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44.『こーくん』という壁

 アパートに帰りドアを開けた幸太郎の前に、妹の奈々が仁王立ちして立っていた。


「お兄ちゃん!!」


「あ、奈々。どうした、こんな時間まで?」


 時刻は午後10時を過ぎている。奈々は腕を組み、顔を膨らませて言う。



「お兄ちゃん、あの女のとこで何を食べてきたの!?」


 顔を赤くして怒る奈々に幸太郎が言う。


「まあ、とりあえず入るぞ」


 そう言って部屋に入りドアを閉める。奈々が言う。



「お金持ちの家でしょ? どうせすごい料理食べてきたんでしょ! 何とかのフルコースとか!!」


 奈々はポニーテールを左右に大きく揺らしながら幸太郎に言う。母親が言う。


「奈々、お兄ちゃんをまた困らせないの」


「だって……」


 幸太郎が答える。



「そんなもん食べてないぞ。オムライスだ。あと卵焼き」


「え?」


 予想外の庶民的なメニューに驚く奈々。



「だってお兄ちゃんが行ってる家って、あの雪平家でしょ?」


 中学生の奈々ですら雪平財閥の名は知っている。幸太郎が答える。


「そうだけど、あいつ等だって毎日そんな凄いもんは食べないと思うぞ。疲れるだろう」


 実際、雪平家の食卓は庶民メニューで溢れていた。

 家政婦の木嶋が特別なものではなく一般的なメニューを多く作っていたのだが、これは『普通の感覚を付けて欲しい』と言う彼女なりの配慮でもあった。



「どうしてお金持ちの家でオムライスなんて食べて来るのよ!」


 まだ怒りの収まらない奈々が幸太郎に言う。


「どうしてって、別に何食べてもいいだろう……」


「奈々、もうよしないさい!」


 母が少し怒りながら言う。それを無視して奈々が幸太郎に言う。



「明日のメニューはオムライス。どっちが美味しいか、聞くからね!!」


 奈々はそう言うと自分と母親が使っている部屋に入って行った。母が言う。



「幸太郎、気にしなくていいからね。あなたがいなくて寂しかったのよ、あの子」


「あ、ああ。うん……」


 幸太郎は母親にそう返事すると、風呂に入り、そして自室へと向かう。

 狭いアパートではあったが、母親の気遣いで幸太郎にはひとり部屋が与えられていた。年頃の妹と一緒の部屋にはできないと言う配慮でもある。





「さて……」


 幸太郎はひとり机に向かう。

 実は先日の中間試験で学年11位と、初めてトップ10から陥落した。


 原因は明白。最近の多忙なバイトのせいで明らかに勉強時間が減っている。これまで辛うじて集中できていた深夜の勉強も『サラりん』の相手をする時間が増え思うようにできない。


(だけどそんなことは言い訳。原因は俺にある)


 幸太郎は黙って参考書を開く。

 しばらくじっと文字を見つめるが、なぜだがあまり頭に入って来ない。そしてその理由にすぐに気付いた。



(俺、喜んでるんだな。『バイ友』正式採用になったってこと)


 幸太郎は先程、父である重定から言われた合格通知を思い出し興奮がまだ覚めぬことに気付いた。そして目に入る参考書。幸太郎が考える。



(『バイ友』が正式採用されたんで収入はかなり安定するようになる。だったら少しファミレスのバイトを減らすか。当然だがやはり労働に対する対価が低い。それに……)


 幸太郎はファミレスで一緒に働く斗真とはるかの顔を思い出す。


(あれはふたりの問題。俺なんかが関わる事じゃない。これ以上はるかさんの顔を見るのも辛いし……)



 恐らくまだ事情を知らないはるか。

 ファミレスではいつものまぶしいぐらいの笑顔を斗真に、皆に向けてくれる。男女のやり取り駆け引きどころか、まともな恋愛経験もほとんどない幸太郎。複雑な男女関係に頭を痛める。





『こーくん、いる?』


 そんなことを考えている幸太郎のスマホに、『サラりん』からメッセージが届いた。幸太郎は神入力で返事を返すと、すぐにPCを立ち上げる。



『ごめんね、夜遅く』


『いいよ。どうしたの?』


 そう返しつつ、内容は恐らく今日の出来事だろうと幸太郎は思った。



『うん、ちょっと報告って言うか、伝えておきたいことがあって』


『なに?』


『あのね、あの仕事で友達になるって来ていた男だけど』


 幸太郎が黙って画面を見つめる。



『姉さんが許可出したの』


 それを見た幸太郎が改めて小さくガッツポーズを作る。


『そうなんだ。()()、合格したんだね!!』



 しばらくの沈黙。沙羅が考える。



(あれ、どうして『こーくん』が試練とか合格とか言う言葉知ってるのかな? 合格はいいとしても試練って……、私、話したのかな?)


