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43.幸せな食卓

「ねえ、沙羅」


「なに?」


 料理を始めた沙羅と栞。栞が沙羅に言う。



「ちょっと幸太郎君に味の好みを聞いて来るわ。せっかく作るんだからびっくりさせるほど美味しいものを作りたいしね!!」


「え、あ、うん。分かったわ」


 栞は手を洗うと直ぐに沙羅の部屋に居る幸太郎の元へと向かう。




「あ、栞さん」


 赤いテープの中の椅子に座った幸太郎が、部屋にやって来た栞に気付いて言う。


「あ~あ、まだこんなのやってるんだ」


 そう言いながら床に貼られた赤いビニールテープを見つめる。


「ええ、中々()()の撤去許可が出なくて……」


 幸太郎が苦笑して答える。



「もうすぐだと思うんだけどなあ。あ、そうそう」


 栞が幸太郎の顔を見て言う。


「幸太郎君の味の好みってどんな感じ? 濃い味とか、薄い味が好きとか?」


 幸太郎は栞からの質問に順番に答えていく。



「……なるほどね。よく分かったわ。じゃあ、また後でね!!」


 幸太郎はなぜ沙羅に頼んだ料理に栞が出て来るのか少し不思議に思ったが、それよりも『あること』をお願いしたくて声をかけた。



「あ、栞さん。実はお願いがあって……」


 栞は幸太郎の話を頷きながら聞いた。





「沙羅、幸太郎君ね、濃い味が好きなんだって!!」


 キッチンに戻った栞が沙羅に報告する。


「そう、じゃあソースをたっぷり入れましょう」


「あ、ああ。少し大目ぐらいでね。少しだけね」


 ふたりは再び料理に取り掛かる。





「うわ~、これ見たら、木嶋さん腰抜かすわよね……」


 栞は先程まで整然と光るほど清潔にされていたキッチンが、まるで戦場の後のようになった光景を見て言った。


「どうしてこんなに汚れるのかしら? 不思議ねえ」


 沙羅は自分が汚したことを今でも理解できない。栞が言う。



「さ、私、幸太郎君呼んで来るね!」


「え、ええ。お願い……」


 いつも通り明る姉の栞とは対照的に、沙羅の頭の中は初めて作った料理をちゃんと食べてくれるかどうか心配でならなかった。

『まずい』と思われたらすごく悲しいし、それでもお世辞や嘘は言って欲しくない。沙羅は料理とはこれほどまでに相手のことを思って作らねばならないことを初めて知った。




「おお、凄いじゃん!! オムライス、大好物だよ!!」


 キッチンにやって来た幸太郎が開口一番言った。


「いい香り。これ、本当に沙羅が作ったのか?」


 テーブルに並べられたオムライスを見て幸太郎が言う。



「あ、当たり前でしょ。残り物しかなかったからこんなんだけど、ま、まあ食べられると思うわ」


 結局、料理の大半を栞が担ったことは秘密である。沙羅が言う。



「さあ、座って」


 沙羅はオムライスと卵焼きが置かれたテーブルの椅子に座るよう幸太郎に言う。


「うわー、本当凄いな。沙羅は!!」


「ま、まあね……」


 沙羅が恥ずかしそうに答える。



「さあ、食べましょう。冷めてしまうわ」


 そう言って食べようとする沙羅に幸太郎が言う。



「あ、ちょっと待って。もうすぐ……」


 幸太郎が時計を見つめる。そんな幸太郎の方を見て不思議そうな顔をする沙羅。そしてキッチンのドアが開かれた。



「た、ただいま!」


 そこに現れたのはスーツを着て額に汗をかく父、重定であった。



「パ、パパ!?」


 驚く沙羅。

 対照的にほっとした顔でその姿を見つめる幸太郎と栞。幸太郎が沙羅に言う。



「せっかく家族で食べるんだ。重定さんも来れるか聞いてみたら、『すぐ行く』って言ってくれて」


 信じられない顔でふたりの顔を見つめる沙羅。栞が言う。


「さっきね、幸太郎君に『パパも呼びたい』って相談されて、断る理由はないからOKしちゃったってわけ」


 重定が沙羅に言う。



「ここに座ってもいいかな」


「……い、いいわよ」


 観念したのか沙羅が下を向いて小さな声で言う。そんな彼女に栞が言う。



「沙羅、あのオムライス、持ってきて」


 そう言ってキッチンの隅置かれた卵が崩れたオムライスを指差す。沙羅が言う。



「あれは失敗作で、捨てようかと……」


 それを聞いた重定が立ち上がり歩き、そのオムライスを手にして言う。


「娘たちが作ってくれたオムライスだ。失敗なものか。とても美味しそうだ。私はこれを頂くよ」


