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6.パーテーション

「あら、意外とカワイイ顔してんじゃん! 私、しおり。沙羅の姉よ、よろしくね!!」


 茶色で丸みがかったフォルムと、流れる前髪が少し大人っぽいワンレンボブ。真っ白な肌は妹の沙羅と同じ。胸はないが、不思議と色っぽい陽キャだ。



「城崎幸太郎です。初めまして……」


 幸太郎は頭を下げながら思った。



(この人が三つの試練のうちのひとつ。彼女を()()しなければならない)


「沙羅の『バイ友』で来たんでしょ~? 頑張ってね」


「あ、はい」


(頑張っても何も、自分もその攻略対象のはず。知っていてそのセリフか?)


 少し身構える幸太郎に栞は階段を下りて来て、真横に立ち耳元で言った。



「沙羅はね、とってもいい子なの。でもちょっと難しいところもあってね。パパにもそうなんだけど、私にもあまり話してくれないの。だからね、期待してるよ。幸太郎君」


 そう言うと栞はふうっと幸太郎の耳に軽く息を吹きかける。



「ひゃっ!?」


 驚いた幸太郎が思わず声を出す。栞が笑いながら言う。


「やだー、カワイイ! 沙羅をよろしくね!!」


 そう言って幸太郎の肩をポンポンと叩くと階段を下り去って行った。



(完全に向こうのペース。あれをどうにかするってのは至難の業だな……)


 真面目な幸太郎にとって種族が違う陽キャは全く別の生き物。『友達になる』と言うハードルの高さを改めて思い知る。



(さて……)


 幸太郎は改めて階段を上がり、奥にある『SARA』と書かれた部屋の前に立つ。



(緊張するな……)


 女の子の部屋に入ると言うのは、毎週家庭教師をしている咲乃胡桃の部屋もそうなのだがやはり緊張する。

 とりあえず初日は自己紹介がてら色々話をして……、幸太郎は昨夜考えてきた今日のプランを思い浮かべながら軽くドアをノックした。



 コンコン……


 返事はない。

 もう一度、今度はやや強めにノックする。



 コンコン……


 静寂。やはり返事はない。

 幸太郎はすでに『バイ友』の時間が始まっていることを確認すると、ノブを回し少しだけドアを開けて言った。



「中に入るよ。いい?」


 それでも返事はない。

 無断侵入ではないと思い直し幸太郎はドアを開け部屋の入り口に立つ。



 意外と落ち着いた部屋。

 家庭教師で訪れている胡桃とは対照的に、ぬいぐるみが少しある程度で可愛らしい物はそれほどない。

 高級そうなベッドに、暗くも明るすぎることもない照明。そして部屋の奥にある机。そこに黒髪の少女が背を向けて座っている。



「あの、俺……」


 幸太郎がそう言うとその黒髪の少女は振り返って言った。



「来ないで」


「え?」


 黒髪の少女、沙羅は顔をこちらに向け無表情で幸太郎に言う。



「ドアの横、その赤線で囲った場所。そこがあなたの場所。そこにいて」


 幸太郎はすぐにドア横の床に赤のビニールテープで囲まれた、縦横1mほどの四角形に気付く。その壁沿いには一脚の椅子が置かれている。



(まさか……?)


 立ち尽くす幸太郎に沙羅が言う。


「早く」


「あ、ああ……」


 幸太郎はドア横の四角の中に入り、椅子に座る。それを見た沙羅はゆっくりと立ち上がり、近くにあったパーテーションを幸太郎の前まで移動させた。



「え? これじゃ……」


 周りが見えない。

 いや、正確に言うと自分と沙羅との間に置かれたので彼女の姿が見えない。沙羅が言う。



「その四角の中から出ないで。トイレは許可する。以上」


「なっ!?」


 まったく意味が分からない幸太郎。何かを言おうとするが、それより先に沙羅が言う。



「これから読書をするの。邪魔はしないで」


「お、おい……」


 見えない相手との会話。

 いや、一方的に言われるだけで会話にすらなっていない。



(そう言うことか……)


 合格者ゼロ。

 心の壁、友達の壁。いや、それ以前にこの物理的な壁。

 これまでの『バイ友』たちはこれで散っていったんだろう。この実際の距離以上に遠い場所にいる沙羅。初日で心を折られ、ここに座ってスマホをするしかない状況も理解できる。


(だが、俺は負けない!!)



