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55.胡桃と幸太郎のLove Loveデート【前編】

(つまらないわ……)


 日曜の朝、沙羅はひとり部屋から曇った空を眺める。



「はあ……」


 そして机の上にある卓上カレンダーを手にし、赤い数字で書かれた今日の日付を見つめる。


(あいつ、今日、あの胡桃とか言う女と一緒に出掛けてるのね……)


 自分とは関係ないはずなのに、なぜか気になって今日も朝早くから目が覚めた。



「どうでもいい、わ……」


 沙羅はひとりベッドの上に行くと布団の中へもぐりこんだ。






「先生ーーーっ!!」


 胡桃は待ち合わせの駅で幸太郎の姿を見つけると飛び上がって手を振って叫んだ。周りの皆が胡桃と()()と呼ばれた幸太郎を見つめる。


「く、胡桃ちゃん……」


 幸太郎が周りを見ながら胡桃に言う。


「胡桃ちゃん、今日は『先生』はやめようか。いっこしか違わないんだし、変な勘違いされたら困るから」


 胡桃が笑って言う。


「そうですね。じゃあ『先輩』でいいですか?」


「ああ、それで頼む」



 胡桃がにこっと笑って言う。


「先輩、今日の服、どうですか?」


 胡桃は履いていた黒のフリルの付いたミニスカートの両端を少し持ち上げて幸太郎に言う。



(うぐっ……)


 ミニスカートから出た白い太腿、靴は踵が隠れるほどの革靴。上は白のシャツに、ベージュのガーティガン。そして背にリュックを背負い、頭には黒色の帽子をかぶっている。

 こうして外で会う胡桃はいつもの部屋の彼女とは印象が変わり、より『女の子』を意識をしてしまう。



「か、可愛いと思うよ……」


「やった! もう今日のその言葉を聞いちゃった!!」


 胡桃は嬉しそうに微笑む。



「で、これからどこへ行く?」


 幸太郎が胡桃に尋ねる。

 今日は胡桃からのお誘い。彼女が「LOVE LOVEデート計画」あると言ってはいたが、女の子と出かけるのに全く何も考えて来なかった自分を少し恥ずかしく思った。胡桃が言う。



「Love Loveなデートコースですよ!! まずは、ええっと。駅にある……、先輩一緒に行きましょう!」


 胡桃はそう言うと幸太郎と腕を組んで歩き出す。


「わ、わわっ、ちょっと胡桃ちゃん!?」


 焦る幸太郎が言う。


「どうしたんですか? 今日は()()()ですよ! こんなの当り前ですよ!!」


 そう言って大きな自分の胸をぐいぐいと幸太郎の腕に当てて来る。


(く、胡桃ちゃん……)


 そして胡桃から漂う甘い香りに幸太郎が一瞬くらっとする。



「さ、こっちですよ!! 先輩っ!!」


 胡桃は幸太郎の腕を組んだまま駅に隣接する広場へと向かう。



「これは、なに? 胡桃ちゃん」


 広場の一角に、胡桃の背丈ほどのハート形のモニュメントが置かれている。綺麗な淡いピンク色で、周りのカップルがそれに手を触れて騒いでいる。胡桃が幸太郎の手を引いてモニュメントの裏側へ行く。



「さ、先輩ここに手を置いてください!」


「え? こ、こう?」


 胡桃に言われて幸太郎がモニュメントに手をそっと乗せる。胡桃も一緒に手を置く。



「はい、先輩こっち向いて!」


「え?」


 カシャッ


 胡桃はいつの間にか取り出したスマホでふたりの写真を撮る。



「よし、一か所め!! さ、次行きますよ!!」


「え? これは何なの、胡桃ちゃん?」


 胡桃が笑って答える。



「これですか? これは『幸運のハート』って言うんです! 訪れると幸せになるっていうパワースポットなんですよ!」


「そ、そうなんだ……」


 こういう事にあまり関心のない幸太郎が素直に頷く。


(にしても、触って行くのってカップルばかりだよな……)



「さ、先輩、次行きますよ!!!」


「え? もう行くの?」


 胡桃はそう言うと幸太郎の腕を引っ張り駅へと向かっていく。





「次はどこへ行くの?」


 電車に席に一緒に座った幸太郎が胡桃に尋ねる。


「次は神社です!」


「神社?」


「ええ、ここから1時間ほどの郊外にある神社です」


「ふーん、そうなんだ……」


 幸太郎は何故そんな場所へ行くのか全く分からなかったが、隣に座る胡桃のミニスカートから伸びる綺麗な足が視界に入ってしまいずっと目を逸らしては見てを繰り返していた。




「うわぁ、結構大きな神社なんですね!」


 胡桃は幸太郎の腕に手を絡めながら、その神社の境内にやって来て言った。

 それなりに有名な神社。幸太郎も来たことはないが、名前ぐらいは知っている。間もなく梅雨に入るこの時期。少し歩くと汗ばむぐらいで、いつの間にか上着のガーティガンを脱いだ胡桃が再びその大きな胸を幸太郎の腕に押し付ける。