「え、あ、でも……」


 沙羅は自分の物と交換しようとする。それを重定は手で制止して言った。



「私はこれが食べたい。さ、座って食べよう」


「う、うん……」




「いただきます!」


 何年ぶりだろうか。

 雪平家の家族が一緒のテーブルを囲んで食事をすると言うのは。


 しかも娘たちの手料理。

 重定はオムライスを口に入れた瞬間、不覚にも涙が頬を流れた。



「美味い!」


 重定は不格好なオムライスを頬張りながら大きな声で言った。どんな高級レストランや料亭の料理よりも美味しい。心から思った。沙羅が言う。



「パパ、それはあんまり上手くできなかったやつで……」


「美味いよ、本当に美味しい」


 それを聞いた沙羅は嬉しそうに小さく頷いた。

 幸太郎は先程重定に電話をかけた時、後ろの音を聞いてあまりにも忙しそうだったから来てくれるかどうか心配だったが、料理の話をしたところ即答で『すぐに帰る』と言ってくれた重定に感謝した。



「お、マジで美味いじゃん!! さすがお嬢様だな」


 幸太郎も大盛りのオムライスを食べながら何度も頷いて言う。沙羅が答える。



「当たり前でしょ! この程度大したことはないわ」


 それを聞いた姉の栞が、先ほどの泣きそうな顔を思い出し苦笑する。

 雪平家の三名に、幸太郎が加わりこれまでにない和やかな雰囲気で食事が進む。




「それでね、沙羅が俺の靴にアイスクリームを落として……」


「だ、だからそれは謝ったでしょ!! 新しい靴も買ってあげたし!!」


 笑いに包まれる食卓。



「あなただって池に落ちたよね、池に! 初めて見たわ、あんな馬鹿な人」


「何言ってんだ、あれはお前の代わりに落ちたんだろ!! 感謝しろよ」


「はあ? あなた頭おかしいの? 私がタオル貸してあげなかったら、あなたあのまま風邪ひいて死んでたわよ」


 重定の笑いが止まらない。



「ちょっと待て。お前だって、その後、シャワー浴びていた俺を覗きに来ただろ! 栞さんも」


「えー、あれは違うよ。ちょっと見ただけ~」


「一緒じゃん!!!」


「私は覗いてなんかいない!! 絶対違う。それは違うんだから!!!」


 必死に否定する沙羅。真っ赤になってむきになる姿を見て栞は思った。



 ――昔に、戻ったみたいだなあ



 こうやって姉妹で騒いで、親に叱られて、笑っていたあの頃。


 みんな大きくなってしまったけど、またこうやって笑える日が来るとは思っていなかった。栞は終始目を赤くして涙をこらえる父重定を見て、自分も泣かないよう必死に堪えた。




 帰り、少し帰宅が遅くなった幸太郎を重定は駅まで車で送って行った。

 重定は終始ご機嫌で、沙羅や栞のことを話しては目に涙を溜めた。幸太郎が今日無理して帰宅してくれたことを感謝すると、重定は真面目な顔で言った。


「感謝するのは私の方だよ。こんなに素晴らしい時間を過ごせて。今日は興奮で眠れないかもしれないよ」


「お仕事は大丈夫でしたか?」


 そう尋ねる幸太郎に重定は笑顔で答える。



「仕事なんてね、その気になればいつでもやり直せるんだよ、幸太郎君。でも、娘達との今の時間は二度とやって来ない。私はこんなになってようやくそんな当たり前のことに気付いたんだ。だから君には本当に感謝しているよ」


 幸太郎は車内で何度も謙遜した。




「ありがとうございました」


 駅まで送って貰った幸太郎が、車の窓を開けて顔を出した重定に頭を下げてお礼を言う。


「こちらこそありがとう。気を付けて」


「はい」


 幸太郎が再び軽く頭を下げて立ち去ろうとする。重定はあることを思い出して幸太郎を呼び止めた。



「あ、幸太郎君。忘れていた」


「はい?」


 歩き出した幸太郎が立ち止まり、振り返って返事をする。重定が笑顔で言った。



「合格だって連絡があったよ、栞から」



「え?」


 幸太郎が驚いた顔をする。重定が言う。



「『バイ友』正式採用だ。これからもよろしく頼むよ、幸太郎君」


 重定はそう言うと軽く手を上げて車を走らせて行った。



「やた、やた! やったあああ!!!」


 幸太郎は両手でガッツポーズを取ると、星達が輝く夜空を見上げてその喜びをかみしめた。

お読み頂きありがとうございます。

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