46.イケメン学生社長は、M!?
黒塗りの高級車が雪平家の車庫へと入って行く。止められた車のドアが開かれ、中から学校から帰って来た沙羅が下りる。
「ただいま」
玄関を開け、そこで待っていた木嶋に沙羅が言った。
「おかえりなさいませ、沙羅さま」
木嶋が沙羅に頭を下げる。沙羅が言う。
「体調は良くなったの?」
先日早退した木嶋を思って沙羅が尋ねる。
「はい。ご心配お掛けしました。この通りもう大丈夫です」
「そう。良かったわ」
「沙羅さま、重定様がお部屋でお待ちです」
沙羅は玄関に綺麗に並べられた男性用の黒い革靴を見て何か嫌な予感はしていた。沙羅が尋ねる。
「何の用かしら」
「お客様がお見えのようです」
「分かったわ」
重定が私用で沙羅を呼ぶことはほぼない。となれば恐らく雪平家に関する何かである。沙羅は持っていた鞄を木嶋に渡すと、学校の制服のまま重定の部屋へ向かった。
コンコン
「入ります」
沙羅が重定の部屋のドアをノックし、室内に入る。
「沙羅、おかえり」
「ただいま帰りました」
部屋の中にいた重定が笑顔で沙羅に言う。
室内には父重定のほかに、ソファーに姉の栞、そしてその反対側に面識のない若い男が座っていた。先程玄関にあった見慣れぬ革靴の持ち主だろう。重定が言う。
「さ、座って。沙羅」
沙羅は無言で頷き姉の栞の隣に座る。真正面に座った男がにこっと沙羅に微笑みかける。栞が声をかける。
「おかえり」
「ただいま」
重定が若い男の隣に行き座りながら、沙羅に説明する。
「沙羅、今年の夏に雪平グループの新会社を設立する。規模はそれほど大きくはないが、国の成長戦略にも沿った有望な会社だ。近いうちに設立パーティーを行う予定だが、今日はその会社の社長に就任する三井君に来て貰った」
そう言って重定は隣に座る三井の膝をポンポンと叩いた。紹介された三井が立ち上がり、頭を下げて挨拶をする。
「三井孝彦です。よろしくお願いします!」
長身のイケメン。真っ黒な髪から真面目さと清潔さが滲み出ている。歳は姉の栞と同じぐらいだろうか。社長にしては若すぎるぐらいだ。何も話さない沙羅を見て栞が答える。
「よろしくね~、孝彦君。って、私との挨拶はもうしちゃったよね」
栞は横目で沙羅を見るが、彼女は三井と顔を合わせないようにして無言のままである。重定が言う。
「三井君はね、実はまだ大学生なんだ。来年、卒業予定なんだがとても優秀でね。学生のうちから会社設立の準備を任せていて、間もなく社長に就く予定なんだよ」
紹介された三井は両拳を膝の上に置いたままじっと沙羅を見つめる。
「あ、そう……」
まったく興味がなさそうな沙羅。
雪平家の習わしとして会社設立の催しなどは家族、ないしは一族の者が出席しなければならない。沙羅の頭の中には先程重定が言った『会社設立パーティー』への出席が面倒だと言う思いしかなかった。
三井はモテた。
若くして有り余る才能を有し、あの雪平財閥からも認められ、学生でありながら間もなく社長に就任する。その上背も高く、爽やかなイケメン。当然ながら周りの女性が放っておくはずがない。
「三井さん、今晩の予定は……」
「孝彦くーん、ねえねえ……」
研修で在職していた会社、そして大学でも常に様々な女が彼の元にやって来た。そして彼はそれら女性に接触、次から次へと女を変えて行った。
でも不思議と彼に悪評はたたなかった。稀代のモテ男は女の扱いも超一流で、全く恨みを買うことなく女と遊ぶ才を有していた。
その彼が希望してようやく面会することができた、美人と名高い雪平家の令嬢姉妹。
仕事や女など、若くしてあらゆるものを手にしてきた三井は、当然ながらこの姉妹をいつかは自分のものにしたいと考えていた。
そして彼は予想とは全く違った展開に、ひとり興奮の絶頂を迎えていた。
(僕を見て、この僕に対して、全く興味がなさそうにしているよ……)
最初ちらりと顔見ただけであとは全く目も合わそうとしない沙羅。自分の言うことを聞かない女性などほぼいなかったこれまでの人生で、初めて会う女性。三井は抑えられない感情が自分の中にある事を否定しなかった。
(あの目、あの口調で激しく罵られたい!! ああ、なんて魅力的な女性なんだ!! 彼女を、沙羅さんを僕のものにしたい!!!)
