39.助っ人?
雪平家の分厚くて大きなコンクリート門。
これまでやって来た『バイ友』の者達をその圧倒的威圧感で拒み続けてきたその門に、今幸太郎が力なく立ち尽くしている。
「お嬢様が、沙羅さまが、城崎さんには会いたくないと言っていまして……」
耳を疑った。
先の『こーくん』との会話では、間違いなく沙羅に弁解の機会を貰うよう約束できたはず。それなのに何故? もしかして沙羅と『サラりん』は本当は別人だったとか?
(いいや、それはない……)
幸太郎は首を振りその考えを否定する。
(だとすれば沙羅の心境変化か? この状況で『こーくん』に頼る訳には行かないから、ここは幸太郎が何とかしなければ)
「一度、沙羅に会って話をさせて貰えませんか」
幸太郎がインターフォン越しの木嶋に頼み込む。
「そうして差し上げたいのはやまやまですが、私も沙羅さまにそう言われておりまして……」
木嶋の悩む顔が思い浮かぶ。
幸太郎は未だに沙羅と自分に直接の連絡手段がないことを悔やんだ。木嶋が言う。
「時間が経てば沙羅さまもお心変わりするかもしれません。申し訳ございませんが、今日のところはお引き取りを」
そう言うと木嶋は軽く頭を下げて通話を切った。
「あ、木嶋さん!!」
既に通話の反応はない。呆然とする幸太郎。
(何があった!? 沙羅に何かあったのか?)
どう考えても奈々との件で勘違いされたのが原因だろう。だがあれは『こーくん』によって間違いなく弁解の機会を貰えるはずだった。
門の前で考え込む幸太郎の視界に、道路に立つ電柱の後ろに何かの影が動くのが目に入った。
(あれ、誰かいる?)
幸太郎がその電柱の方へと歩き出すと、意外にもその影が自分から姿を現した。
「あなたは、確か谷さん?」
電柱から現れたのは胡桃の同級生でこの『バイ友』を彼女に紹介した谷雄一。幸太郎のひとつ前の『バイ友』だ。谷が言う
「これは偶然ですね、城崎さん」
その顔に表情はない。
「谷さん、こんな所で何やってるんですか?」
クビになった『バイ友』の家の前。確か彼は沙羅に妙な執着心を持っていたはず。
「偶然ですよ。偶然ここを散歩していたら沙羅ちゃんの家の前に来ちゃいまして」
それがすぐに嘘だと言うことに気付いた。近所じゃあるまいしそんな偶然あり得ない。雄一が言う。
「それより城崎さん、僕のことを沙羅ちゃんにちゃんと伝えてくれたんですか?」
一瞬考える幸太郎。
そしてすぐに彼が『自分のことを沙羅に伝えて欲しい』と言っていたことを思い出す。幸太郎が答える。
「それは谷さんと沙羅との関係。俺がどうこう言う必要はない」
それを聞き雄一の顔が一瞬怒りに染まる。
「連絡先を、知らないですよ。沙羅ちゃん、恥ずかしがり屋なんで、僕に教えてくれないんですよ……」
幸太郎は本能的にこの目の前にいる男が沙羅にとって危険な人物だと察した。決して彼女に近付けてはならないと思う。
「俺も沙羅の連絡先は知らない。じゃあ、お父さんに連絡して見れば? 重定さんの電話番号かメルアドは知ってるでしょ?」
『バイ友』経験者なら必ず沙羅の父重定とやり取りしている。幸太郎は敢えて連絡できないだろう相手の名前を持ち出して問いかけた。
「……」
無言になる雄一。
幸太郎と雄一の間に形容しがたい空気が流れる。
「やっほー! 幸太郎君じゃん!」
そんな静寂を明るい声が打ち破る。
「栞さん!?」
それは沙羅の姉である栞。真っ赤なスポーツカーに乗って帰宅したところであった。栞が言う。
「どうしたの、幸太郎君。あれ? そっちの子は……」
栞が車の窓から幸太郎と一緒に居た雄一の顔を見て言う。
「ぼ、僕はこれで失礼します……」
雄一は急に改まって頭を下げると、逃げるようにその場を去って行った。去り行く雄一の背中を見ながら栞が言う。
「あれって確か、幸太郎君の前に来た子だよね?」
「ええ、谷さんって人。何か沙羅に会いたいって言ってて」
「そうなの……」
栞の顔が一瞬曇る。しかしすぐに幸太郎を見て栞が尋ねる。
「で、今日は『バイ友』にやって来たの?」
「そうです。栞さん、ちょっと相談があるんですけど……」
幸太郎は今ここで木嶋から『沙羅が自分に会いたくない』と言われたことを説明する。栞が小さく溜息をついて言う。
「それはね、幸太郎君。あなたに何か心当たりがあるんじゃない?」
(心当たり? まさか奈々とのこと栞さんも知っているのか!?)
