60.パーティーの告白
街の一等地にある五つ星の高層ホテル。
そのイベント用大広間で雪平家の新会社設立パーティーが盛大に行われた。広い会場には会社設立を祝う多くの来賓で溢れている。
立食式のパーティー。皆が会場前方にある壇上の新社長三井孝彦を見つめる。
パチパチパチパチ
三井が頭を下げると会場はたくさんの拍手で溢れた。
三井から離れて雪平家当主の重定、娘の沙羅と栞、そして会社関係者が立ち同じく頭を下げる。
「皆さま、本日はご多忙の中……」
三井はこの大勢の来賓の前で一切臆することなく堂々と新社長としての挨拶をして見せた。まだ大学生。しかしそんなことは微塵も感じさせない堂々とした振る舞い。招かれた若い令嬢の間からは早くも甘いため息が聞こえてくる。
そしてパーティーは自由に会談をする時間を迎える。
「マリア様。いかがなされました?」
御坂家令嬢、御坂マリアは執事の爺の声で我に返った。
「な、なんでもございませんわ」
そう言いながらもマリアは壇上に立つ若き新社長に目が釘付けになった。
(なんて素敵なお方……、清潔感があり背も高く、頭も良さそうなお方。あの方なら……)
マリアはまだ恋多き女子高生。聡明そうな三井を見て直ぐに惹かれる。
「それではこれより会食と致します。皆様どうぞご自由にお過ごしください」
その言葉を待っていたかのように御坂マリアは壇上から降りて来た三井に向かう。
(ああ、この胸のときめき。間違いございませんわ!! あの方こそわたくしが探していた御方。ぜひ、ぜひ、わたくしが……)
「三井様」
壇上から降りて重定と軽く会話を始めた三井に、後ろからマリアが声をかける。振り向く三井。しかしその声をかけた令嬢とは面識がない。隣にいた重定がマリアに気付いて声をかける。
「これはこれは御坂のところのマリアちゃんじゃないか。大きくなって」
重定はマリアを見つめる。
真っ赤なタイトドレスを着ており、そのミニスカートから伸びる生足はとても高校生とは思えないほど色っぽい。そして肩を出し大きく開いた胸元。それはまるで会場に咲く可憐な花のよう。
赤くカールの掛かった髪をかき上げながらマリアが笑顔で答える。
「これは雪平のおじ様。ご無沙汰しておりますわ」
「本当に大きくなって。これはもうひとりのレディとしてお話しなければならないかな」
マリアが口に手を当てて答える。
「嫌ですわ、おじ様ったら。わたくしはまだまだ子供ですわよ」
大胆に開いた胸元、そしてミニスカートから伸びる色っぽい足がそれらをすぐに否定する。重定が尋ねる。
「御坂は今日は欠席だったね」
「ええ、申し訳ございません。父は海外出張中で……」
雪平家ほどではないが、御坂家も由緒ある名門。そして当主同士の仲も良く、度々事業を一緒に行っている。今回の新会社設立にも御坂家から惜しみない協力がされていた。マリアが隣にいる三井に尋ねる。
「初めまして、三井様。わたくし御坂重蔵の娘、マリアでございます」
マリアは色っぽい声で新社長の三井に挨拶をした。
彼女はいわゆる肉食系女子であった。
これまでにも自分の地位やお金で次々と男を落とし、飽きたら新しい男を物色する積極的な女であった。
三井は幾らあの雪平のお気に入りの男とは言え、言ってみれば庶民の男。名門御坂家の令嬢が声をかければすぐに落ちるものだと思っていた。三井が返事をする。
「初めまして。三井孝彦です」
差し出された細くて白い手。
マリアはにこっと笑い、つけていた赤いレースの手袋を外しその手を取る。
「社長就任おめでとうございます」
そう言いながらマリアは握った三井の手を、自分の親指で撫でるようにくすぐる。
「ありがとうございます。マリアさん」
マリアは三井の手を握ったまま彼を見つめて言った。
「三井様」
「はい?」
マリアが言う。
「よろしければ、わたくしとお付き合いして頂けませんでしょうか」
その言葉に周りが一瞬凍り付く。
本日開かれた盛大な設立パーティー。その主役である三井孝彦。若くして社長に就き、背も高くイケメンで優しい。その彼に公然の前で堂々と交際したいと言うのだから皆が驚くのも無理はない。三井が思う。
(ああ、この女も僕の魅力にやられたクズ女なんだよな。御坂家の令嬢? 知らないね。お嬢様ぶってるのに裏では何を考えているか分からないような女。悪いけど、まったく興味がない)
「それはうちの会社と御坂家との取引という意味じゃなくて、個人的に、ですか?」
既にこの会社と御坂家は一緒に仕事をしている。三井は分かり切った質問をあえてマリアにぶつけた。マリアが答える。
「ええ、そうですわ。個人的に。男と女の関係のことでございます」
高校二年というまだ子供の様な年齢でありながら、多くの場数を踏んできたマリア。いつしかその年齢以上の貫禄が備わっていた。重定が苦笑いをして言う。
「マリアちゃん、これはまた急だね」
マリアが答える。
「ええ、恋は急なもの。その時々の機会を逃せば二度と巡って来ないこともありますわ」
その会話を重定の後ろで聞いていた沙羅が内心思う。
(あー、本当くだらない会話。一分一秒でも早く家に帰りたい)
マリアに突然の告白をされた三井が言う。
「なるほど。確かにそれも一理ある。じゃあ僕もその考えに賛同して言おう」
「まあ、三井様。それではわたくしと……」
両手を顔の前で握りしめてマリアが嬉しそうに言う。
「沙羅さん!!」
(え?)
三井は重定の後ろにいた沙羅の前まで歩いて行って言った。
「僕と結婚を前提にお付き合いしてください!!」
沙羅は三井の言葉を聞きながら内心思った。
(ああ、やっぱりこんな面倒なところ、来るんじゃなかったわ……)
沙羅は三井の言葉を眉一つ動かさず冷静に受け止めた。
「先生、またねー!!」
無事、胡桃への家庭教師の仕事を終えた幸太郎は、見送る胡桃と母親に頭を下げて家を出た。
(俺が必要以上に意識しすぎたのかも知れないな……)
胡桃も意識はしていた。でもいつもと同じく明るく振舞ってくれる。
(たかが頬へのキス。されどキス、か……)
幸太郎は電車の椅子に座りながら、スマホを取り出しメッセージの確認をする。
「ふう……」
そしてSNSにあるまだ一度も連絡したことのない沙羅の名前を見てため息をついた。
(用事がなければ『幸太郎』として連絡を取るのはまだ気が引けるな。『こーくん』じゃないし……)
幸太郎はスマホをカバンに片付けて目を閉じ、今日帰ってから行う勉強のことを考えた。
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