35.君の横に立ちたい。
「どうもありがとう。送って貰って」
日も落ちた夕暮れ、買い物を終えたふたりが雪平家に到着する。家まで送ってくれ礼を述べた沙羅に幸太郎が言う。
「お礼をするのは俺の方だよ。こんな服貰っちゃって本当にありがとう」
「それはいいって言ったでしょ。じゃあ、さようなら」
「ああ、またな」
幸太郎は片手を上げて沙羅と別れる。
(いや、マジ、大変だった……)
あれからふたりで恋愛映画を観たのだが、離れて観ると約束はしたもののシートの構造上、どうしてもくっつかなければならなかったし、時々手を伸ばすポップコーンで沙羅の指が当たって睨まれたりした。
極めつけはほとんど映画の内容が頭に入って来ない幸太郎とは対照的に、どっぷり物語にはまった沙羅がラストでボロボロと涙を流し、どう対処すればいいのか全く分からずただ彼女を見ているしかないという醜態をさらしてしまったことだ。
幸太郎がひとり考えながら帰って行く背中を、沙羅の家の前である男が身を隠して見つめる。男が不満そうな表情を浮かべ毒づいた。
(あいつ、まだ沙羅ちゃんと『バイ友』やっていたのか!? 今日は休日。と言うことはふたりで出掛けたってことか? 沙羅ちゃんと? くそっ!!)
それは幸太郎の前の『バイ友』である谷雄一、胡桃の同級生でこの仕事を紹介した男である。
(あいつ絶対に僕のことを沙羅ちゃんに話していないだろ!! 話していればきっと沙羅ちゃんから連絡が来るはず。どうすればいい!?)
雄一は暖かな電気が灯り始めた沙羅の家を外からじっと眺めた。
沙羅が家に戻ると、それを待っていたかのように姉の栞が出て来て声を掛けた。
「おかえり、沙羅」
(姉さん……)
「……ただいま」
沙羅がちらりと姉の顔を見て言う。栞が尋ねる。
「朝からこんな時間までどこ行ったのかな~? もしかして例の彼?」
沙羅は履いていた靴を片付けながら、面倒臭そうに答える。
「姉さんには関係のないことだわ」
「幸太郎君、いい子だよね~」
栞がにやにやして言う。
「……」
それに答えずに部屋へ戻ろうとする沙羅。栞が言う。
「まさか沙羅が合格出すとは思っていなかったよ。初めてだよね?」
それを聞いた沙羅が立ち止まって姉に尋ねる。
「姉さんはどうするの? 合格出すの?」
栞は腕を組んで考えるふりをして言う。
「分からないわ。まだ決め手に欠けるって言うか……、でも顔はカワイイ子だよね」
「意味分かんない」
沙羅はそう冷たく言い残すと自分の部屋に入って行った。
栞はそんな沙羅の背中を見てため息をつくも、持ち前の明るさでひとりつぶやく。
「私もパパにお願いして『バイ友』やって貰おうかな~、幸太郎君に。……なんちゃってね!」
栞はひとり苦笑してバスルームへと向かった。
『こーくん、こーくん、聞いて!!』
家に戻り夕食を終えて勉強をしていた幸太郎にサラりんからメッセージが届いた。少し時間的に早いなあと思いつつPCを立ち上げ返事を書く。
『どうしたの、サラりん?』
『あのね、今日あの男と買い物に行ってきたの』
『そうなんだ』
二役を演じるのも地味に大変だ、と幸太郎が内心思う。
『大丈夫だよ。今日のはサラりんがあいつの服を汚しちゃったんで交換に行って来ただけなの』
『なるほど』
『でね、そこから酷かったんだよ』
『何かあったの?』
幸太郎の心臓がどきどきと音を立てる。
『あのね、あいつサラりんと一緒に映画観たいとか言ってチケット買って来ていたんだけど……』
(いや、なんか勘違いしているぞ。それ……)
幸太郎が内心突っ込む。
『でもね、そのチケットってのが【カップルシート】だったの!!』
『カップルシート?』
幸太郎が知らない振りをする。
『カップルシートと言うのはね、個室みたいに区切られたシートで密着して映画が見られるシートなんだよ』
『そんなのがあるんだ』
『そうなんだよ。あいつ、すごくエッチでしょ?』
『あ、ああ、そうだね。でも、きっとサラりんが魅力的だったからじゃない?』
『きゃー! 正解だよ、こーくん♡』
幸太郎はあの冷淡な沙羅が一体どんな顔をしてこのメッセージを打っているのか実に興味があった。
『でね、サラりん、ちょっと調べたんだカップルシート』
『そうなんだ』
『うん、そうしたらすごいことが分かったんだよ!』
『なになに?』
幸太郎が次に打たれる言葉を興味を持って待つ。
『あのね、あのカップルシートで映画を観た男女は、90%の確率で結ばれるんだって!! マジ最悪ぅ』
(は? 本当か、それ!?)
驚く幸太郎。そして沙羅からのメッセージを読む。
『でも安心してね。サラりんはね、絶対こーくんと結ばれる運命だから、きっと残りの10%の女の子なんだよ!! こーくん、嬉しい?』
幸太郎が考える。
(おいおい、ちょっと待て。カップルシートの90%が幸太郎で、残りの10%がこーくんだったら……、100%俺じゃん!?)
PCの前で固まる幸太郎。
そんな都市伝説、噂などは全く信じない幸太郎であったが、こと沙羅のことになると一体何がどうなるか分からない。
『あれ、こーくん。どうしたのかな?』
(客観的に見て沙羅は可愛いと思う。こーくんに対するデレも嫌いじゃない)
『もしかして、嬉しくない……とか?』
(ただリアルの幸太郎に対するあの冷たい目には時々背筋が凍る時もある)
『こーくん、もしかして嫌だったらサラりん、謝るね……』
(本当はこんな彼女を騙すようなやり方はしたくない。正々堂々と幸太郎として彼女の友達になりたい。でも、俺にはまだその資格がない)
『ごめんね。サララりん(サラりん)、何か勘違いして……』
『嬉しいよ』
『こーくん?』
『嬉しいに決まってる! それでいつかきちんと君の横に立ちたいと思ってる』
『こーくん……、サラりん、嬉しいよ……』
それは幸太郎の自分に対する新たな目標でもあり希望でもあった。
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