黙る幸太郎。栞が言う。
「私ねえ、見ちゃったの」
「何を?」
「幸太郎君が、女の子とデートしているとこ」
「え?」
幸太郎の心臓が音を立てて激しくなる。
(ま、まさか、奈々と一緒に居たのを見たって言うのは……)
「別にね、幸太郎君が誰とデートしようが、彼女いようがいいの」
(栞さんに見られていたってことか??)
幸太郎は脳をフル回転させて整理する。
「でもね、面談の時に『彼女いない』って言ってたでしょ? 嘘は良くないなー、って思うの」
(栞さんが勘違いして、それを沙羅に伝えたんだ!!)
「沙羅ってあの通り、嘘や裏切りってのがすごく嫌いで、たぶんショックを受けていたんだと思うよ」
頭の整理を終えた幸太郎が栞に言う。
「栞さん」
「ん、なに?」
「その僕と一緒に居た女の子って、ポニーテールの子ですか?」
栞が幸太郎の顔を見て言う。
「そうだよ。ちょっと待ってね」
栞はそう言うと車を脇に止めて停車させ、カバンにあったスマホを取り出して幸太郎に見せた。
「この子。可愛い子だね」
(やっぱり。って言うか写真撮ってたんだ!!)
「栞さん」
「うん、隠れて写真撮ったのは悪いと思ったけど、幸太郎君もさあ……」
「それ、妹です」
「……ちょっとは嘘ついたって言うのを反省して、え?」
驚く栞に幸太郎が再度言う。
「妹です、それ。一緒にご飯食べに行ったんです!!」
「い、妹ぉ!?」
口を開けて驚きの顔になる栞。動揺しながら幸太郎に尋ねる。
「で、でも、妹ならなんでこんなに腕組んで恋人みたいにしてるの!?」
「ブラコンなんです、うちの妹」
「う、うそ……」
幸太郎もカバンの中からスマホを取り出し、母親と三人で撮った写真を栞に見せる。
「家族でご飯食べに行った時の写真。これがうちの母。そしてこれが妹の奈々」
栞が青い顔をして両手で顔を押さえながらい言った。
「やだ、私、凄い勘違いしていたみたい……」
「凄い勘違いです!! それで沙羅が怒ってるんですね?」
「うん……」
幸太郎は反省の色に染まる栞の顔を見てすぐに言う。
「栞さん、俺今、沙羅に『会いたくない』って言われてて家に入れないんです。何とかしてください!」
栞が何度も頷きながら答える。
「わ、分かったわ。私が悪かったみたい。乗って」
そう言うと栞は幸太郎に助手席に乗るように勧める。
「お願いします!」
幸太郎はすぐに赤いスポーツカーに乗り込むと栞に尋ねる。
「どうするんですか?」
「このまま車庫に入って、そこから家に行くわ」
栞はそう言うと手にしたリモコンでコンクリート門の隣にあるガレージを開け始める。
「すげっ、自動シャッター!?」
音を立てて開くガレージのシャッター。栞はそこに急いで車を止めると幸太郎に言った。
「さあ、来て。沙羅のところに行くわよ!」
「あ、はい!」
幸太郎は急いで車を降りるとすぐに栞の後を追って沙羅の元へと向かった。
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