61.斗真からの電話
「沙羅さん、僕と結婚を前提にお付き合いしてください!!」
新会社設立パーティー。その主役でもある新社長の三井孝彦が、雪平家令嬢である沙羅に突然の結婚前提の交際を申し込んだ。驚く周囲。その視線が三井と沙羅に集まる。
「み、三井君……」
彼の隣にいた父親の重定が内心思う。
(彼も候補のひとりにはなっていた。将来有望な青年。あとは沙羅次第だが……)
「うっそー、マジで!? 孝彦君、沙羅狙いだったのね~!!」
沙羅の隣に立つ姉の栞が興奮気味に言う。そんな栞を無視するかのように黙り込む沙羅。三井が声をかける。
「沙羅さん? どうしたのかな。もしかしてそれは了承という……」
「馬鹿なの、あなた」
「え?」
沙羅は表情ひとつ変えずに三井に言う。
「どうしてこんな場所でそんな馬鹿なことが言えるのかしら。くだらないナンパしてないで会社のことでも考えたら?」
「さ、沙羅っ!」
さすがに娘の一方的な言葉に父親の重定も注意をする。沙羅が重定を睨みつけて言う。
「不愉快だわ。私、帰る。パパたちは適当にタクシーで帰って来て」
沙羅はそう言うとひとり会場出口の方へと歩き出す。
娘に睨まれ真っ青な顔になった重定が、泣きそうな顔になって去っていくその背中を見つめる。できれば一緒に帰りたかったが、雪平家当主としてさすがにそれはできない。
「ぷっ、ぷぷっ……」
そんなやり取りを姉の栞だけは笑いを堪えながら見ていた。
(もう、最高っ!! 沙羅、ナイス切り返し!!)
栞は三井に特に何の感情も持っていなかったが、ただ単に目の前で起きた冗談のような喜劇を心から面白がった。
(ああ、ああああああ!!! なんて、なんて快感っ!!! こんな公衆の面前で、会社設立の場で、その主役のこの僕に対して、あの冷淡な言葉っ!!!)
「三井君、まあ、あまり気にしないでくれ。沙羅も急なことでびっくりしているだけかもれん」
「大丈夫です。僕も少し気がはやりました。沙羅さんの機嫌を損ねてしまって申し訳ございません」
三井は謝りながら内心思う。
(僕が、僕が地面に頭をこすりつけて沙羅さんに謝罪を乞う。ああ、なんて屈辱的な図。そして沙羅さんが差し出した靴を僕がキレイに舐めて、それで、それで、ああ、それでも僕は許されないんだ!!!)
「孝彦君、ごめんね。でも、あの子、相当手強いよ~」
断られて落ち込んでいると思った三井を姉の栞が元気付ける。三井が笑顔で答える。
「ああ、大丈夫ですよ。このくらいで凹んでいては会社はやっていけませんから」
三井のさわやかな笑顔に一瞬凍り付いた雰囲気が徐々に溶けて行く。
(ああ、もっともっと罵られたい!! 氷のような冷たく、槍のような痛い言葉で突き刺すように責められたい!! イケメンの僕を、新社長の僕を、散々女と遊んできたこの僕を、めちゃくちゃに壊すほどに!!!!)
「さて、じゃあ三井君がそう言うなら立食の続きでもしようかね」
「ええ、少しお腹も空きました」
重定の言葉に三井が笑顔で答える。
寿司が食べたいと言う栞の希望で皆が寿司コーナーにいる職人の元へと移動していく。
(なんなのよ、これ……)
彼らが去った後、その場にたったひとり残された赤髪のカールの女の子が、激しい怒りに体を震わせていた。
(この御坂家令嬢、御坂マリアの申し出を断った挙句、目の前で他の女に求婚したですって!!! い、一体どれだけわたくしを馬鹿にすれば気が済むの!!!)
「マリア様……?」
マリアの従者が呆然と立ち尽くすその姿を見て心配する。
(わたくしに興味がないってこと? この美しさと色気を兼ね備えるわたくしが女として負けたってこと? こんな場所にひとり残されて、惨め? 公衆の面前でフラれたわたくしは惨めですの? 負け犬? そんな、そんなことはないわ!! あの女さえいなきゃ!!!)
