋ねる。


「友達に、なればいいんだよな……」


 力ない声。

 マリアが首を振って言う。



「違いますわ。ちゃんとお付き合いして欲しいの。このわたくしと」


 マリアは手を自分の胸に当てて幸太郎に言う。



「ちょっと考えさせてくれ……」


「いいわ。わたくしが望むことは簡単ですの」


「簡単?」



「ええ。まずは覚えておいて頂きたいのは、お付き合いしたからってわたくしに触れるのは厳禁。命令するのもダメ。幸太郎さんはわたくしが必要な時に、必要な行動をとって頂ければいいんです。たったそれだけ。簡単でしょ?」


(……なんだ、それ?)


 その条件は恋人というよりは従属と言った方がいい。しかも初対面の、恋人にしたいと言う人間に対してあまりにも指示が()()()過ぎる。

 マリアが席を立ち、幸太郎の隣の椅子に来て座りながら言う。



「わたくしは幸太郎さんのことをもっともっと知りたいの。わたくしにたくさん教えて頂けませんか?」


 そう言いながら足を上げ、自分の太腿を幸太郎の足に絡める。



「ちょ、ちょっと。マリアさん! 何してるんですか!!」


 目の前には赤いミニスカートの中から伸びる色っぽいマリアの生足。顔を赤くして戸惑う幸太郎の手を取り、マリアは自分の()に押し当てて言う。



「ほら。わたくしは幸太郎さんに触れられているだけで、こんなに胸がどきどきと……」


「う、うわっ、止めろって!!」


 柔らかいマリアの胸の感触。幸太郎は飛び上がるように立ち上がり距離を取る。



「あら、どうなされました? そんなに慌てて」


「慌ててじゃないだろ!! そんなこと、止めろよ……」


 マリアが立ち上がり幸太郎の真横に立って言う。



「そんなことって、どんなことなのかしら……?」


 幸太郎が彼女から離れながら言う。


「とにかく俺は帰る! この後用事があるので!!」


()()()()なんて、今日は休んだらいかがかしら? ()()の家に来ているんだし」


「か、彼女じゃない!!」


 幸太郎はそう言いつつも頭の中で思う。



(なぜ、家庭教師のことを知っているんだ?)


 マリアが悲しそうな顔で言う。



「そんな酷いこと言わないでくださる? わたくしの気持ちは本当でございますよ……」


「分かった。分かったからもう帰してくれ。頼む」


 手を合わせて頼み込む幸太郎にマリアはクスッと笑って言った。



「分かりましたわ。幸太郎さんと初めての会話、いやスキンシップも楽しめた事ですし」


「お、おい、何を言って……」


 青ざめる幸太郎。マリアがドアの方に向かって声を出す。



「爺、幸太郎さんがお帰りですわ」


 しばらくして先ほどの運転手が現れる。マリアが言う。


「お帰りの前に連絡先の交換だけして頂けますか?」


「あ、ああ。分かった……」


 幸太郎は気が進まなかったが仕方なしにスマホを取り出す。



「それではまた。ごきげんよう」


 マリアは玄関で微笑みながら幸太郎を見送った。





(何なんだ、あいつ。マジで変なのに絡まれた!! って、胡桃ちゃんからのメールが凄い……)


 幸太郎が全く現れず、連絡も取れないことを心配した胡桃からのたくさんのメールや着信が入っている。幸太郎がすぐに打ち返す。



『ごめん、ちょっとトラブルがあって遅れちゃった。今日はどうする? 止めにする?』


 すぐに返事が返って来る。


『良かった。先生、無事でしたのね。トラブルって大丈夫でしたか? 私は遅くなってもいいです。来てください♡』


『了解。すぐに行くよ』




「幸太郎さま、どちらへ向かわれますか?」


 車に乗って幸太郎に運転手が尋ねる。


「ええっと……」


 幸太郎は胡桃の家の住所を教えた。





「先生っ!!」


 胡桃の家にやって来た幸太郎を母親と胡桃が迎える。


「ごめんなさい。遅くなってしまって……」


 頭を下げて謝罪する幸太郎。胡桃が言う。


「大丈夫だよ、先生。さ、勉強しよ!」


「あ、ああ。始めようか」


 家へ上がる幸太郎に胡桃の母親が言う。



「城崎さん、今日は遅くなったので家で夕食を食べて行きませんか。主人も今日は遅いのでふたりきりで寂しいんですよ」


「え、ええ……」


 困る幸太郎に胡桃が言う。



「あと、そのままお風呂入ってうちに泊まって行ってください! お布団ももう敷いてありますから、()の部屋に!」


「は?」


「じゃあ、ごゆっくり……」


 笑顔で消えゆく母親を見ながら幸太郎はまたしても何かの罠にはめられたような気がした。

お読み頂きありがとうございます!!

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