41.幸太郎のお願い
栞と共に雪平家のドアを開け中に入る幸太郎。物音に気付いてやって来た木嶋が、幸太郎の顔を見て驚くが栞が「大丈夫」と言って家へ上がる。
そして二階にある沙羅の部屋の前までやって来て、栞がノックをして言った。
「沙羅、沙羅、いる?」
しばらくしてドアが少し開かれ、その隙間から沙羅が答える。
「なに?」
しかし姉に呼ばれたと思った沙羅が、その隣にいる幸太郎の姿を見てすぐにドアを閉める。
バン!
「沙羅、違うの! これは違うの、ちょっと話を聞いて!」
閉められたドアを叩き栞が沙羅に声を掛ける。しかし無言の沙羅。
(まるで天の岩戸だな、こりゃ……)
そんな光景を幸太郎が苦笑して見つめる。栞がドアを叩きながら言う。
「あれはね、あの写真は幸太郎君の妹だったの! 私が勘違いしてたのよ!!」
しばらくの静寂の後、ドアの向こうから小さな声で沙羅が言った。
「本当なの?」
「本当よ!!」
栞がそう返すと閉められていた天の岩戸がゆっくりと開かれた。栞が言う。
「ごめんね。だから幸太郎君は何も悪くないの。嘘もついていない」
沙羅は開かれたドアから後ろに立つ幸太郎を無表情で見つめてから小さく言った。
「そう」
幸太郎が言う。
「じゃあ沙羅、『バイ友』始めるぞ。栞さん、ありがとうございます」
「え、ええ、ごめんね。幸太郎君。じゃあ、後はよろしくね」
栞はそうって幸太郎の肩を軽く叩くと、ウィンクをして立ち去って行った。
「入るぞー」
幸太郎がそう言って沙羅の部屋に入ると、その部屋の主はいつもの自分の椅子へと向かった。幸太郎は目の前で起きた一連の情報と、『こーくん』との間で得た情報が被らないよう脳を回転させて言う。
「と言うわけ。俺が嘘をついていたと思って引き籠っちゃったのか?」
「そう、嘘をつく人や裏切る人は心底嫌いなの」
「あれは俺の妹。ブラコンの妹だよ」
「そうだったの……」
ポーカーフェイスで返事しながらも沙羅の頭の中では別のことでいっぱいになっていた。
(こーくんの、こーくんの言った通りだわ!! 一緒に居た女って兄弟だったのね!! やっぱり凄いわ、こーくんって!!!)
沙羅は改めて『こーくん』の凄さを知りますます想いを募らせる。一方の幸太郎も別のことで頭が一杯であった。
(う、嘘をつく人間が心底嫌い!? 俺って『こーくん』を使って沙羅とやり取りして、それ黙っているってのはやっぱり嘘をつく人間だよな……!?)
沙羅は興奮した頭で冷静に目の前の幸太郎について考える。
(とは言え、幾ら姉さんの勘違いだったとしても、それを鵜呑みにして彼を門前払いしようとしたことは私の間違いだったわ。こういう時は……)
「ごめんなさい……」
(え?)
