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34.ラブラブコーラ

「美味しかったわ」


「うん、美味かった」


 フライドチキンを食べ終えたふたりは手を拭きながらお互いそう口にした。



「でも良かったの、本当に?」


「なにが?」


「支払いよ」


「ああ、いいって。俺も()()のところで稼がせて貰ってるからこれぐらいは大丈夫」



 沙羅が小さくため息を吐いて言う。


「あなた本当に馬鹿ね」


「は? 何だよ急に」


 沙羅はカバンの中から財布を取り出し、そこに入った数種類のクレジットカードを幸太郎に見せて言う。



「分かっているとは思うけど、私の方があなたよりお金はあるの。お金がある方が払うのが当たり前じゃないの?」


 幸太郎は手で財布を片付けろと言う仕草をしながら答える。


「確かにそうかもしれない。外食なんて城崎家にとっては一大イベント。それぐらい金はない。でもな」


 幸太郎が沙羅を見つめて言う。



「ここのお金ぐらいはある。だから払わせてくれ、俺も男だ」


 沙羅が口を半開きにして言う。



「意味が分からないわ。そんな少ししかないお金で払うことも理解できないし、あなたが男だから払うってのも全く意味不明。あなた、頭いい学校行ってるけど、やはり馬鹿なのね」


「お前、本人目の前にしてよくそうずけずけと言うなあ。昼おごって貰ったら、他に言う言葉があるだろう?」


 沙羅が少し反省したような顔になって言う。



「そ、そうね。美味しかったわ。ありがとう」


「よろしい」


 そしてふたりで少し笑う。



 そんな会話をしながらも幸太郎の頭の中では別のことで一杯になっていた。


(さあ、この後どうする? 服の交換も終わったしお昼も食べた。つまり約束の予定はすべて終わった。でも……)


 幸太郎は先にバイトではるかから貰った映画のチケットを思い出す。上映開始は午後二時。ここからぶらぶら歩きながら行けばちょうどいい時間である。



(沙羅はこのまま帰るのかな……、恋愛映画、しかもカップル特典付きの映画に誘うってかなり難易度高いぞ……)


 幸太郎は無意識に紙ナプキンで手を何度も拭きながら考える。一方の沙羅もまた別のことを考えていた。



(予定はすべて終わったけど、この後どうするのかしら……)


 沙羅は自分がこのまま家へ帰ることに少し躊躇いがある事に気付く。


(彼はまあ優しくは接してくれているし、こーくんも応援していてくれる。でもやっぱりお金で雇われたと言う事実は消せないし、忘れてはいけない)



「なあ……」


「なに?」


 幸太郎が意を決して沙羅に尋ねる。



「午後は何か予定あるのか?」


『来た!!』と思いつつも沙羅は冷静に努めて答える。



「午後? いえ、今日はお習い事も特にないし、お勉強も済ませてきたし、パパにも帰りが遅くなると伝えたし、それに今日はお天気も午後も晴れだって確認しておいたから特に問題はないわ」


 少しびっくりする幸太郎。沙羅に尋ねる。



「そ、そうか。それは良かった。まあ、その、なんだ。せっかく街まで出てきたことだし、偶然だけどこの間映画のチケットを貰ったんで良かったら観に行かないか」



 沙羅が思う。


(映画? 意外、と言うよりはまあ王道よね。それより本当に貰ったのかしら?)



 幸太郎が思う。


(と、とりあえず『カップル特典』については伏せておこう。そもそもどんな特典か書いていないし、沙羅に知れたらそれこそどんな罵倒されるか想像できない)



「いいわ。まあ、時間もあるし、せっかくお洒落して来たし、あなたがどうしても私と行きたいと言うのならば付き合ってあげる」


「そ、そうか。良かった。じゃあ、映画館まで少し歩こうか」


 そう言って幸太郎は、ずっと手を拭き続けていた紙ナプキンをプレートの上に置き片付ける。沙羅も手を洗い、店を出る幸太郎の後に続いて歩き出す。



 微妙な距離を取り大通りを並んで歩くふたり。真っ白なロリータ系ワンピースを着た沙羅。まるで天使のような容姿に嫌でも周りの視線が集まる。沙羅はあまりそんなことを気にする素振りもないが、幸太郎はひとり思う。


(やっぱり目立つ。いや、それより女の子の隣を歩くってなんかすごく緊張する。嬉しいような恥ずかしいような。いやいや、そもそも俺達って『バイ友』の関係だろ。それは間違いなく友達の関係。なのに、なんか……)



 沙羅も沙羅で別のことを思う。


(お、男の人の隣をこうして歩くのって、どうしてこんなに緊張するのかしら。前はそれほどでもなかったのに。恥ずかしい気持ちと、良く分からない嬉しい気持ちと、嫌だけど心が喜んでいる気持ちと。なんなのかしら、これ。これじゃあ、まるで……)



