56.胡桃と幸太郎のLove Loveデート【後編】
デート前、胡桃はネットを見ながら考えていた。
(あまりお金がかからずに、Love Loveなデートができる場所ってないのかな?)
そんな彼女がある書き込みに気付く。
『【愛の聖地】って知ってる? 一日で五か所巡ると愛が成就するんだって!!』
【愛の聖地】とは全国各地に認定された恋人たちが愛を誓う場所で、ここ数年パワースポットとしても認知度が高まっている。
『五か所巡り』とは公式にはそのようなアナウンスはされていなかったが、ネット上でいつからか噂になっているこの聖地の最も人気の高い巡り方である。
「これだ!! これよ、これ!! これなら移動費だけで済むし、先生との愛も深まるわ!!」
胡桃はすぐに近郊の【愛の聖地】の場所を検索。一日で巡ることができる計画を立て始める。
「お弁当はここで食べましょう。門限が20時だから、このコースなら大丈夫ね」
ある程度の計画を立ててから胡桃が思う。
「私は絶対に先生と一緒になるの。だからあの女には負けられない。先生にもしっかり聞かなきゃ。あの女のことを……」
「先輩は雪平さん。沙羅さんのこと、どう思ってるんですか?」
胡桃は後悔していた。
『バイ友』を幸太郎に紹介したのは自分。少しでもお金になると思い彼の為を思ってのことだったが、まさか自分のライバルを作ってしまうことになろうとは思ってもみなかった。幸太郎が驚いて言う。
「ど、どう、って?」
「沙羅さんのことをどう思っているかってことです」
幸太郎が答える。
「沙羅は、友達だよ。ようやく認めて貰えたんだ『バイ友』として」
それは言い換えればふたりの関係が一歩進んだことである。前回偶然二人が一緒に買い物をしていた時の態度、そしてファミレスにやって来た沙羅を見て胡桃は確信していた。
「そうじゃなくて……、女性としてです」
「女性として!?」
それは幸太郎の無意識の中にあった『あまり聞かれたくない質問』であった。
客観的に見ればかなり可愛い女の子だし、『こーくん』を通して彼女がヤンデレだったことも知っている。ただ無論それは仕事で会っているのであって、胡桃と同様に恋愛感情を持たないよう自制している。
「可愛い子、だとは思うよ。それ以上は……」
胡桃の脳裏に、最初幸太郎が彼女ついて言った『可愛い』と言う言葉が蘇る。
「私と、どっちが可愛いですか?」
「え?」
胡桃の目は真剣である。
(そ、そんなこと答えられる訳ないじゃん……)
ふたりとも可愛い。
ただどちらが可愛いと言うことは考えたことがない。ふたりとも別の可愛さがある。
「私の方が可愛いですよね!!」
何も答えない幸太郎に胡桃が迫る。
しかし幸太郎の頭には全く別のことが思い浮かんでいた。
(はるかさん……)
可愛い女性、と言われて最初に思い浮かべるのがやはり彼女だった。
斗真に想いを寄せ、でもきちんと相手をして貰えない彼女。幸太郎の胸の奥で何やらむかむかした感情が沸き上がる。
「先輩……?」
無言の幸太郎に胡桃が少し心配そうな顔で言う。
「ああ、ごめん。胡桃ちゃんも可愛いと思うよ」
幸太郎にしては最大限彼女を気遣って言った言葉であったが、彼女はその温度差を肌で感じていた。
(『私も』か、先輩の心の中にいるのは誰? 私であって欲しい。今はたとえ違っても、きっと私で満たしてあげる……)
「さ、先輩。次行きましょう。計画の時間、ちょっと過ぎてます」
「え? あ、うん。行こうか」
幸太郎はそう言って立ち上がり準備を始めた。
その後もふたりはまさに胡桃が望む『Love Love』な雰囲気で、【愛の聖地】巡りを楽しんだ。幸太郎は今日の為にこんなにも色々と考え準備してくれた彼女に心から感謝した。
そして午後から巡った海と大橋の【愛の聖地】を終え、いよいよ最後の目的地へやって来た。
「先輩、あれが最後なんですけど……」
それは最初と同じ駅の敷地内にあった。朝とは違う駅だが、外は途中から降り出した大雨で外が霞んでしまってあまりよく見えない。距離的には近くにあるのだが、雷を伴った土砂降りで誰も訪れている人はいないようだった。
「すごい雨だね……」
「ええ……」
駅の入り口に立ち、空を見上げるふたり。
既に空は暗くなっており、強く吹き付ける雨はすぐに止みそうにない。
「どうしようか?」
「はい……」
先程幸太郎が近くの売店に傘を見に行ったが、既に売り切れでなかった。胡桃がこのハートのモニュメントを巡っているのは分かっている。ここに来たと言うことは最後にあれに触れたかったのもの分かる。
「雨が止むまで少し待つ?」
胡桃が首を振って答える。
「私、門限が20時なんです。もう次の電車に乗らないと間に合わなくて……」
時刻は19時15分。ここからだと確かに今帰ってもぎりぎりだ。胡桃が苦笑いして言う。
「さ、帰りましょ。先輩。今日は楽しかったです」
鈍感な幸太郎でもその笑顔の意味は理解できた。幸太郎が言う。
「胡桃ちゃん、走るよ!!」
「え?」
幸太郎は自分の着ていたジャケットを脱いで胡桃の頭に掛けると、彼女の手を引いて一直線にハートのモニュメントへと走り出す。
「きゃ、先輩!?」
ふたりは土砂降りの中勢いよく走りハートのモニュメントに触れる。そしてすぐにそのまま駅の中へと引き返して来た。びしょ濡れになった幸太郎が笑顔で胡桃に言う。
「はあ、はあ。これで良かったのかな」
(先輩……、こんなに濡れちゃって……)
胡桃は幸太郎のジャケットを頭からかぶりながら見上げて思う。
――大好き、先輩
胡桃は自分の気持ちを抑えることができなかった。自然と自分の両手を幸太郎の首に回し、頬に優しく唇を当てた。
(え!?)
ジャケットに隠れて周りからは見えない。
それでも【愛の聖地】の前で顔を寄せあうふたりに、その意味を知っている人たちからは微笑ましい視線が向けられた。
「胡桃ちゃん……?」
驚く幸太郎に、胡桃は頭に乗っていたジャケットを返して言う。
「ありがとうございました!! 先輩、また明日ね!!」
そう言って胡桃は笑顔で手を振りながら改札へと走って行った。
「胡桃、ちゃん……」
突然のことに頭が真っ白になる幸太郎。
周りは【愛の聖地】で時々起こるこの風景を温かく見てくれたが、当の本人は動揺して立っているのが精一杯であった。
そして更に幸太郎を混乱させることが起こる。
「幸太郎君……?」
自分を呼ばれた幸太郎がゆっくりと声のした方を見つめる。
その声、その可愛らしい声。
幸太郎はすぐに気が付いた。そして震えた声で言う。
「はるかさん……」
バイトの先輩、藤宮はるか。
幸太郎が想いを寄せるその人であった。
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