40.【side story 栞】
「なあ、雪平。俺達付き合おうか?」
「え? あ、いいよ」
中学二年の夏の終わり、グループ交際していた雪平栞は、ずっと気になっていた男の子に告白され付き合うこととなった。
「やった、やった!」
家の自室に帰った栞は、嬉しさのあまり制服のまま部屋で何度もガッツポーズをして喜んだ。
この頃から明るく陽キャだった栞。クラスではいつも皆の中心におり、笑顔に溢れ、仲の良かったイケメン男子との交際も当然のごとく皆に受け入れられた。
「今日、うちおいでよ」
「え、あ、いいよ」
夏も過ぎ、秋も深まった頃、栞はその男の子を自宅へと招いた。
「凄い家だな、お前の家……」
初めて栞の家へ招かれた男の子はその圧倒的豪邸に驚かされる。
「大きいだけだよ。それより……」
栞は部屋にやって来た男の子の顔をじっと見つめる。
「栞……」
男の子の手が栞の頬に添えられ、ふたりの唇が優しく重ねられる。
「う、ううん……」
栞は幸せだった。彼が好きで、この男の子と結婚するものだと信じていた。「何の心配もない」すべてが上手く行くと思っていた。
そのドアが開かれるまでは。
バン!!
「栞っ!!!!」
「え、あっ、パパぁ!?」
突然勢い良く開かれたドア。
そこには仕事に行っていて居ないはずの父、重定が怒りの表情を浮かべて立っていた。
「何をしているんだ、お前は!!」
怒声に近い声で言う重定に、栞が少し震えながら答える。
「何って、友達が遊びに来ていて……」
男の子が慌てて重定に頭を下げて挨拶する。
「は、初めまして……」
重定が静かな口調で男の子に言う。
「田中君だね」
「は、はい」
「栞の相手となる人間には、我が雪平家の重責を背負って行かなければならない。君にその覚悟はあるかね?」
「あ、あの、俺……」
突然の言葉に上手く話すことができなくなる男の子。栞が驚いて言う。
「パパ、一体何を言って……」
重定が男の子の前に立って言う。
「君のことは調べさせて貰ったよ。申し訳ないが、すべてが平凡だ」
「え?」
驚く男の子に重定がゆっくりと話始める。
彼の学校での成績、性格、両親の仕事先、年収、地位。家系から資産まで男の子自身が知らない内情までもが重定の口から淡々と話された。涙目になる栞が言う。
「パパ、何言ってるのよ! やめてよ!!」
顔を青くして黙り込む男の子に、重定が言う。
「悪いが君に栞は似合わない。今日は帰ってくれるかね。車で送らせる」
雪平財閥最高責任者である重定。その圧倒的圧力の前に中学二年生の男の子は完全に飲み込まれ、言葉を出すことなく重定が連れて来た部下と共に部屋を出て行った。栞が泣きながら言う。
「待ってよ、待って!! パパ、どうしてこんなことするのよ!!」
泣きながら怒る栞に重定が言う。
「お前と沙羅の相手と言うのは、雪平家の跡取りとなる男。平凡じゃ駄目なんだ、平凡じゃ」
そう言うと重定は栞の頭を少し撫でて部屋を出た。
「訳分かんない、う、ううっ……」
栞はひとりになった部屋のベッドで一晩中涙を流した。
翌日、付き合っていた男の子から別れを切り出された。
「仕方ないよ。気にするな」と笑って言ってくれたが、栞は涙を堪えるのに必死だった。
栞と沙羅の母親は数年前に重定と離婚していない。
原因は重定の女遊びであり分からないようにしていたが、妹の沙羅はそれを直感的に感じ父を忌み嫌っていた。
栞も寂しかったが、持ち前の明るさであまり気にしないようにして毎日を自分なりに楽しく過ごそうとしていた。しかしこの件があって以来、別の意味で父親との壁ができるようになる。
高校は半ば無理やり私立のお嬢様学校へ入学させられた。
学校の中に男子がいなくなり、様々な意味で栞のストレスが強くなっていく。入学後すぐに送迎の車を断り電車で下校するようになり、街に出ては知らない男にナンパされ遊ぶことが多くなった。
「今日は帰らない」
ある日、その頃ほぼ付き合うような形で仲の良かった男子高生に、栞は甘えるように言った。一緒に入ったネカフェで偽造した学生証を提示し、カップルシートで朝まで一緒に過ごし何度も唇を重ねた。栞は重い雪平家に抗う様に必死に彼女なりに抵抗した。
バン!!