幸太郎は椅子に座ったまま軽く頭を下げ謝罪する沙羅を見て、驚きのあまり言葉が出なくなった。彼女のことだから何か言い訳を言って来るだろうと思っていた。
罪悪感にかられた幸太郎が言葉を返す。
「いや、全然大丈夫。謝らなくてもいい……」
本音だった。
沙羅に謝罪されることが逆に辛く感じた。沙羅が言う。
「そんな訳にはいかないわ。あなたにあらぬ疑いを掛けたのは私だから」
沙羅の頭の中には謝罪が必要だと思う一方で、どのような場面で、どんな謝罪をすればいいのか、以前注意してくれた幸太郎を使って確認していた。
何より今回は自分に非があるため、是が非でも謝罪を受け入れて貰いたい。遠慮されることは逆に受け入れられなかった。
「いいって別に。俺、気にしてないから」
逃げようとされると尚更、追いかけて捕まえたくなる。
「あなた馬鹿なの? 私が謝っているんだから、ちゃんと受けなさいよ」
「お前、謝罪しながらその相手に『馬鹿』呼ばわりはないだろう……」
「あなたがぐだぐだしてるからよ」
「ぐだぐだって……」
やはりと言うか通常運転と言うか、上手くかみ合わないふたり。梃子でも動かない沙羅に幸太郎が提案をする。
「じゃあ、ひとつお願いを聞いてもらおうかな」
それを聞いた沙羅が言う。
「お願い? いやらしいものじゃなければいいわ」
「違うわ!!」
そう言いつつも目の前の沙羅のあらぬ姿を想像してしまい、顔を赤くする幸太郎。沙羅が言う。
「で、何なの? あなたのお願いって」
幸太郎が答える。
「ご飯作って」
「は?」
目が点になる沙羅。幸太郎がもう一度言う。
「ご飯を作って欲しい。今日」
「きょ、今日!?」
それまで座っていた沙羅が立ち上がり驚いて幸太郎を見る。
「そう、今日。今夜は沙羅の料理を食べたい。何でもいいぞ。あ、栞さんとか木嶋さんも誘って。お父さんは仕事で居ないのかな?」
ひとりで話す幸太郎に沙羅が青い顔をして言う。
「あ、あなた、一体何を言ってるの? 誰もそんなことをするとは……」
「大丈夫だって。何も凝ったもの作れとは言ってない。簡単なもんでいいぞ」
「簡単……」
沙羅の頭の中には幸太郎の言葉を受け、その瞬間からある言葉がずっとぐるぐると回っている。
(私、料理できない! 私、料理したことない! そんなこと知られたら、私、恥ずかしくて死んじゃう!!)
黙り込む沙羅を見て幸太郎が言う。
「あれ? もしかしてお前、料理できないとか!?」
一瞬びくっと体が動いた沙羅。すぐに返す。
「そ、そんなことないわ。人並ぐらいにはたしなんでるに決まってるでしょ」
「そうか、さすが雪平家のお嬢さん」
「あ、当たり前よ……」
そう言いながら沙羅の頭の中では悲鳴が上がり始める。
(ぎゃー、嘘ついちゃった!! 嘘つきは死ぬほど嫌いってさっき自分で言ったのに!!! どうする、どうするのよ!?)
引きつった顔の沙羅が幸太郎に尋ねる。
「で、な、何が食べたいの? あり合わせな物しかできないけど……」
「全然、それでいいよ。本当にいいのか?」
「え、ええ……」
その時沙羅の頭にある名案が浮かぶ。
(そうだわ、木嶋さんに教えて貰えばいいんだわ!! どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんでしょう!!)
家政婦として雪平家で働く木嶋。
昔から沙羅や栞、父親の重定の料理も当然ながら担当している。料理の腕はプロ並み。そう思ったら急に目の前の男にマウントが取りたくなった沙羅。強気に言う。
「どうせあなたは私が料理もできないとか思っていたんでしょ。いいわ。楽しみにしていて」
「いや、別にそんなことは思っていないぞ……」
戸惑う幸太郎に沙羅が言う。
「とにかくこれから作って来るから、そうね、あなたは呼ぶまでここに居て」
「え? ここ!?」
幸太郎が沙羅の部屋を見回す。
「そうここ。あ、でもその赤テープから絶対出ないでね。見に来ちゃだめよ。じゃあ」
「お、おい!!」
呼び止める幸太郎を無視して沙羅が手を上げて部屋を出て行く。
「マジかよ……」
幸太郎は四角く囲まれた赤テープの中に置かれた椅子に力なく座った。
(料理、料理、木嶋さんがいれば!!)
沙羅が部屋を出て木嶋を探す。
(あれ……? いないわ)
しかし幾ら家の中を探せど木嶋の姿が見えない。焦る沙羅。偶然通りかかった姉の栞が声をかける。
「あら、沙羅。どうしたの、こんなところで? 『バイ友』中じゃなかったの?」
沙羅がすぐに栞に尋ねる。
「ね、ねえ、木嶋さんはどこにいるの?」
「木嶋さん? ああ、今日は体調不良でもう帰ったよ。どうしたの?」
沙羅は姉の言葉を聞き、顔を真っ青にして立ち尽くした。
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