「なあ、沙羅」


「……」


「呼び捨てでいいよな? 一応()()だし。お前も幸太郎でいいよ」



「静かにして」


 沙羅が小さな声で言う。



「なあ、沙羅。これ邪魔だからどけるな」


「え?」



 ドン!! バタン!!!


「きゃっ!!」


 幸太郎はそう言うと目の前にあったパーテーションを手で押し倒した。奥の椅子に座って唖然としてこちらを見る沙羅。何が起こったのかまだ理解できていないようである。



「友達が遊びに来たんだ。こんなんあったら顔が見えないだろ?」


 雪のように白い沙羅の肌がみるみる赤く染まっていく。



「ふざけないで!! 何が友達よ!! お金で雇われて来たんでしょ!! パパと何を話したか知らないけど、()()()がいいって言わなきゃすぐにでも追い出してるのよ!!」


(あの人?)


 幸太郎はまだ知らぬ人物が居るのかと思ったが、聞くのはまだやめておこうと思った。幸太郎が言う。



「いいじゃん、どんな形でも」


「は?」


 沙羅は怒気を含んだ表情になる。



「お見合だってさ、他人が紹介してくれんだし。婚活なんて生涯の相手をお金で探してるんだぜ。だったら友達になるきっかけにお金を払うんだって絶対悪ではないと思うよ」


「こ、婚活って、あなた何を言って……」


 自分よりずっと冷静な相手に少し戸惑う沙羅。幸太郎が言う。



「きっかけなんてどうでもいいじゃん。とりあえず、俺は沙羅と友達になりたい」


 嘘ではなかった。

 確かにきっかけは『バイ友』と言う変わった出会いだったかもしれないが、少しだけ話してみて幸太郎はこの何か不思議な少女ともっと話したいと思うようになっていた。沙羅が真剣な目で言う。



「私は嫌。この部屋にあの人以外の男が入るなんて考えもできないし、同じ空気を吸うのも嫌」


 幸太郎はまだ冷える春の夜に、窓が半分開けられている意味を理解した。沙羅が続けて言う。


「いい、絶対その四角から出ないで。この部屋には防犯カメラがあるの。私しか操作できないものだけど、もしあなたが変なことをすればすぐに証拠として残る。私に近付けは防犯ベルを鳴らす。それに私はあなたと友達になる気なんて元からないの。分かる? あなたはここに来た時から()()()()の」


 幸太郎が苦笑して言う。



「変なことなんてしないよ。友達が嫌がることもしない。俺もさ、バイトばっかりしていて友達全然いないんだけど、それは守るよ」


「……」


 無言の沙羅。幸太郎が言う。



「とりあえずさ、このパーテーションはこのままでいいかな?」


 床に倒れたままのそれを指差して幸太郎が尋ねる。



「どうせ戻してもまた倒すんでしょ?」


「正解~!!」


 沙羅は首を振って言う。



「そこに座って決してこっちを見ないでくれる。それが条件」


「やだ」


「は?」


 幸太郎は少し笑って答える。



「人と、友達と話すときに相手の目を見ないで話なんてできないよ」


「ふ、ふざけないでよ!!」


「でも、そりゃ無理だ。相手に、お前に失礼だ」



「……」


 沙羅はこれまでとは違う、不思議と自分の領域にぐいぐい食い込んで来るこの男を見てどう対処していいのか分からなくなってきた。幸太郎が言う。


「じゃあ、もう少し話をしてもいいかな」


 無言の沙羅。しかし先程までとは違って、座りながらも体はしっかりと幸太郎の方を向いていた。それを無意識で確認した幸太郎が笑顔で話し掛けた。

お読み頂きありがとうございます。

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