 沙羅と幸太郎が同時に思う。



 ――恋人みたいじゃん




「な、なあ。沙羅」


「なに?」


「普段、映画って観るの?」



「あまり観ない。本を読むほうが好きなの。あなたは?」


「そんな時間はあまりない。バイトばっかだから……」



「……」


(か、会話が終わったああ!!! ふたりともあまり観ない映画にどうして行く!? な、何だこの空気は! い、いかん、変に意識しちゃって普段通りにできない……)



 そうこうしている内に目指す映画館に到着。GWから上映が始まった恋愛映画の看板を指差して幸太郎が言う。



「ああ、あれだ。あの映画」


「そう。恋愛映画なの。悪い選択じゃないわね」


 恋愛映画と言う選択に少し不安があった幸太郎だが、沙羅の言葉を聞いて安心する。沙羅が周りを見回して幸太郎に言う。



「ねえ、どうしてこんなにポップコーンばかり売ってるの?」


 チケット販売カウンターのほかにグッズを売る店、それ以外は軽食、特にポップコーン売り場がほとんどだ。幸太郎が答える。



「どうしてって、映画にポップコーンはつきものだろ?」


「意味が分からないわ。映画とポップコーンに何の関係があるのよ?」


「し、知らないよ! そう決まってるだろ!!」



「決まってる? あなたの変な価値観を押し付けないでよ!!」


「はあ?」


 幸太郎はやはり会話が噛み合わない沙羅を見てこれ以上は無駄だと判断する。


「と、とにかく映画にはポップコーンとコーラがつきもの!!」


 沙羅はいまいち納得できない部分もあったが、家で映画を観る際に紅茶とケーキを食べていることは伏せておこうと思った。幸太郎が財布から映画のチケットを取り出して言う。



「ええっと、どうすればいいのかな。このチケット。とりあえずカウンターに行って聞いてみるか」


 そう言うと休日で賑わうカウンターの列に沙羅と並ぶ。しばらくしてスタッフのお姉さんにチケットを見せながら尋ねた。



「あの、これどうすればいいんですか?」


 お姉さんがチケットを確認して笑顔で答える。



「『カップル特典付きチケット』ですね。チケットはここで発券します。特典の説明をしますね……」


 それを聞いた沙羅が幸太郎の服を少し引っ張り小声で言う。



「ちょ、ちょっと、『カップル特典』って一体何なのよ!!」


「いや、これは色々事情があってだな……」


 お姉さんが説明を始める。



「特典ですが、個室形状の特別席で、ふたりで密着できるカップルシートに座って鑑賞して頂きます。特大ポップコーンと、それから、はいこちら……」


 そう言ってお姉さんは大きなコーラをカウンターに置く。



「え!?」


 驚くふたり。その大きなコーラは二人用なのかかなり大きく、しかも飲み口がふたつに分かれたハート型をしたストローがささっている。お姉さんが言う。



「こちらはラブラブコーラ。ふたりで一緒に飲むことでハートが浮かび上がり、文字通りお互いの距離がラブラブにぐっと縮まるコーラでございます。さ、どうぞ」


 そう言って笑顔で大きなポップコーンとラブラブコーラを差し出す。唖然としながらそれを受け取る幸太郎。対して隣にいる沙羅は顔を真っ赤にして言う。



「ちょ、ちょっと!! 何なのこのコーラ!! 意味分からないわ!!!」


 ポップコーンとコーラを持ち、カウンターを離れながら幸太郎が弁解する。


「いや、俺も知らなかったんだ。こんな特典だったとは……」


 予想以上の内容に焦る幸太郎。正直ドリンクサービスぐらいだろうと軽く考えていた。



「私、観ないから!! ひとりで観て!!」


 沙羅はぷっと顔を膨らませて帰ろうとする。幸太郎が慌てて沙羅の腕を掴んで言う。



「ま、待てよ。こんなのひとりで観られる訳ないだろ。なるべく離れてるから、頼む!!」


「嫌よ!! 私とそんな席に座っていいのはあの人だけ!! あなたじゃないの!!」



(それも多分俺なんだが……)


 そう思いつつもそんなことは口が裂けても言えない幸太郎が頭を下げる。



「た、頼む!! 何でも言うこと聞くから……」


 大きな声で言いあうふたり。

 たたでさえ沙羅が目立つ上に、ラブラブコーラを持っているので余計に周りの注目を集める。沙羅が小声で言う。



「ちょっと、あまり大きな声出さないでよ。みんな見てるでしょ」


「わ、分かった。でも頼む!」


 沙羅が溜息をついて言う。



「分かったわ。出来る限り離れて座ること。それからコーラひとつ買って来て」


「え?」


 沙羅が怒って言う。



「当たり前でしょ!! そんなのをあなたと顔をくっつけて飲めって言うの!!」


「あわわわっ、そ、そうだね。分かった、買って来る!!」


 幸太郎が慌てて列に並ぶ。



「はあ……」


 沙羅は列に並ぶ幸太郎をため息をつきながら見つめる。

 でも彼女自身気付いていた。この状況がそれほどいう嫌いじゃなく、逆に結構楽しんでいると言うことも。

お読み頂きありがとうございます。

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