そして再びあの時の様にネカフェのドアが勢い良く開かれた。その瞬間、栞はもうそのすべてを悟った。
「何をしてるんだ、栞っ!!」
お昼前だと言うことだけは分かった。窓のないネカフェの個室。時を知れるのは時計のみ。ドアの前で立つ父重定の怒りの表情を見て、不思議と栞は冷静になった。
焦って取り乱す男子高生の手を取り部屋を出る栞。しかしネカフェの外に出てそこに止まっている数台のパトカーを見て、さすがの栞も驚きで声が出なくなった。
「どうして警察が来てるのよ……」
男子高生と立ち尽くす栞。
重定が出て来て栞の手を取り自分の車に乗せる。栞の声は震えていた。
栞の質問に重定が低い声で答える。
「彼は誘拐未遂の容疑でこのまま警察へ行く。まあ、心配することはない。お前が反省すれば穏便に済むことだ」
栞は無表情のまま重定の車へ乗せられた。泣きそうな顔でパトカーに乗せられ、こちらを見る男子高生の顔が目に焼き付いた。
圧倒的な力。雪平家の呪縛からはどうやっても逃れられないと栞は理解した。
「きゃははっ、やだー、楽しーっ!!」
それでも栞は高校生生活、そして大学に入ってからも持ち前の明るさと行動力で、重定にバレない範囲で遊びまくった。大学入学祝いで買って貰った赤いスポーツカーに乗り始めてからは、更に拍車がかかる。
そんな栞とは対照的に、妹の沙羅はどんどん自分の殻に籠るようになっていった。重定のことが許せなかったようだし、姉である自分にも何かしら負の感情を抱いている。
(家が静かだな……)
もともと大きな雪平家。
そこの家族三人、そしてお手伝いの木嶋が居るだけの家。姉妹が幼い頃は色々と会話や笑い声があったが、最近はずっと静まり返って音すらしない。特にずっと会話のない沙羅が心配であった。
そんな時、父重定が自室に栞を呼び、ある提案をする。
「『バイ友』ってのを始めてみようと思うのだが……」
ようやく重定自身今の状況の深刻さに気付いたのか、家族のために何かしようと考えた末の提案であった。栞は反対した。
「そんなことよりパパがもっと沙羅と話したらいいのよ!!」
「まったく口を利いてくれないんだよ。目も合わせてくれない……」
最近父は仕事の量を抑え、家に居ることが多くなっていた。父は父なりに努力していたのだが、自身できることは万策尽きたようであった。
寂しそうに話す父の姿を見て栞はそれ以上何も言えなくなった。
『バイ友』にやってくる人たちの履歴書は、事前に沙羅と栞に見せられる。
(こんな赤の他人がやってきて、一体何ができるって言うの?)
栞は呆れ顔になって履歴書を見る。
それでも自分たち家族だけではこの状況を変えることができないことを知っていた。藁にもすがる思いの父の気持ちも分かる。
しかし結果は散々だった。
やってくる『バイ友』のほぼすべてが初日で沙羅から『不合格』の通知が来る。所詮何も事情を知らない素人の人達。彼らに複雑になった雪平家を変える力などあるはずがなかった。
「栞、これが次に来る子の履歴書なんだが……」
ある日、重定がひとりの男の子の履歴書を栞に見せた。
(カワイイ顔ね。あら、頭も相当良い。でも……)
栞は履歴書を見ながらもいつも通りの気持ちになる。
(誰も私達を変えることなんてできない。きっと時間しか私達を癒せない……)
それでも栞は心の奥で何かを期待していた。
誰かが変えてくれる。
誰かが私達を救ってくれるんじゃないか、と。
「初めまして、城崎幸太郎です」
『バイ友』初日。
父との話を終えて部屋から出てきた幸太郎を見て栞は思った。
――この子が、私達を救ってくれるのかな。
何の根拠もない思い。
ただ栞には不思議と彼なら何とかしてくれるんじゃないかと思えた。
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