「爺っ!!」
「あ、はい。マリア様」
マリアは激しく湧き上がる怒りを抑えて冷静に言う。
「あの女、雪平沙羅について調べてちょうだい」
「と、申しますと?」
マリアは沙羅が出て行ったドアを睨みつけながら小声で言った。
「あの女の全てを。一流の探偵を使って。特に交友関係。特定の男とか居ないかすぐに調べて!!」
「し、しかし……」
「すぐに、早くっ!!!」
御坂家にとって雪平家は切っても切れない関係。そこの令嬢に調べを入れると言うのは、ある意味的敵対行為にもとられる。その重要性を理解しているからこそ戸惑う従者であったが、マリアの本気の気迫に押されて渋々返事をする。
「かしこまりました。近日中にご報告致します」
「ちゃんとお願いね。あともう帰るわ。不愉快なの、ここ」
「御意」
マリアはかつかつと靴音を立てて会場を出て行く。
(おじ様の娘とは言え許せないわ!! わたくしと三井様にあのような恥をかかせて!! もともとあまり好きじゃなかったのよ、あの女。ちょうどいい機会ですわ。一度痛い目に合わせてあげましてよ!!)
マリアは家へ向かう車の中でひとり今後の作戦を練り始めた。
(ふう、今日は火曜日。週で唯一バイトのない日。しっかり勉強しなくちゃな)
幸太郎は自宅に戻り食事を終えると、一直線に自室に入り机に向かう。
ここ最近下がって来た成績を再び上げなければ、光陽大の学費免除の特待生にはなれない。
(しかし、これでも全然足らないな……、もっと根本的なところを変える必要があるかもな)
そうは思ってみてもバイトを減らせば家計に響く。やはりファミレスを減らすべきか。そう考えていた幸太郎のスマホに着信の音楽が響く。
「わわっ、え、ええっと、ええ!? 斗真さん!?」
今、まさに頭に思い浮かべていたファミレスのバイトチーフ。バイト辞めたら怒られるだろうなと思っていたまさにその人である。個人的な連絡はほどんどない斗真からの電話。幸太郎が恐る恐る電話に出る。
「あ、はい。幸太郎です……」
すぐに斗真が返す。
「幸太郎? すまん、こんな時間に」
時刻はまだ19時過ぎ。特に遅くもない。
「どうしたんですか?」
そう尋ねる幸太郎に斗真が声を小さくして言った。
「あのな、幸太郎。実は今日はるかと飯食いに行く約束してたんだけど、どうしても抜けられない急用ができちゃってさ……」
(はるかさんと、ご飯??)
黙って聞く幸太郎に斗真が続ける。
「それでさ、あいつずっとレストランで待ってるから、悪いけどお前、代わりに相手してやってくれない?」
「え? 斗真さん、何を言って……」
「場所は駅前のイタリア料理店で、店名は……」
小声だが急ぎで幸太郎に場所を伝える斗真。どうしていいか分からない幸太郎が言う。
「あ、あの、俺、はるかさんとは……」
「ねえ~、斗真ぁ? 誰かと話してるの~? 早くこっち来てよ~」
(えっ!?)
幸太郎がその後ろから聞こえた女の声に固まる。斗真が慌てて言う。
「そ、そう言うことだ。悪い! 今のは聞かなかったことにしてくれ。はるかにも内緒な!!」
「あ、ちょ、斗真さ……」
既に電話は切られていた。
(あの声、あの話し方。あれは間違いなく以前カフェで会った彼女の由香さん。ふたりで一緒にいるから、はるかさんと会えないってことなのか!?)
あまりにも突然のことで頭が混乱する幸太郎。
相変わらずいい加減な斗真。本当ならば自分などが関わっちゃいけない。関われば関わるほど傷を負うのは自分。でも、
(はるかさんがひとりでレストランにいる。誰も行かないんじゃ、それじゃ、あまりにも……)
幸太郎は目を赤くしながら部屋を出る。
「あれ、お兄ちゃん!?」
慌てて外へ出かける兄を見て奈々が言う。
「え? お兄ちゃん、これから出かけるの?」
「ああ、ちょっと遅くなる!!」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!!」
(あまりにも……、可哀想すぎるじゃないか!!)
幸太郎は妹の奈々が呼び止めるのを振り切ってひとり走った。
お読み頂きありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできますm(__)m




