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62.俺で、ごめんなさい。

 幸太郎は走った。

 既に暗くなった夜道を、人で混み合う駅を、お店がある路地を一心不乱に走った。



(これ以上、はるかさんに悲しい思いをさせたくない!!!)




「いらっしゃいませ」



「はあ、はあ……」


 駅前から一本路地に入った場所にあるお洒落なイタリアレストラン。


 チェーン店とは違った小さな個人店だが、本場イタリアを思わせるようなお洒落なお店で中には多くの人で賑わっている。

 勢いよく扉を開けた幸太郎に従業員が一礼してから尋ねる。



「ご予約はされてますでしょうか」


(え、予約!?)


 何も考えずにただ教えられた場所にやってきた幸太郎。

 改めて店内を見ると、皆お洒落な服装で静かに食事を楽しんでいる。よれよれのシャツとジーパンを履いて来た自分が恥ずかしくなる。



「あ、あの……、八神と言う名前で……」


 幸太郎は斗真の名字を伝えた。それを聞いた従業員が再び一礼してから言う。


「お待ちしておりました、八神様。さ、こちらへ。お連れ様がお待ちしております」



「あ、ありがとうございます」


 幸太郎に緊張が走る。お連れ様とは、そう、はるかのことだ。

 従業員の後に続いて歩く幸太郎。少し薄暗い店内に、その店に似つかわしくない格好の高校生じぶんが歩いて行く。



 コンコン


「八神様をお連れしました」


 従業員が店の奥にあった部屋のドアをノックながら言い、再び一礼してその場を去った。



(個室!? マジで!?)


 幸太郎が恐る恐るドアノブに手をかけ扉を開く。



「斗真さん、遅かったじゃ……、あれ?」


 そこにはライトブルーのカジュアルなワンピースを着たはるかが座って待っていた。一部にうっすらと描かれた青い花が美しいワンピース。胸元につけられた真珠のネックレスがしとやかな彼女に品を添える。



「幸太郎君……」


 明るかったはるかの顔が一瞬曇る。幸太郎が言う。



「あの、俺、その……」



「斗真さんは、来ないんだね……」


 はるかはいつもの優しい顔に戻って座りながら言った。



「はい。ごめんなさい。斗真さんに電話で頼まれて、俺……」


 はるかが椅子の上に置いてあったカバンからスマホを取り出して確認する。そして小さくため息をついてから幸太郎に言った。



「座って、幸太郎君。一緒に食べようか」


 それはいつもと全く同じの優しいはるかの顔。幸太郎は少しだけ救われた気分になってすぐに椅子に座って言う。



「斗真さん、その、大事な急用ができたって……」


「いいよ、もう。さ、お料理運ばれてくるよ」


「あ、はい……」


 はるかの言葉通りに、すぐに従業員が部屋にやって来て飲み物を置いて行く。



「これって、食前酒かな? 幸太郎君はまだ未成年だよね。私が飲んであげるね」


「あ、はい……」


 はるかはそう言うとテーブルに置かれた二人分の食前酒を飲む。斗真の名前で予約してあるため仕方がない。幸太郎は一緒に出されたあまり見たことがない細長いパンを齧る。


 その後もサラダやスープ、そしてメインである小さな肉のステーキなどが順番に運ばれて来た。幸太郎は見たことももちろん食べたこともない料理に緊張しながら、少しずつ口に運ぶ。

 でも幸太郎の目にはそんな料理より目の前に座るはるかに釘付けになっていた。



(綺麗だ。はるかさん、本当に綺麗……)


 お店に合わせたのだろうか。

 いつものバイトで見るラフな格好とは変わり、大人がパーティーにでも来て来るようなお洒落な服装。薄暗くてはっきりと見えないが、化粧もいつもよりしっかりとされている。



(こんな素敵な場所に、本当は斗真さんと一緒に来るはずだったんだ……)


 幸太郎は今斗真が誰といるのかと想像すると、自然と吐き気がしてくる。




「でさあ~、幸太郎君は胡桃ちゃんとお付き合いしてるんだ」


(大好きな斗真さんじゃなく、俺なんかがここに来たのに全く嫌な顔ひとつせず明るく話しかけてくれる)



「胡桃ちゃん、いい子だからね~。大切にしなきゃダメだよ!!」


(本当は俺なんかじゃなく、斗真さんと来たかった場所)



「でさ、幸太郎君……」


(はるかさん……)




