51.恋の宣言!!
「えっと、呼び方は『沙羅ちゃん』でいいかな?」
店長と斗真の面接を終えた沙羅が、斗真の言葉を聞いて眉をしかめる。店長はすぐに青い顔をして帰ってしまい、残った沙羅の相手を斗真がする。
「……」
無言の沙羅に斗真が笑顔で言う。
「うちのバイトの決まり事って言うか、みんな下の名前で呼び合ってるんだ」
「そう、じゃあいいわ。それで」
沙羅が興味なさそうに答える。斗真が尋ねる。
「ええっと、仕事は明日からでいいかな。制服は確か新しいのが……」
「今日から働くわ。用意して」
「え?」
沙羅の言葉に驚く斗真。思わず聞き返す。
「今日から、働くの?」
「そうよ。そのつもりで来たの。制服はあるのかしら?」
斗真が戸惑いながら答える。
「あ、あるけど。ちょっと待ってて」
斗真は棚の中から未使用の制服を取り出してテーブルの上に置く。
「あら、可愛い服ね。気に入ったわ」
「あ、ありがとう。あとで一度着て貰うけど、本当に今日から働くの?」
沙羅がつまらなそうな顔をして言う。
「いけないのかしら? どうして何度も同じことを聞くの?」
とても高校生、バイトの面接に来た人間とは思えない態度。斗真が思う。
(マジお嬢様だな。こんなの初めてだ。まあいい。これから俺が手取り足取りしっかりと教えてやる。そして俺の色に染めてやる!!)
「分かった。じゃあ、この服に着替えて早速今日から働いてもらおう。で、沙羅ちゃんの教育係はこの俺が……」
「教育係はあいつでいいわ」
「へ?」
沙羅は目の前の斗真を見ずに、ホールの方から覗き見しているとある男を指差して言う。焦る斗真が言う。
「え、ええっと、どういうことかな……?」
「簡単なこと。私の教育係は、あの男にしてくださる?」
斗真が振り返りその指差された男を見る。
「こ、幸太郎!?」
それははるかと一緒に事務所を覗き見していた城崎幸太郎であった。斗真が言う。
「ど、どういうことなのかな?」
沙羅は溜息をついて言う。
「あなた、バイトチーフなのにどうしてそんなに頭が悪いの? さっきから一体何度同じことを言わせるつもり? 私はあの男に教えて貰いたいの」
笑顔を保ってきた斗真も流石に内心では怒りがふつふつと沸き起こる。
「幸太郎!! 来い!!」
「あ、はい!」
呼ばれた幸太郎が慌てて事務所に入る。そして座りながら小さな声で沙羅に言う。
「もう来たのかよ!!」
「ふん!」
それに応えようとしない沙羅。斗真が言う。
「沙羅ちゃんはどうしてこいつが良いのかな? ここのバイトは俺が仕切っていて、俺が決めたことは……」
「できないって言うの?」
沙羅の冷たく厳しい目が斗真に向けられる。
店長から『絶対に粗相のないように』と念を押されている。沙羅を怒らせたら店長どころか、自分も首になる可能性がある。しばらく考えてから斗真が言う。
「分かった。じゃあ、教育は幸太郎に任せる。できるか?」
そう言って幸太郎を見つめる斗真。
「マジですか……、まあ、命令なら仕方ないですけど……」
それを聞いた沙羅が睨みながら言う。
「なにその言い方? 嫌なの?」
幸太郎が答える。
「いや、別にそうじゃなけど。来るの早過ぎじゃね?」
それを聞いた斗真が驚いた顔で言う。
「え、ふたりはまさか知り合いなの?」
沙羅が答える。
「あなたには関係ないことだわ。詮索しないでくれる?」
さすがの斗真も令嬢沙羅の前にはたじたじである。
「あー!!! あなた、確か雪平家の!!!」
そこへ今日バイトに入っていた胡桃がやって来る。沙羅が言う。
「あら、あなたもいたの。どこにでも現れる人ね」
胡桃は以前、幸太郎と沙羅がふたりで買い物をして偶然自分と出会ったことを思い出す。胡桃が言う。
