42.姉妹の料理
幸太郎が『バイ友』で沙羅の家を訪れていた金曜の夕方、彼が務めるファミレスでは新人バイトの紹介が行われていた。
「初めまして、咲乃胡桃です!」
胡桃は可愛いリボンのついたファミレスの制服を着て、皆に頭を下げて挨拶をした。バイトチーフの八神斗真が皆に言う。
「今日から来てくれる咲乃さん。胡桃ちゃんだね、ここでは」
「はい!」
少しウェーブが掛ったナッチュラルボブ。圧倒的に可愛い声。意外と大きな胸に男性社員やバイトの男達の目じりも下がる。斗真が言う。
「胡桃ちゃんはとりあえず幸太郎の下について貰おうかな。あ、今日は休みだけど、胡桃ちゃんよりちょっと年上の男の子。優しいから安心して」
「え? あ、はい!!」
胡桃の顔に満面の笑みとなる。斗真が言う。
「今日は取りあえず、はるか。指導してくれる?」
「ええ、いいわよ」
黒髪をアップにした藤宮はるかが胡桃の前に来て言う。
「よろしくね、胡桃ちゃん」
「あ、はい。よろしくお願いします。はるかさん」
挨拶が終わり、皆が仕事の準備へと取り掛かる。周りを見つめる胡桃にはるかが言う。
「今日は取りあえず慣れて貰うことかな。明日から幸太郎君って子が来るから、彼にしっかり教えて貰ってね」
「先生……、あ、いえ。幸太郎先輩ですね」
胡桃の頬が赤くなる。はるかが言う。
「カワイイ子よ」
「はい! 私もそう思います!!」
「??」
はるかは少し首を傾げながら、バイト初日の胡桃に指導を始めた。
「木嶋さんが、帰った……?」
栞の言葉を聞き、沙羅が呆然とする。
彼女がいなければ料理の指導をして貰えない。幸太郎に『料理ぐらいたしなんでいる』と見栄を張った以上、今更『できません』とは言えない。無言になる沙羅に姉の栞が心配そうに尋ねる。
「ねえ、どうしたの、沙羅? 今は『バイ友』中でしょ?」
理由を知らない栞が沙羅を心配そうに見つめる。沙羅が思う。
(ね、姉さんは、何か料理でもできるのかしら?)
正直、仲が良いとは言えない姉。
しかし今はそんなことを言っていられない。姉が何か料理が作れるのならば、頭を下げてでもお願いしなければならない。
「ね、ねえ。姉さん」
これまでに余り見たことのない表情と声にやや驚く栞。沙羅が言う。
「姉さんってさあ、料理とかできたりするのかしら?」
「料理?」
なぜ料理なのか? 少し不思議そうな顔をする栞。
「そう、料理。何か簡単な物でいいんだけど……」
栞が答える。
「あー、料理ね。うん、全然ダメ」
「うっ……」
ある程度予想していたこととは言え、改めて真正面から言われ言葉を失う沙羅。
考えてみれば当然である。木嶋と言う有能な家政婦がいて、毎日おいしい料理を子供の頃から作ってくれている状況で、誰が自分から料理の勉強などするであろうか。
下を向いて黙り込む沙羅に栞が言う。
「ねえ、沙羅。どうしたの? 何があったの?」
沙羅は既に白旗状態。藁をも掴む思いで目の前の姉に経緯を説明した。
「……なるほどねえ。そう言う訳か」
腕を組んだまま聞いていた栞が内容を理解し頷いて言う。沙羅が泣きそうな顔で言う。
「私、『嘘つきは嫌い』って言ってあいつを追い払おうとしたのに、今日の今日で私が嘘をつくなんて……」
既に目が赤くなる沙羅。栞が小声で言う。
「考えてみたら、この歳になって目玉焼きぐらいしか作ったことが無いって我ながらちょっと恥ずかしいわね……」
泣きそうな沙羅が下を向いて頷く。しかしすぐに栞が沙羅の両肩に手を置いて言う。
「大丈夫。可愛い妹を『嘘つき』にはさせないわ。ちょっと待って」
栞はすぐにスマホを取り出し何かを検索し始める。
「これよ! これこれ!!」
栞は料理指南の動画を探し出し沙羅に見せる。泣きそうな顔をしていた沙羅の顔が明るくなる。
「そうだ。別にここに居る人に教えてもらわなくても、ネットで大丈夫だね!」
「うん! よし、沙羅。さっそくキッチンへ行ってどんな食材があるか確認しよう!!」
「分かったわ!!」
ふたりの姉妹はそう言うと一緒にキッチンへと向かう。
「凄い。こうして見るとうちってお店でも開けるぐらいたくさんあるわね」
量こそ多くはないが、各種様々な食材や調味料が揃っている。そのすべてが整然と置かれ、道具のひとつひとつもしっかりと手入れがされていた。律儀な木嶋の性格が良く現れている。栞がスマホを見ながら言う。
「さ~て、何を作ればいいのかな?」
そんな栞を妹の沙羅がじっと見つめる。そして言った。
「姉さんも手伝ってくれるの?」
栞が答える。
「ん? そうだよ。ふたりでやった方がいいでしょ?」
「う、うん……」
沙羅は少し恥ずかしそうに下を向いて答えた。栞がスマホで検索をする。
「とりあえず『男が喜ぶ手料理』で探してみたわ。ええっとねえ……」
その言葉に苦笑いする沙羅。
「カレーライス、ハンバーグ、卵焼き。それからオムライスだって」
どれもこれもよく食べる料理である。沙羅が言う。
「そんな簡単な物でいいの?」
「慣れた食べ物こそ、男の胃袋を掴みやすいんだって。下手に訳の分からないカタカナ料理はダメって書いてある」
「そうなんだ……」
しかしそれらの料理を『簡単な物』と言った沙羅は、そんな物ですら一度も作ったことが無いことに気付いていない。『よく食べるから簡単そう』と勝手に思い込んでいた。栞が言う。
「ハンバーグは下ごしらえが大変ねえ。カレーは煮込み時間が足らない。となると、オムライスかな。卵焼き付きで」
「そんなに卵ばっかりで大丈夫かしら……」
栞の話に心配な顔をする沙羅。栞がスマホを見せながら言う。
「大丈夫、大丈夫。ほらここ見て。『男は卵が大好きだから迷ったら卵食わせておけ』って書いてあるわ!」
「ぷっ! 男の人って、そんなに馬鹿なのかしら?」
「まあ、馬鹿に食わせると思って作った方が気が楽よね。さ、始めましょ!!」
「うん!」
姉妹は仲良く一緒にキッチンに並んで料理を始めた。
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