 ――俺で、ごめんなさい



「それで幸太郎君は胡桃ちゃんのどこが良かったの?」


 はるかが笑顔で尋ねる。



「あ、いや、胡桃ちゃんとは別にそう言う関係じゃあ……」


 はるかが驚いて言う。



「えー、あんなことしておいて、違うって言うの?」


 幸太郎が慌てて言う。


「あ、あれは、その、急に、突然というか……」



「はあ、幸太郎君」


 テーブルの上についた両肘の上に顔を乗せて言う。



「向こうはそんな風には思ってないよ。どう思ってるのか知らないけど、そうさせたのは幸太郎君のせいでもあるんだから。女の子、泣かせちゃダメだぞ!」


「は、はい。ごめんなさい……」


 幸太郎はそう言いながら思った。



(この人が泣く姿を俺は見たくない。でも……)


 幸太郎は斗真のこと、付き合っている由香のこと、今日のこと。その全てを黙っていることに限界を、罪悪感を感じ始めた。



(はるかさんを悲しませたくない。だからと言ってこんなに優しい人をこれ以上、騙し続けるのも辛すぎる……)



「はるかさん」


「さ、そるそろ帰ろうか」


「え?」


 幸太郎が時計を見ると既に午後9時を回っている。



「あ、そう言えばここの支払い……」


 幸太郎は財布の中に数千円しか入っていないことに気づく。急な呼び出し。お金などほとんど持ってきていない。はるかが笑って言う。



「大丈夫よ。すでに斗真さんが払ってくれているから」


「ああ、そうでしたか……」


 幸太郎は安堵と共にそう答えた。幸太郎があることを思い出して言う。



「あの、はるかさん。この間貸してくれたハンカチだけど、今日持ってこれなかったんで今度のバイトの時返します」


「ああ、いいよ。そんなのいつでも。さ、出よ」


「あ、はい」


 幸太郎ははるかと一緒に店を出る。改めて他の客の服装を見るといかに自分が不格好で来てしまったかと恥ずかしくなる。





「うーん、美味しかった」


 店を出たはるかが背伸びをしながら言う。

 周りは夜のネオンが光る夜の街。食事か飲みに行くのか分からないサラリーマンの姿が多い。そんな夜の光に照らされたはるかが闇夜に美しく浮かぶ。はるかが幸太郎に言う。



「今日はありがとうね」


「いえ、そんなことは。全然……」


 幸太郎は自分が斗真でないことを申し訳なく思う。はるかが前を歩きながら言った。




「今日ね、私の誕生日だったんだ」



(え?)


 幸太郎の足が止まる。


「誕生日にね、こんなお店でひとりでご飯食べるところだったんだよ。来てくれて、ありがとう」


 幸太郎はそう話すはるかの背中を見つめる。



(誕生日、だって? だから、だからそんなに着飾って、お洒落して、こんなお店に……)


 どうして気付かなかったのか。

 ただの食事にしては着飾り過ぎている。今日は特別な日、ここは特別な場所。幸太郎は全身の血が逆流するような感覚を覚える。



(本当は、本当は大好きな斗真さんと来たかったはず。それなのにそんなことおくびにも出さず、明るく、何もなかったかのように振舞って、笑顔で、優しく……)


 幸太郎は目頭が熱くなるのを押さえながら改めて思う。




 ――ごめんなさい、俺で……



 はるかが立ち止まった幸太郎に気付いて振り向いて言う。



「あれ~? どうしたのかな、幸太郎君」


(俺が悪いんだ。本当は全部知っているくせに黙っていて……)



「私だったら気にしなくてもいいんだよ」


(ちゃんとはるかさんに、本当のことを伝えていれば、どんな結果になろうともまた別の形でこの日を過ごせたのかも知れない……)



「ご飯も美味しかったし、胡桃ちゃんの話も聞けたし」


(今、分かったんだ。俺ははるかさんが悲しむのを見たくないと言って自分に嘘をついていたんだ。でも本当は……)



「明日からのバイト、またよろしくね。幸太郎君!」



 ――本当は自分が傷つくのが怖かったんだ



「はるかさん……」


 幸太郎が小さな声でその名を呼ぶ。はるかが幸太郎の近くへ来て答える。



「なに? どうしたの?」



「ごめんなさい……」


 それが精一杯であった。

 そのひと言を口にするのが今の幸太郎の精一杯であった。はるかが言う。



「えー、何で謝ってるのよ!? 私は感謝してるよの?」


「え、でも……」


「さ、帰ろ」


 幸太郎はやはり明るく優しいはるかを見ながら、ずっと心の中で謝り続けた。




「うっ、ううっ……」


 はるかは幸太郎と別れて乗った電車の中でひとり、誰にも知られないように涙を流した。





 その翌日。

 そんな複雑な関係を一変させるメールが、学校から帰宅中の幸太郎のスマホに入る。


(あれ? はるかさんからだ)


 そのメールを読んで幸太郎は動けなくなった。



『斗真さんが、車で事故を起こして、今病院に入院中で……』


 幸太郎の耳には電車の走る音だけが静かに響いていた。

お読み頂きありがとうございます。

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