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68.見せかけの愛

(本当に記憶がない……)


 八神斗真は病室の窓から眺める緑色に茂った木々を眺めながら思った。

 忙しかった毎日がまるで嘘であったかのようにここで過ごす日々は静寂に包まれている。斗真はベッドに横になりながら、事故が起きた時のことを思い出した。



(スマホをいじっていた俺が悪いのは分かるが、なぜこんな目に遭わなければならないんだ……)


 斗真は自分の体中に巻かれた包帯、そしてベッド脇にある点滴を見つめながら思う。



(俺の顔は一体どうなってしまったのだろう。まだ見ていないが、顔全体に感じる突っ張るような違和感。正直、包帯を取るのが怖い……)


 痛みこそずいぶん減ったが、斗真は事故以来一度も見ていない自分の顔のことを気にして恐怖すら覚える。

 そして今日がその包帯を外す日。ひとり病室で待つ斗真の元へ主治医がやって来て言った。




「八神さん、それではこれから包帯を外します」


「……はい」


 斗真に緊張が走る。

 主治医がゆっくりと斗真の顔を確認しながら包帯を外していく。


「顔はね、怪我が酷かったので少しばかり大きな傷跡が残るけど、ある程度は整形で整えらるし、希望があればもう少し高度な医療を……」


 斗真は主治医が言う言葉を頭が真っ白になりながら聞いた。



(俺の顔に、()()()()()だって……?)


 包帯が外れた顔に室内のエアコンの風が当たる。

 久し振りに顔に感じる風、顔の皮膚が突っ張った感覚。気のせいか少しヒリヒリとする。斗真は看護師が差し出した手鏡を持って自分の顔を見つめた。



(え? 嘘、だろ……)


 斗真は鏡で自分の顔を見たまま動けなくなった。






「斗真、いる~?」


 翌日、包帯を取ると聞いていた恋人の由香が病室を訪れた。部屋に入って来た由香が斗真の姿を見ていきなり笑いだす。



「きゃはははっ! 何それ~、ちょーウケるんだけど!!」


 斗真は顔のほとんどが隠れるような大きなマスクに真っ黒のサングラス、そしてニット帽をかぶり、さながら銀行強盗のような格好をしていた。由香が言う。


「なに~、どうしたのよ。そんなんしてないで顔見せてよ」



「……」


 無言の斗真。



「あれ? 斗真でしょ? ねえ、どうしたのよ?」


 部屋に入り、ベッド横にあった椅子に座りながら由香が言う。それまで黙っていた斗真が口を開いた。



「由香、お前は俺のこと愛してるか?」


 一瞬びっくりした由香が答える。



「えー、当たり前でしょ。じゃなきゃ、こんな場所来ないよ」


「ああ、そうだな」



「ねえ、どうしたのよ? それ取ってよ」


 由香が斗真の顔に巻き付いたマスクやサングラスを指差して言う。



「由香、俺、ちょっと事故で顔に傷を負っちゃってさ。傷のある俺でも大丈夫だよな?」


「あったりまえでしょ? 私はあなたの顔だけが好きになったんじゃなくて。ね、分かるでしょ?」


 由香は斗真に近寄り色っぽい視線を送る。斗真が言う。



「由香、俺は本当にお前を愛している。だから、ずっと俺の傍にいてくれ!!」


「当然でしょ。私も斗真が好きだよ!」


「ありがとう、じゃあ……」


 斗真はそう言うと意を決意してゆっくりとマスクとサングラスを外す。




「えっ……」



 静まり返る病室。

 静寂。

 無言。

 自分を見つめる由香の顔に、恐怖にも似た表情が浮かぶ。



「うそ……、な、何それ? 何、その顔……?」


 さわやかだったイケメンの面影はない。大きな傷跡に、怪我も癒えておらず顔全体が腫れ上がってしまっている。


「ああ、由香。大丈夫だ、俺だよ。斗真だよ……」


 由香はその顔から自分の名が呼ばれたことに恐怖を感じる。



「いや、いやいや。嫌よおおおお!!!!」


 由香は持っていた鞄を脇に抱え、引きつった顔で入り口の方へと後退する。焦る斗真が言う。



「だ、大丈夫だ、由香。今は整形も発達していて、前の俺みたいに……」


 由香がドアの方へ移動しながら言う。



「ご、ごめんなさい……、またね……」


 そう言って由香は口に手を当てながら走り去っていく。



「ゆ、由香ああああ!!!」


 斗真はベッドから半身を起こしながら大声で叫んだ。



(くそ、くそ、くそ、くそおおおお!!!!)


 ひとり壁を殴りながら斗真が涙を流す。

 表情を変えたくても顔が突っ張りどんな顔になっているのかも分からない。



「俺は、俺は悲しむことすらできないのか……」


 あまり表情が分からないまま涙を流す斗真。

 しばらくして斗真のスマホに由香から別れを告げるメールが届いた。






 月曜日の夕方。学校の用事で帰るのが遅くなってしまった幸太郎が、急ぎ足で駅に向かう。


(やばい、やばい!! 早くしないと胡桃ちゃんの時間に間に合わない!!)


 今日は胡桃の家庭教師の日。幸太郎はスマホの時計を見ながら速足で駅に向かう。そんな幸太郎を道の端に止めた黒塗りの車の中からひとりの女が見つめる。



「爺、あれがそうですね?」


「そうでございます、マリア様」


 日本でも有数のお嬢様学校に通う御坂マリア。

 その可愛らしい赤を基調とした制服を着たまま、マリアが車から降りる。



(城崎幸太郎、今参りますわ)


 マリアは風にカールの掛かった赤い髪をなびかせながら、早足で急ぐ幸太郎へと近づく。





(まずいまずい。今何時だ? 急がなきゃ!!)


 ドン!!



「きゃあ!!」


「え?」


 幸太郎がスマホの時計を見ようと視線を下におろした瞬間、突然目の前に現れた赤い制服の女性にぶつかった。



「痛ったーーーい、ですわ!!」


 その髪の赤い女の子は幸太郎にぶつかった勢いで、そのまま後ろに倒れるように女の子座りをする。幸太郎が慌てて声をかける。



「あ、ご、ごめんなさい!!」


「痛いですわ、痛いですわ!!」


 見ると彼女の膝が擦りむいて血が滲んでいる。


(ええ!? 本当に怪我をしちゃいましたわ!? これは想定外……)



「あ、あの大丈夫ですか!?」


 幸太郎が女の子の傍へ行き腰を下ろす。彼女はそんな幸太郎を無視するかのように、手に持っていた綺麗なブレスレットを見ながら言った。



「あ、割れてしまってますわ!!! わたくしの、大切なブレスレットが!!!」


 見ると彼女が持っていたブレスレットに、転んだ時の衝撃のためかひびが入っている。幸太郎が顔を青くして言う。



「あの、ごめんなさい。本当にごめんなさい!!」


 女の子は座ったまま幸太郎に尋ねる。



「あなたお名前は?」


「じょ、城崎幸太郎です」


 女の子はにこっと笑ってから幸太郎に言う。



「このブレスレットはね、代々我が御坂家に伝わる家宝ですの。とても値が付けられないほどの品なんです」


「そ、そうなんですか。ご、ごめんなさい……」


 真っ青になる幸太郎に女の子が言う。



「いいわ、幸太郎さん」


 彼女が立ち上がりながら幸太郎に言う。



「お話がしたいの。うちまで来て頂けるかしら」


 マリアはそう言うといつの間にか横に止められていた黒塗りの車のドアを開いた。

お読み頂きありがとうございます!!

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