38.誤解、誤解、誤解だっ!!
『サラりんね、あいつとのバイトの友達、もう止めようと思うの!!』
スマホに表示されたサラりんからのメッセージを見て幸太郎が固まる。
(どうした!? 一体何があった?? 『バイ友』を止めさせられるのだけは何としても防がなければならない!)
幸太郎が神スピードでスマホの文字を打つ。
『サラりん、どうしたの? 何かあったの?』
サラりんが打ち返す。
『あいつね、最初の面談の時にパパが「彼女はいるか?」って聞いて「いない」って答えたんだよ』
それは幸太郎も覚えている。沙羅の冷淡な返事を聞かされた後に、父重定が「プライベートのことで申し訳ないのだが……」と言って尋ねられたことを覚えている。
『それなのにね、あいつ彼女がいて、デートしていたんだって!!!』
(デート!? 彼女!? 一体何のことだ!!??)
幸太郎は胡桃との買い物もまだ行っていないし、そもそも彼女自体いない。
(栞さんと一緒に出掛けたことはあるが、沙羅とは姉妹だから彼女のことではないだろうし。情報が少なすぎる……)
幸太郎が文字を打つ。
『何かの間違いじゃないのかな? 今までの彼、聞いている限りではそんな嘘つく人に思えないし』
サラりんからすぐに返事が届く。
『そんなことないよ! 雷のどさくさに紛れてサラりんに抱き着いたり、部屋に来た時だってじろじろサラりんの体見てるし、映画の時なんてずっとわざとくっついていたんだよ!!』
(ご、誤解だっ!! 全部誤解!! って言うか不可抗力なものもあるだろ!!)
幸太郎が自我を殺して返事を書く。
『そ、そうなんだ。それはちょっと酷いかな。で、サラりん。その相手の女の子ってのはどんな子なの? 知ってる?』
少し間を置いてサラりんから返事が届く。
『ええっとね、確か黒髪のポニーテールだったよ。体は大人っぽかったけど、顔は子供。あ、あいつ、きっとロリコンなんだわ!!!』
(ポニーテールに子供顔……、それってまさか……)
――奈々じゃないのか!?
『そうだわ、こーくん。あいつね、変態だと思っていたけど、きっと小学生とか中学生にしか興味のないロリコンだったのよ!! きっとそうに違いない!!』
(え、ちょっと待て。幾らなんでもそれは酷いぞ!!)
『だからね、サラりん。もうあいつに会うの止めようと思うの。やっぱりお金払って友達になんてなって欲しくないし、サラりんにはこうしてこーくんと心が繋がっていれば幸せなんだよ!!』
(おいおい、ちょっと待て! さすがに勘違いが酷いし、それよりもどうしてこの子は少し放置するとすぐに暴走を始める……?)
『一度、その彼に話を聞いてみたらどうかな?』
幸太郎の言葉にサラりんが反応する。
『もう無理だよ。そもそも今後あいつを部屋に入れないし』
(マジかよ……、無罪で、誤解が原因で俺は出入り禁止になるのか? こーくんの口からはあれが妹とは言えないし……)
考えた末、幸太郎が書き込む。
『例えば、それが家族。兄弟だったとかは考えられないかな?』
『腕組んで歩いてたのよ。兄弟でそんなことはしないでしょ、普通……』
(確かにその通り。俺もそう思う。でも、そんなことするんだよな、あいつは……)
幸太郎は嬉しそうに腕を組む奈々の顔を思い浮かべる。
(とはいえ、今『バイ友』をクビになる訳には行かない!!)
『一度彼に会って話を聞いてみた方がいいと思うんだけど、どうかな?』
しばらくしてからサラりんからの返事が届く。
『こーくんは優しいね。どうしてそんなにあいつの肩を持つの?』
初めてと言っていいであろう、サラりんからこーくんに対して疑いの目を向けられているのを感じる。
『肩は持っていないよ。彼が信頼できる人間なら俺の代わりにサラりんを守って貰いたいし、できるならサラりんの友達にもなって欲しい。だから一度彼からちゃんと話を聞いて判断して欲しいと思うんだ』
『サラりんはね、こーくんと友達になりたいの。こーくんに会いたいの。こーくんに抱きしめて欲しいの』
『俺はね、もうずっとサラりんの友達だよ。いや、それ以上の存在だと思ってる』
『こーくん。サラりん、嬉しい』
幸太郎の書き込みより先にサラりんからのメッセージが届く。
『分かったわ。サラりん、こーくんの言う通りにする。サラりんはこーくんのものだから。あいつにも一度会ってちゃんと話を聞いてみるね』
(首の皮一枚繋がった……)
そのメッセージを読んで幸太郎が安心する。
しかし改めて『バイ友』の恐ろしさを実感する。
基本、主導権は向こうに握られている。今回の様に勘違いであろうがいつでもクビにできる。明確な基準がある訳でもない。感情でクビにされることだって十分ある。
(とは言え金銭的余裕が出て来ているのも事実。やはりやめる訳には行かない)
『バイ友』を始めてから家計に幾らかの余裕が出て来ている。
家族で数年ぶりに外食もできたし、奈々に新品の服も買ってやれた。食卓にもおかずが一品増える日も多くなったし、気のせいか母親の笑顔も多くなった気がする。
(城崎家にはまだまだ金が必要。俺がしっかり働かなきゃいけない!!)
もちろん沙羅と純粋に友達になりたいと言う気持ちは最初からある。
ただもし仮に『バイ友』の関係でなくなったら、一体どうなるのだろうか。
(幸太郎はどうも沙羅には嫌われているし、アドレスも知らないので連絡することすらできない。ほんとこーくんが居なかったら一方的な敗北で終わっていたな、こりゃ……)
幸太郎はこーくんを演じながら夜までサラりんの相手をして過ごした。
そして沙羅との『バイ友』がある金曜の夕方を迎える。
幸太郎はいつも通り、いやいつもよりはやや緊張して雪平家へと向かう電車に揺られる。
(沙羅に会えさえすれば誤解も解ける。あれが妹だと分かって貰えれば身の潔白を証明できる!)
雪平家の大きくて無機質なコンクリートの門。そこにつけられたインターフォンを幸太郎が押す。
ピンポーン
しばらくしてお手伝いの木嶋が応答する。
「はい?」
「あ、城崎ですが……」
しばらくして木嶋が答える。
「あの……、城崎さん……」
明らかに声色が違う。暗いと言うか低いと言うか。
「お嬢様が、沙羅さまが、城崎さんには会いたくないと言っていまして……」
「え!?」
幸太郎はその言葉を聞き門の前で頭が真っ白になった。
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