(く、胡桃ちゃん……)


 戸惑う幸太郎。

 しかしこうやって腕を組んで歩いていると、不思議と本当に恋人同士のような気持ちになって来る。そして周りも気のせいか腕や手を繋ぐカップルの割合が多い。



「先輩」


「え? なに?」


 胡桃が笑顔で言う。


「楽しいですね!」



「あ、うん……」


 幸太郎はその笑顔を見て思わずどきっとしてしまった。




「あー、あった! これだ!!」


 神社で簡単に参拝した後、そこに隣接する小さな公園、その景色の良い展望台にそのハートのモニュメントが置かれてあった。

 周りにはそれなりの人が集まってハートに触ったり写真を撮ったりしている。先に駅にあったのとよく似ている。確実にこれを探して来ているようだ。



「さあ、先輩。一緒に触りましょう!!」


 そう言って幸太郎の手を引き、人が集まっているのとは反対の裏側へ行く。そして先と同様に手を乗せ一緒にスマホで写真を撮った。胡桃が喜びながら言う。



「やった! これでまた幸せに一歩近づいた!!」


「あ、ああ。そうだね……」


 幸太郎は胡桃が喜ぶ姿を見て素直に自分も嬉しくなる。胡桃がスマホを見ながら幸太郎に言う。



「先生、そろそろお昼にしましょうか」


「お昼? うん、そうだね」


 残念ながら少し曇って来ており、展望台からの景色はあまり良くない。幸太郎も時間を確認し、天気が崩れる前にお昼を済ましておきたい。



「公園のベンチに行きましょうか。私、お弁当作って来たんです!!」


「そうなの!? それはすごい!!」


「てへ~、じゃあ、行きましょう!!」


 胡桃は幸太郎の手を取り、公園にあるベンチへと歩き出す。




「じゃーん!! どうですか? どうですか、先輩!!」


 ベンチに座った胡桃は、背負っていたリュックの中からお弁当箱を取り出し膝の上で開ける。


「すごい!! めっちゃ美味そうじゃん!!!」


 サンドイッチにおにぎり、そして弁当箱の中には卵焼きやウィンナーなどまさに王道のお弁当であった。


「本当ですか!? 良かった……、頑張って()()弁当作って来てよかった!!」


「え? 愛妻、弁当……?」


 幸太郎が聞き直す。箸を取り出しながら胡桃が答える。



「はい! だって今日はデートですよ。愛妻弁当ですよね?」


「あ、ああ。うん……」


 幸太郎はちょっと違う気もしたが、隣で嬉しそうに一生懸命作って来てくれた弁当を開ける彼女を見てつまらないことを言うのはよそうと思った。



「先輩、おにぎりとサンドイッチとどちらが好きですか?」


「えーと、おにぎりかな」


「はい!」


 胡桃はそう言って幸太郎におにぎりを渡す。



「ありがとう。美味しそうだね!!」


 海苔が巻かれた可愛いおにぎり。幸太郎は古風なのか、()が好きだった。おにぎりを持ちながら幸太郎が手を合わせて言う。


「いただきます!」


 そして大きな口を開けておにぎりを頬張った。


「うまい!!」


 幸太郎は心から思って言った。


「良かったです!!」


 胡桃はその言葉を聞き安心しながらも、少し別のことを思っていた。



(先輩が、先輩が私の素手で握ったおにぎりを食べている……)


 自分の手で触れたものを幸太郎が食べている。そう考えると何やら不思議と変な興奮を覚える。



(まるで私が先輩に食べらているみたい……)


 胡桃は何やら説明のつかない気持ちに包まれながら、お弁当のおかずを箸でつまんで幸太郎に言う。



「先輩、あーん」



「へぇ!?」


 驚く幸太郎。胡桃が言う。


「今日はデートですよ! こんなの普通です!!」


「で、でも……」


 さすがに周りの人の目がある場所でそれは恥ずかしい。胡桃が寂しそうに言う。



「食べたくないんですか、私のお弁当……」


 男とは単純なもので、女の子にそう言われるともう周りがどうのこうのと言う気持ちはなくなってすぐに頭が切り替わる。


「食べるよ! あーん……」


 大きく開けた幸太郎の口に胡桃が嬉しそうに卵焼きを入れる。



「うん、これもすごく美味しい!!」


「やったー!!」


 喜ぶ胡桃。もはや幸太郎は完全に彼女の術中にはまっていた。



 その後ふたりはお弁当を食べながらこれからの進路やバイトの話をする。胡桃は常に笑顔で、可愛らしい甘えた声で幸太郎に話し掛ける。そして胡桃が幸太郎に言った。



「ねえ、先輩」


「なに?」


 お弁当も食べ終わり、お茶を飲みながら幸太郎が答える。



「先輩は、雪平さん。沙羅さんのこと、どう思ってるんですか?」


「え?」


 幸太郎は突然の質問にお茶を飲みながらその手が固まった。

お読み頂きありがとうございます。

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