 遅い返答に違和感を覚える幸太郎。そしてPCの画面に映った()()という言葉が目に入る。



(もしかして『こーくん』がこの言葉を使うのは良くなかったか!?)


 焦る幸太郎。しかし次にサラりんから送られてきたメッセージを見てひとまず安心した。



『うん。一応合格になったんだよ』


 ふうと息を吐きながら幸太郎が文字を打ち込む。



『そうなんだ。これでやっと彼も友達になれたんだね!』


 だが次に送られてきたメッセージを見て幸太郎が固まる。



『違うよ、『こーくん』!! このバイトに合格しただけ。言ってみれば試用期間が終わっただけなんだよ』


『え? 試用期間?』


 頭が混乱する幸太郎。



『大丈夫だよ、サラりん、あいつのこと全然友達なんて思っていないから!! サラりんの友達は、ううん、それ以上の存在は『こーくん』だけだよ!!』


 唖然とする幸太郎。



(俺は、まだ友達じゃないのか!? ようやく『友達になる為のスタートラインに立てただけ』ってことなのか!?)



 幸太郎は改めて雪平家、そして沙羅の『バイ友』の難しさを思う。

 考えてみれば当然で、そもそも明確な基準すらない友達という存在。しかも相手は頑なに人との接触を嫌う女の子。学校の勉強とは違いそこに正しい答えは存在しない。


(しかも向こうはいつでも『解雇』という切り札を切ることができる。俺は『こーくん』を除けばほぼ丸腰。圧倒的不利な状況は変わりなし、か……)



『うん、ありがと。サラりんはいつも可愛いね』


『やだー、嬉しいっ!!』


 幸太郎は『こーくん』を全面的に慕ってくれるサラりんについて可愛いと思っていたのは事実。しかし同時に感じる沙羅、そして『バイ友』の壁。このバランスを取っていくのは想像以上に難しい。



『そうだ、こーくん!』


『なに?』


『前さ、こーくんが言っていたあいつに彼女がいたって話、覚えてる?』


『え、ああ、覚えているよ』


 先程誤解が解けた妹奈々の件だ。



『あれね、あいつの妹だったの。こーくんの言った通りだった!! やっぱりこーくんは凄いや!!』


 幸太郎は複雑な気持ちを押さえて返事を書く。


『そうなんだ。それは良かった!』


『え? 良かったの?』


 それを見た幸太郎が考える。



(え、なぜ? 幸太郎が嘘つきではないということが分かって、安心したんじゃないのか? 嘘つきは嫌いだったはずじゃ……)


 沙羅が理解できない幸太郎が恐る恐る文字を打ち込む。



『良くはなかったの、かな?』


 どきどきしながら返事を待つ幸太郎。そしてサラりんからの返答が画面に表示された。



『良くないって言うか、これであいつが嘘つきならばそれを理由に追い出せたでしょ? サラりんは絶対あいつの弱みを握ってやるの!!』


(マジか……)


 幸太郎は『バイ友』合格の喜びに酔いしれていたが、結局は()()という女の子を本当の意味で攻略しなければ何も変わらないことに気付いた。

『解雇』という圧倒的な力を持つ沙羅に、『こーくん』という味方だけで挑まなければならない。幸太郎が気持ちを新たにする。



『でもね……』


 幸太郎は続けて送られたサラりんのメッセージに気付く。



『でも、ちょっとだけ見直したんだよ。あいつのこと』


 幸太郎が黙って画面を見つめる。


『変態で口が悪くて、でもどこか不器用で。真面目そう見えるけど適当で、だけど……』


 幸太郎の目にその言葉が映った。



『だけどあいつ、一生懸命に私達のことを考えてくれてるんだ。それは凄く分かるの』


(沙羅……)


 幸太郎の頭にこれまで会った彼女との出来事が蘇る。



『さすがこーくんが勧めてくれた相手だね! こーくん、大好き!!』


 幸太郎はそのメッセージを苦笑して読みながら、いつか自分は『こーくん』を越えられるのだろうかと改めて思った。

お読み頂きありがとうございます。

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