一方の沙羅は全く別のことを思っていた。
(なんて無駄な時間なの。早く今日の勉強を終わらせて『こーくん』に構って貰いたいのに……)
頭の中は既に『こーくん』でいっぱいである。当然目の前の男など目に入らない。重定が苦笑いして言う。
「それでな、沙羅……」
必死に娘に話し掛けるもほぼ反応がない。重定はややため息をつきながら思う。
(ここに幸太郎君がいてくれればもっと違ったのかな……)
もはや沙羅を扱うことに関しては彼の右に出る者はいないと重定自身思っていた。彼がいればこの暗い雰囲気も変えられるはず。重定がそんなことを思っていると、沙羅が立ち上がって言った。
「もういいかしら。勉強があるのでこれで失礼するわ」
そう言うと、軽く頭を下げてひとり部屋を出て行った。
若手希望株NO.1の三井をもってしても全く変化のない沙羅。ある程度予想はしていたものの重定は改めて沙羅との距離を感じざるを得なかった。
しかしその重定の隣に座った男は全く違うことを考えていた。
(ああ、なんて冷たい視線。あの冷淡な言い方。ゾクゾクする!! 絶対、絶対、あの娘を落としてやる!!)
三井は生まれて初めてというこの快楽に近い感情にひとり酔いしれた。
『こーくん、こーくん!!』
沙羅は夜の勉強を終え、すぐにスマホからメッセージを送る。部屋に居た幸太郎はいつもより少し早い『サラりん』からの連絡に答える。
『どうしたの?』
沙羅は先ほどの訳の分からぬ男のことを思い出して書き込む。
『今日ね、ちょっと嫌なことがあったの。こーくん、サラりんに元気ちょうだい!!』
『嫌なこと? 何があったの?』
幸太郎が心配して尋ねる。
『ううん、大したことじゃないよ。こーくんと連絡とればすぐ元気になる!!』
『そうか。じゃあ、サラりん。元気出せーーーっ!!!』
しばらくしてから返事が届く。
『ああ、元気出たよ!! ありがと、こーくん』
『全然いいよ! 俺はいつでもサラりんの味方だから!!』
『うん、ありがとう!! あ、そうそう。サラりんね、この間花嫁修業したの、こーくんの』
(は? 何だそれ!?)
驚く幸太郎。沙羅が続けて書き込む。
『いつか一緒になるこーくんの為に料理の腕を磨いたんだよ!!』
(料理? まさか先日の……)
『料理作ったの? 何を作ったのかな~?』
『何だと思う?』
幸太郎にいたずら心が芽生える。
『オムライス!!』
すぐに返答が来る。
『え!? 凄い、正解だ!!!! どうして分かったの!?』
幸太郎は勢いで正解を書いてしまったことを少し反省する。
『サラりんのことは何でも知ってるんだよ』
素面で言ったら吐くような言葉も、正体が分からないネットなら抵抗なく書き込める。
『凄い、凄い、凄ーい!! サラりんびっくりだよ!!』
『きっと美味しかったんだろうね!』
『うん、美味しかったよ。姉さんと作ったの』
『そうか。いつかきっとご馳走してね』
『もちろんだよ!!』
そう言いつつも既にご馳走されたことを思い苦笑する。
『本当に、本当にいつか会いたいな……』
サラりんからのメッセージに幸太郎が答える。
『そうだね、いつかきっと……』
そう書きつつ心の中で沙羅に話し掛ける。
(いつの日か俺は、『こーくん』として沙羅に会う日が来るのかな……)
幸太郎はひとりPCの画面を見つめながらふとそんなことを思った。
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