「え? どうしてあなたがここに居るのよ!?」
「どうしてって、今日からバイトするの。ここで」
「はああ!?」
胡桃は沙羅が雪平家の令嬢ということは無論知っており、お金に不自由しない立場だとも知っている。頭が混乱する胡桃に幸太郎が耳元で小声で言う。
「ごめん、胡桃ちゃん。『バイ友』の件は内緒にしてくれる?」
幸太郎に耳元でささやかれ思わずぼうっとする胡桃。小声で答える。
「先輩がそう言うならいいけど……」
少し不満そうな顔をする。
「どうでもいいけどあなた達出て行ってくれるかしら。私これから着替えるの」
「え? あ、ああ。ごめん。胡桃ちゃん、沙羅ちゃんに更衣室案内して」
「あ、はい」
斗真に言われた胡桃が沙羅と一緒に隣の更衣室へと向かう。残された斗真が幸太郎に尋ねる。
「なあ、幸太郎。お前どうやってあんな令嬢と知り合ったんだ?」
少し間を置いて幸太郎が答える。
「ごめんなさい、斗真さん。それは言えないんです」
『バイ友』のことは必要な場合を除き極力秘密にする。最初の契約にある重要事項である。斗真が言う。
「えー、いいだろ? 教えろよ」
幸太郎が下を向いて言う。
「ごめんなさい。言えば沙羅が怒ります」
『雪平家令嬢に粗相をするな』
店長から厳命された斗真はそれを聞いてもうこれ以上聞くことを諦めた。
「ここが女子用の更衣室。ここで着替えて」
胡桃は連れて来た沙羅に向かってぶっきらぼうに言った。
「ありがと」
沙羅も無表情で答える。少しの沈黙を置いてから胡桃が尋ねる。
「ねえ、どうしてここでバイトするの?」
胡桃と沙羅は同い年。環境が違えばもしかしたら仲の良い友達になれたのかもれない。沙羅が答える。
「どうしてって、社会勉強よ」
「嘘」
「どうしてあなたに嘘を言わなきゃならないの? 私こう見えても嘘が大嫌いで……」
「幸太郎先輩に会いに来たんでしょ?」
そう言われた沙羅の顔が固まる。
先程より長い沈黙。沙羅が震えた声で言い返す。
「ど、どうして私があんな奴に会いにわざわざこんなバイトすると思って?」
「だってそれ以外理由がないじゃん」
「全く理解できないわ」
「あなたはねえ……」
胡桃が沙羅の目を見て言う。
「あなたはそれを認めたくないだけなのよ」
「なっ……」
制服を持ったままの沙羅が固まる。
(わ、私があいつに会いたい!? そんなことは絶対にないわ!! 私の想い人は『こーくん』ただひとり。それ以外絶対あり得ないんだから!!!)
そう思いつつも沙羅は『こーくん』のことも、そして『馬鹿にされたからバイトに来た』とは口が裂けても言えない。沙羅が言う。
「あなたは変な人ね。最初に会った時からそうだったけど、あなたこそあの男に会いたくてここに来たんじゃないの?」
「そうよ」
「え?」
何の躊躇いもなくそう言った胡桃の顔を沙羅が見つめる。胡桃が言う。
「その通りよ。私はいつも四六時中幸太郎先輩と一緒にいたい。家庭教師もして貰っているし、バイトでも一緒。大学は光陽大を受けて先輩と一緒にキャンパスライフを送るの。たくさんデートもして、そして将来は必ず結婚するの。そして私は可愛いお嫁さんになるの、先輩の」
「あ、あなた本気で言ってるの。それ……?」
沙羅は人を好きだとか愛しているとかをこうも簡単に公言できる胡桃を驚きの目を持って見つめる。胡桃が言う。
「だから……」
沙羅は胡桃の言葉を黙って聞く。
「だから、あなたには先輩は渡さない!!」
沙羅は彼女から発せられる言葉のひとつひとつを、ゆっくりと理解しようと努めた。
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